第35話 二年生と君の欠片

「お。同じクラスだ」

「すごく嬉しい!」

 

 四月になり、二年生のクラスが発表された。

 ピロティ横に張り出された紙を見て、聖空さんが俺の横で跳ねる。

 平間と真由美も同じクラスだけど、向坂と久保田とは離れてしまった。

 それに聖空さんが一番仲がよい飯田さんも同じクラスだ。良かった。

 

 一緒に教室に移動する。

 聖空さんは本当にうれしそうで「実は神社にお願いしにいったのよ」とお守りをみせてくれた。

 そんなの可愛すぎる……。実は俺もかなり祈ってたから嬉しい。

 ニヤニヤしてしまう頬を口の中から噛んで席に座ると、隣は平間だった。


「チョリース! 和泉と同じクラスなの久しぶりじゃね?」

「中二以来か。お前最近頑張ってるじゃん、ネットのニュースで見たよ。鼻から牛乳」

「……あれさ、あの瞬間だけ切り抜かれてTwitterで貼られまくってるんだけど」

「俺も瞬間しか見て無い」

「全部見て? 全部、今すぐ見てイイネして」


 YouTubeの企画で口に牛乳を入れた状態でホラーゲーして、噴いたら負けという企画で、平間は口から出すのを我慢した結果、全部きれいに鼻から直線に出たたらしく、それがキッカケでお笑い枠として売れてきていた。

 こう、ちょっと出るとかではないのだ、真っすぐにブシャーーーと噴射されているのがロケットエンジンみたいで正直俺も笑った。

 本人は歌手としてやっていきたいみたいなので、かなり不本意らしく不満げだが、実際曲の再生数も増えてるから仕方ないと机に倒れこんだ。

 俺は気になってたことを聞いてみた。


「事務所どーなん?」

「あ~~、色々あったけどわりとスッキリした感じ? てか、お前は全部知ってるんだよな?」

 平間はするすると近づいてきて小声になった。

 俺はうなずく。

「長谷部専務、めっちゃ可愛がってくれたから驚いたわ。あの人さ……なんつーか、男が好きな人らしくて、動画がすげぇ出たんだよ」

「おっわ……ええ……きっつ……」

「情報管理用のフォルダと、男性スタッフのデータは別管理されてたみたい。俺なんてフォルダに★ついてたみたいよ。キラキラ特選だぜ……」

「普通に犯罪だな」

 男も女も盗撮されてイヤな気持ちになるのは間違いない。

「マネージャーがめっちゃ感謝してて何度かお前らを食事に誘ってるみたいだけど、お前の兄貴キレものだな。全部断ってくるみたいだぞ」

「あ~~、兄貴はね、うん、ありがたいね」

 俺にはそんなこと一言も言ってこない。

 でも元気になってきた聖空さんを見ていると、もう事務所の話はしないほうが良さそうだ。

 本人も望んでないと思う。チラリと視線を送ったら、すぐに気が付いて手をヒラヒラしてくれた。

 うう、可愛い。

 平間がググッ……と視界に入ってくる。

「センパイと付き合ってるんでしょ? はあぁぁぁぁ~~~~。どこまでいきました?」

「死ねよ」

 俺は肘で平間の腋を思いっきり攻撃した。

 グポォと悲鳴を上げる平間の横で、平間のYouTubeを開いて片っ端から低評価した。

 これから毎回低評価!!




