第33話 新年の挨拶と決意

 商店街を抜けた所にある小さな神社は、本当に地元の人しかこない場所だ。

 駅前から出ているバスに20分ほど乗ると、かなり大きな神社に行くことができるので皆そっちに行く。

 出店も出ていて楽しいので行きたい気持ちもあるが、聖空さんが綺麗すぎて、人が多い所には行きたくない。

 絶対目立つのは間違いない。

 こんなにキレイなのに、マスクとか変装はさせたくない。

 正直外に出ないほうが良いのでは……と思うほどすごい。

 兄嫁さんが貸してくれた草履を履いているんだけど、歩きにくそうに見える。

 でも聖空さんは言った。


「仕事で10cmのヒールとかも履いてたのよ。この草履は柔らかくて歩きやすいわ」

「俺からすると、女性の靴は全部大変そうに見える」

「可愛いんだもん、歩きにくいのは仕方ないわ」

「はい、可愛いです」

 そう答えると聖空さんは俺の手を握ってふんわりとほほ笑んだ。

「お姉ちゃん、すっごくきれい。しゃしんからピョーンって出てきたみたい!」

 遊馬くんはいつも俺と手を繋いでたのに、今日は聖空さんの手から離れない。

 教育が行き届いている……。聖空さんも嬉しそうに言う。

「うれしい。遊馬くん褒め上手」

「ママがね、きれいはかみさまがくれたパワーなんだって言ってた。お姉さんすっごくパワーあるね!」

 ああ、兄嫁さんはめっちゃ言いそうだ。

 どんなに性格悪くても悪人でも犯罪者でも、美しいのは才能だと言う。

 聖空さんは嬉しそうに遊馬くんの頭を撫でた。



 駅前の小さな神社には、数人の先客がいた。

 みんな聖空さんを見て「おお……」と驚いている。分かる以外言葉がない。


 手を洗おうと遊馬くんを連れて行ったら「つめたぁぁぁい……」と顔をしかめた。

 そして手を洗ったばかりなのに、神社の丸石を集め始めた。なるほど小学校一年生。

 もう一度洗わせて、お賽銭を入れて手を合わせた

 ずっと新年の挨拶は「今年も勝てますように」だったけど、最近は願うことも無かった。

 でも最近は行きたい大学も見えてきたので、目指せ合格ラインだ。

 顔を上げると、聖空さんはまだ静かに目を閉じてお祈りしていた。

 長いまつ毛、そして冷たい風でシャラン……と簪が揺れた。

 俺は静かに見惚れていた。

 その横で、優馬くんは丸石をポケットに詰め込んでいた。

 なんというか俺が兄嫁さんに怒られそうで「一つまでにしとけ!」とポケットから最高の石を選ばせた。




「まってまってマジまって!! 右の……いやまん中の……まん中のにする!!」


 お参りを済ませてから、おみくじを引くことにした。

 ここの神社はおみくじを3つの筒から選ぶのだが、遊馬くんは超悩んでいた。

 でも俺も毎年悩んでいるので、気持ちはよく分かる。

 うーんうーんと悩み続けて、やっと決めて入れ物を振り回すと、番号の棒が下に落ちた。あるあるすぎる。

 俺も聖空さんも引いてみたら、俺も聖空さんも中吉で、遊馬くんは凶だった。


「うわぁぁぁぁぁ……わるいことしかないってこと?!」


 遊馬くんはしょんぼりした。それを聖空さんが木に結び


「今年の悪いことは、ここで全部出たってこと。それにここに結んだらサヨナラできるのよ」


 とほほ笑んだ。遊馬くんは目に見えて安心して、再び丸石を集め始めた。

 うん、だから俺が怒られるんだ?



 

