第34話 三学期と発声練習
三学期が始まった。
朝スマホを見ると聖空さんから『一緒にいきたいな』とLINEが入っていた。
今日から聖空さんが学校に戻る。俺は『もちろん』と答えた。
マンションの外で聖空さんは待っていた。大きめのコートの中に俺がプレゼントしたパーカーを着ている。
自動的ににやけてしまう頬を内側から噛んで冷静さを保った。
朝の中央本線は当然だが鬼のように混む。
聖空さんは当然女性専用車両に行くだろうと思ったら
「前に、女性専用車両でチカンにあったのよ」
と言うので驚いた。それは……女性が女性にしているということだろうか。
どっちも同じだと言うので、俺と一緒の車両に乗ることにした。
それに同じ車両なら守れる。
朝の通学列車に隙間など存在しない、あるのは戦いのみだ。
当たり前のように背中で体重を預けて眠ってくる人、イヤフォンから流れてくる音楽が全てわかる人。
肩にスマホを乗せて見てる人。俺の横に立っている女の人は満員電車の中で焼きそばパンを食べている。
チャレンジャーにもほどがある。
俺は聖空さんを抱くようにして立つ。
正直な話、この状態なら俺もチカンに間違われないし、聖空さんに抱きつけるし、手すりさえ持てない状態でもわりと幸せだ。
聖空さんが少し背伸びをして俺の耳もとで声を出す。
「瑛介くんが私の手すりね」
混んでるし誰も見てないし、思わず抱きしめてしまう。
聖空さんと一緒なら朝の地獄さえ悪くない。
学校の最寄り駅に着くと、聖空さんの髪の毛がモッサモサになっていたのでそれを整える。
歩き出すと、目の前に久保田と向坂がいた。
「おはよう」
声をかけたが、俺が聖空さんと登校してるのを見て絶句している。
聖空さんは向坂たちに頭をさげて挨拶した。
「!!!!!」
久保田と向坂は、高速で踵を返して階段をのぼって行く。
別に逃げなくてもいいのに……と思うけど、横に立っている聖空さんは彼氏がいる証明的なパーカー着てるし、前にあった暗さみたいのが消えてめっちゃ可愛くなっていて、駅でも目立っていた。
そりゃ……うん……俺もここまで慣れて無かったら「おおー」くらい思ったと思う。
「行こう?」
促されて俺たちは学校へ向かった。
教室についたら、前のように人に囲まれるかと覚悟してたんだけど、むしろ遠巻きで見られた。
まあ俺はもう何も気にしないけど。
「……いつからよ?」
机ごと移動してきた久保田が言う。
俺は文化祭の後から、と答えた。
すると周りで聞き耳を立てていたやつらがジリジリッ……と距離を詰めてきたのが分かる。なんだこの空気。
「あのパーカー。お前が買ったの?」
同じく机ごと移動してきた向坂が言う。
俺は無言で頷いた。向坂は
「朝見た時さ、お前ら神々しくてホームに神降臨みたいになってたんだぞ」
「うん……? 俺はともかく聖空さんが、なんかキレイになったのは分かる」
「聖空さん?!?!?!」
周りで聞いていたやつらがゴワッと押し寄せてきて、結局潰された。
「お前っ……堂々と惚気るなよ!! 羨ましくて限界突破だ!」
「付き合ってない、店の客だ、友達だとか言ってたじゃねーか!」
「朝からイチャイチャしやがって、髪の毛整えてたの見たぞ、このヤローーー!!!」
「なんであんな可愛くなってんだよ、うおおおおお!!」
「俺たちなりに心配してたのに、お前がまさかよろしくしちゃってたなんてなあ?!」
そう言ってゴンゴン潰される。
痛い。仕方ない。聖空さんは可愛い。
潰されながら前を見ると……真由美が登校していた。
ゴツゴツ潰されている俺をチラリと見て、あっかんべーーーと目の下を引っ張って、口だけ『ばーーーか』と動いて少し笑った。
ああ、真由美の笑顔をみて俺は少し安心した。
やっぱり10年来の友達を失うのは、淋しい。
先に話しておいて正解だったと俺はクラスメイトに潰されながら思った。
教室を移動するときに、隣のクラスの聖空さんを見たら、クッキングクラブの飯田さんと仲良く話していた。
俺に気が付くと、お菓子のレシピ本を見せてくれた。
クラスの友達ができて良かった。
「なんじゃこりゃ、マジで意味わかんねーな」
教室で向坂はスマホを見ながら言った。
覗き込むと、向坂がしているゲームの動画が流れていたが……その人は四つのパソコンを使って同時にキャラクターを動かしていた。
右手左手右足左足で。そしてすごく強いのだ。
「パーティーは4人だから、これが出来たら無双だろ。てかワケわからん。無理だろ」
向坂は笑っていた。
どうやらアメリカの芸を披露して賞金をゲットするような番組だった。
さすがショーの国アメリカ、火の玉くぐりしながらゲームするとか、変な人たちばかり出ていた。
普通に歌っている人たちも二重跳びをしながら歌う……とかだ。
でも俺は一瞬気になって、向坂に動画を止めてもらった。
画面の中から聞いたことある歌が流れてきていた。
高い所で踊るように響いて、そのまま低い所に降りてくるような独自の歌。
この歌……というか、発声練習……聖空さんがしているのと同じだ。
歌っていたのは小学生くらいの白人の女の子だった。
同じ曲を歌っているならまだわかるけど、同じ発声練習……?