「ね、明日お弁当作ってもいい?」

 部屋で寝る前にお茶を飲んでいたら、聖空さんが俺のほうを向いて言った。

「え? 俺の分を? え……めっちゃ嬉しいんだけど、甘えていいのかな」

「最近卵焼きにハマってるの。でも卵がひとつだと全然上手に出来ないから、卵を2つは使いたいの。今日の私のお弁当、半分が卵焼きになっちゃったわ」

「そういう事なら」

「実はもうお弁当箱も買ったの。お揃いなのよ」

「うぐぅ……」


 聖空さんが見せてくれたお弁当箱は長方形で重ねるタイプで、色がグラデーションになっている。

 俺には寒色系3つ、聖空さんには暖色系2つらしい。

 こんなの嬉しすぎて正気を保てない。

 お昼はいつも適当に購買で買ってるか、外で買ってきてるんだけど、もちろん足りない。

 月決まった金額を母さんから渡されていて、バイトのお金を足して生活してるんだけど、自然と食費を削ってしまう。

 だからって自分で弁当詰めるなんて面倒すぎてしてなかった。


「ちゃんとお金払う」

 と俺が言うと

「じゃあ計算するね。それも面白そう。家計簿も付け始めたの。お父さんから振り込まれる生活費と事務所で貯めてたお金で生活してるんだけど、全然分かってなかったの」

 聖空さんはノートを取り出して見せてくれた。

 そこには家賃とか電気代とかちゃんと書かれていた。

「すげぇ……」

「お兄さんのお店の収支帳簿とかすごいのよ。私ずっと適当だった」

「いやいや……俺たち16才だし適当で良いに決まってる、決まってる……」


 俺は無印のソファーに転がった。聖空さんがものすごい速度で大人になろうとしていて、付いていけない。

 今俺の脳内は聖空さんが作ってくれるお弁当を一緒に食べられる事実で外を10キロくらい走れるくらい舞い上がっている。

 もうそれしか考えられない、うれしい。

 俺が転がっていると、横にコロンと聖空さんが転がってきた。

 腕にサラリと髪の毛が落ちて、真っ黒な瞳が目の前にきた。


「……私が甘えたいのは瑛介くんだけ。お弁当作ったら、お昼も一緒に居られるでしょ?」

「はあ……かわいい……」

「また眉間がしわしわになってる」


 そう言って聖空さんは俺の眉間の皺に指を伸ばして、もみもみした。

 いや、そういう問題ではない。

 聖空さんは俺の頬をツンツンしながら言った。


「じゃあ、好きなお弁当のおかずを教えて?」

「うーん……茶色」

「色の話はしてないの」

 聖空さんは首をフリフリした。真横に顔があるから髪の毛がぺちぺち当る。痛い、嬉しい。

「うーん……塩っ辛いもの……?」

 突然好きなおかずと言われても何も浮かばない。

 聖空さんはベッドに置いてあったスマホを引き寄せて、ググった。

「どういうおかずが好き?」

 スマホのレシピサイトにはたくさんのおかずが載っていた。

「おお、肉団子とか。生姜焼きとか、ハンバーグとかがいいな」

「なるほど、茶色ね」

 聖空さんはうなずいた。

 そうだ、だから茶色と言ったのだ。お弁当が茶色と白だとテンションが上がる。


 聖空さんはスマホでレシピサイトを見ながら口を開く。


「瑛介くんの何が好きって話が私の中にたくさん欲しいの。瑛介くんといつもいるけど、細かいことは何もしらないでしょ? たとえば音楽は何を聞くの? 好きなシャーペンはどこのメーカー? どこの芯が好き? 服はいつもどこに買いに行くの? 小さいけど全部瑛介くんの中の話でしょ」

 俺はなんだか胸がいっぱいになって、とりあえず全部答えようと思った。

「……音楽は、あんまり詳しくない。毎年甲子園のテーマソングがあって、その歌手は聞いてる」

「あ! 甲子園で歌う曲かしら。知ってる」

「あと球団の応援歌は全部歌える」

「そうだった!」

 聖空さんはクッションにコロンと転がって笑う。

「あとはシャーペン……? いや、こだわりなんて無いけど……あ、駅の向こうにある文房具屋にいる犬が可愛い」

「なにそれ知らない」

「あの店はお金払う台の上に犬がいるんだよ。たぶん豆芝」

「えっ……可愛い……行ったこと無かった」

「あの店で買う。それだけは譲れない。お金をトレーに置くと触る権利が発動してる気がする」

「……ほら、聞くと、たくさん瑛介くんの欠片があるじゃない」


 そう言って聖空さんはフワリとほほ笑んだ。

 ああ、なんて可愛いんだろう。

 そして同じように俺も聖空さんの欠片を集めたいと思った。


 コロコロしてる俺たちの横で聖空さんのスマホに通知が入った。

 見て「あ」と聖空さんが声を出した。

 そしてLINEの画面を見ながら言う。


「あのね、瑛介くんが言ってた……私の発声練習あるでしょ? あれはお母さんが私に教えてくれたものだって。お母さん音楽の先生してて、オリジナルなんだってお父さんが」

「え。そうなんだ。じゃああの番組に出てた子も習ったのかな。アメリカで?」

「私、日本国内でそれなりに売れたじゃない。でもお母さんから連絡は無かったの。だから海外にいるのかも……って少し思って。お父さんに動画送ってみたの」

「じゃあ、少し調べてみようよ」

「うん。関係あるのかも知れない」


 聖空さんは俺の膝の上でにっこりとほほ笑んだ。 

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