 あとの休みは兄貴一家とゲームをしたり、部屋の掃除をしてすごした。

 そして四日になった。

 うちの店は毎年一月五日から店を開始するんだけど、その前日に知り合いを集めてお店でパーティーをする。

 商店街の人たちやバイトさんがメインだが、毎年真由美一家も来る。


「瑛介、あけましておめでとうーー! 今年もよろしく……って、永野さんじゃん、元気だった?!」

 真由美は黄色のふわふわしたセーターにGパンを履いて駆け寄ってきた。

「桐谷さん、あけましておめでとうございます。久しぶりですね、なんとか生きてます」

 聖空さんはエプロンを取りながら真由美に近づいた。

「良かったー。学校みんな超心配してるよ。三学期から来れるの? なんか捕まったんでしょ?」


 なんか捕まった……。

 真由美らしい雑な理解だが、まあ俺もその程度しか理解していない。

 聖空さんについて心配してたので、ここでちゃんと話をしようと思った。

 聖空さんは三学期からは行くこと、事務所は完全に引退したこと、もう心配ないことを話した。

 真由美は「良かったあ」と心底嬉しそうにしていた。

 俺はゴクンと唾を飲んで口を開いた。

 ちゃんと話をしようと決めていた。


「真由美にはちゃんと言おうと思って。俺と聖空さん、付き合ってる。好きなんだ、聖空さんのことが」

「瑛介くんのことが好きです。お付き合いしてます。事務所から引っ越したから、同じマンションの五階に住んでるの」

「お~~~、んん~~~~、ほう~~~ほえ~~~~、ちょっとまっててね~~~~~」


 真由美は俺と聖空さんを交互に見て、クルリと背を向けて動かなくなった。

 そして様子を見に来た兄貴を見つけて駆け寄って捕まえた。


「ちょっと立て直すね」


 そう背中で言って休憩室に消えて行った。

 もうすぐ学校が始まる。そこで言うより、ちゃんと話をしようと思った。


 気持ちを伝えてくれた相手というのもあるけど、やっぱり俺には大切な友達なんだ。

 真由美が俺とはもう関わりたくないと言われても、十年後でも二十年後でも「お、元気?」と言える相手で居たい。

 恋愛はできないけど、大切なのは間違いない。

 身勝手な話だとは思うけど、本心だ。

 結局その日真由美は帰ってしまい、真由美のお母さんには謝られたけど、何も悪くない。

 



 食事会が終了して外に出ると空気はキンと冷えていた。

 冷たい空気に白い息がホワホワと上がって行く。

 クリスマスの時と同じ真っ白なダッフルコートを着た聖空さんが俺の手を握った。


「言わない方が良かったとは思わない。私、だってもう、ここから一ミリだって退く気ないもの」

 その指先は冷たくて、細くて、でも握る手の力は強くて、俺は握り返した。

 聖空さんは続ける。

「それに、幼稚園の時からずっと桐谷さんは瑛介くんと一緒だったんでしょ。重ねた時間で超負けてる。私ね、河原で桐谷さんと瑛介くんが雪見大福分けっこしてるの見て、なぜかイラッとしたの。あの感情は初めてで戸惑ったわ」

「え? そうなの?」

「そうなの! 全然余裕なんてない。桐谷さんと瑛介くんの重なった部分を見ると、すっごくムカァってくるんだからね」

「ムカァ……?」

 聖空さんの口から聞きなれない言葉が飛び出して、俺は思わず復唱する。

「しかも桐谷さん、めちゃくちゃメンタル強いし、私が瑛介くんの隣に立ててるのは、ただのラッキーだと思ってる。油断したらヤラれるわ」

「ヤラれる……?」

 次から次に聖空さんとは思えない言葉が出てくる。

「私は気持ちがそんなに強くない。桐谷さんより、可愛いだけだと思う」

「可愛いだけ」

 自覚があるのが、もはや気持ちがいい。

 聖空さんは俺をクッと見て唇を尖らせた。


「可愛いでしょ」

「……はい、可愛いです」

「可愛いのは才能なんだから」


 兄嫁さんの言葉をそのまま頂いたようで、俺は笑ってしまった。

 可愛いのは才能だ、間違いない。

 歩き始めると俺のポケットの中でスマホが揺れてLINEが入った。みると真由美だった。


『ま、美人は三日で飽きるって言うし? こっちは10年以上の付き合いだし? レンタル瑛介って気分ですかね』


 三時間程度で完全にメンタルを持ち直したようだ。

 それを横から見た聖空さんは、俺の手から勝手にスマホを奪い、ゾンビが暴れるスタンプを連打した。

 そして俺のポケットにスマホを入れて、腕にしがみついてきた。


「もうお家に帰る。眠たいの、抱っこしなさい」


 そのムクれた頬、歪んだ眉に、潤んだ瞳。

 俺は引き寄せて口を開いた。


「……好きなのは可愛いだけじゃなくて、たくさん辛かったのに頑張ってる所とか、歌ってるときの笑顔とか、泣き虫なのにクルクル変わる表情とか、甘えてくれる所とか、それなのに恥ずかしがったりする所とか、言葉の選び方とか、沢山あるよ」

 聖空さんは俺の腕にしがみついたまま小さな声で

「……ありがとう。抱っこしてほしいの……」

 と小さな声で言いなおした。

 これが可愛く無くて、何が可愛いというんだ。

 俺は抱き寄せた。


 あとで兄貴に聞いたら「他に空いてる部屋はないのか、私も引っ越す」とさきイカ食べながら叫んでいたらしいが「瑛介本人から言われなかったら立ち直れなかった。ま、私は特別ってことで問題ないわね。先に帰って意識させてやる」と帰って行ったと聞いた。

 同時に「でもあれは落ち込んでるよ」とも言われた。

 真由美には救ってもらった時期もあるんだから、ちゃんとしていたいと思うんだ。

 それ以外何もできない。

 聖空さんを眠らせて出た廊下で俺は思った。


 もうすぐ三学期が始まる。

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