俺はなんだか気になって動画のURLをもらった。
帰り道。
俺と聖空さんは普通に環状線に行こうとして足を止めた。
「……電車で寝なくていいのか」
「実は、私も首枕持ってきちゃった」
聖空さんは俺の横で微笑んだ。最後だし、乗って帰ろうか……と俺たちは自然と手を繋いだ。
よく考えたらこうして環状線のホームで恋人同士なのは、初めてだ。
聖空さんは俺の横に立っていう。
「パーカーの威力すごいのね。飯田さんなんて『おおう……神々しい』って拝んでたわ」
「あー……なんだろうな。うちの学校は彼氏がいる証みたいな感じで、居ないヤツは普通にカーディガンなんだよな」
「じゃあ、トッポくんのパーカー、返す。学校で着てよ」
「男子はあんまり関係ないんだよ。女子がそういうお約束っぽい。それに……トッポくん裸になっちゃうからさ」
「今日も洗濯してきたんだけど、なんか裸で可哀相だからお布団に入れてきたわ」
「そっか」
なんというか、トッポくんは俺より待遇が良い気がしなくもない。
電車に乗り込んで席に座ってから、聖空さんは嬉しそうに口を開く。
「最近はね、頭の真ん中がちゃんと動いてるのが分かるのよ。瑛介くんが眠らせてくれて、最低5時間くらいは眠れてるの。だから毎日体調がいいのよ」
「それでも5時間か。じゃあ朝の4時より前には起きてるんだな。はええ……」
「家事もあるし、勉強もしてるの。それに最近は朝走ってるのよ」
「健康的すぎる。俺どう頑張っても朝は無理だ」
聖空さんは俺の腕にクッ……としがみついてきたので指と指を絡ませる。
「……ここが始まりで一番好きな場所。でもね、お昼寝しないほうが夜眠れると思うの。だから寝ない」
「ん。……あ、寝ないなら、ちょっと見てよ、これ」
俺はスマホを取り出して向坂が見ていた動画を再生した。
そして審査員の人の写ったところで一時停止する。
「……この子、頭にしてる発声練習。聖空さんがいつもしてるのと同じだよね。こう鳥が飛ぶみたいなの」
聖空さんは画面をじっと見る。
「あの発声練習、気が付いたらずっとしてて、別にこだわりとかないんだけど。でも……全く同じなのは気になるわね」
「そうなんだよ。少し変わった歌で、曲の歌い出しみたいだろ? だからさ」
「ボイスレッスンとかで習ったとかでもないのよ。ただ、記憶の一番前にある歌なの。きっと何よりも先にあるもの」
「それが歌なんだ、すごいね」
聖空さんは俺の肩から頭をヒョイと上げて、俺の方を見た。
「瑛介くんの一番最初に記憶は?」
「俺は……カマキリの卵を集めてたら机の中で爆発……」
言いかけたら聖空さんが俺の口に手でパタンと蓋をした。
横をみると、ものすごく怖い顔で「んーん」と首を振っている。
目が全く笑ってない。まるで最初の頃のロボットだったころを思い出す。
そういえば虫が嫌いだったな。
俺は唇の前にある掌をペロリと舐めた。
「!!!!! ダメよ!!!!」
聖空さんは音速で手を引っ込めた。
その顔は面白いほど真っ赤になって、完全に取り乱している。
俺、最近気が付いてきたんだけど、聖空さんって派手なことをするわりに攻めると恥ずかしがって……
「可愛い」
「!! もう瑛介くんなんて許さないんだから。もう寝るんだから!!」
俺の横で顔を真っ赤にして、なぜか聖空さんはカバンから首枕を出して寝たふりを始めた。
あまりに可愛いので頬をツンツンしたら、睨まれた。
やっぱり可愛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます