第36話 空の上で手を繋いで
春風が気持ちがいい午後、非常階段に俺たちは来てきた。
もう朝一緒に登校するときからソワソワしていて、聖空さんに苦笑されたほどだ。
だって好きな子が作ってくれたお弁当でテンション上がらない男なんて存在しないだろ。
「じゃあ、どうぞ」
「はい、ぐへへ……」
「ちょっと笑い方!」
俺は聖空さんから受け取ったお弁当の包みを受け取って、もう変な声が出てしまった。
ハンカチを膝の上で開けると、部屋で見たお弁当が出てきた。
階段に置いて、二段下に正座する。もし落としたら絶望してしまうので、この状態で食べる。
蓋を開くと、卵焼きにたこさんウインナーにほうれん草のお浸し、そして肉団子が入っていた。
ううう……嬉しい……。
「肉団子はね、好きだって聞いたからたくさんつくって冷凍したの。それをチンするだけなんだよ」
「美味しそうです……」
まずは最近練習中だという卵焼き……ふわふわして甘くて……またちゃんと巻けてないのもたまらない。
たこさんウインナーなんて久しぶりに食べたし、おひたしは胡麻和え、肉団子は濃いめの味付けでご飯が進んだ。
ご飯の一粒残さず食べて聖空さんにめっちゃお礼を言った。
「すごく美味しかった。ありがとう」
「同じようなものばかりだけど、これから毎日持ってくるね」
「ええ……大変じゃない?」
「自分の分も作ってるから、一人も二人も同じよ。それに……一緒にお弁当食べられて嬉しいもの。はい、デザート」
聖空さんはパーカーのポケットからPEZを一つ出して俺にくれた。
これもお約束で、俺はそれを口に投げ込んだ。
さすがに弁当箱を洗ってもらうのは悪いので、これから毎日喫茶店で洗って夜返すと伝えた。
聖空さんは「いいのに」と言いながら嬉しそうに俺の腕にしがみついた。
ここで一緒に食べると聖空さんがしっかり食べてるのも分かるし、俺も嬉しい。
「それでこれなんだけど」
聖空さんは非常階段で俺の膝の間に挟まりながらスマホを見せてくれた。
そこにはあの発声練習をしている女の子が映っていた。
「ネットにある分だけ動画を見てみたんだけど、これまでに数回同じ発声練習をしてる子がいるの。やっぱり何か関係があるのかも」
「でもこれってオーディション番組みたいなものだろ? 番組に関係してるわけじゃ、ないんだよな?」
「出演者の名前一覧みたいのがあったから検索したんだけど、特に出てこないのよね。やっぱり素人さんだから……かな。それに全部英語でよく分からないのよね」
「うーん。……あ」
俺はスマホで向坂を呼んだ。
向坂なら英語全部分かるだろ。
「どうした?」
教室に戻って向坂を呼ぶと、近くにいる聖空さんを「おっと、お邪魔します」と挨拶して俺の横に座った。
俺はこの番組に出てる子のことを調べたいんだけど、なんか方法ないか? と聞いた。
すると向坂は
「今12時半? 向こう夜だけど、大丈夫だろ。こういうのは電話しちまうのが一番早い」
そう言ってスマホを取り出して、オーディション番組をしているバーのような所に電話をかけた。
そしてペラペラと英語で話して、事情を聞いている。
おお、海外メインでゲームしてるゲーオタ、こういう所の行動力はすげぇ。
向坂は手元にメモを取りながら、話を進めていき、数分後に切った。
「どうやらこのEdelweiss voice schoolって所の生徒さんらしいよ。ここの生徒さんたちはみんな同じ発声練習するんだってさ」
「向坂、お前すげぇな」
「俺たち海外の上手な人に即コンタクト取るからさ、わりと慣れてるんだよ。日本だけだよ、事務所とか形式とかこだわるの」
「まじ助かった」
「オケオケ」
去って行こうとする向坂に聖空さんが声をかけた。
「あの!! ありがとうございます」
「おお……神々しい……いえいえ、あの……和泉をよろしくお願いします……あれ、なんか俺完全にキョドってね? being so useless……」
向坂は英語でブツブツ言いながら消えて行った。
帰ってからさっそく俺たちはその学校を調べた。
しかし教師一覧にも、関係者にも日本人は居ない。
顔写真が載ってない人かも知れない……と分かる限り調べたが、見つけられなかった。
俺たちはため息をついた。ただの偶然だったのか……。
聖空さんは台所にお茶をいれるために立った。
「そんなに甘くないわよ。歌なんて沢山あるし、似たような曲はたくさんあるわ」
そう言っているが背中が淋しそうだ。
ただの偶然だとは、俺は思えなかった。それほど特徴的なハミングなのだ。
俺はEdelweiss voice schoolのトップページへ戻った。
そこに Accept students ……生徒募集……という文字があった。なんとなくそこを押す。
何曲か課題曲が書いてあり、そこに『Bird fly Flap in the Beautiful sky』と書いてあった。
これは英語がそれほど得意じゃない俺にも分かる……美しい空を羽ばたく鳥。
俺はピンときた。
聖空さんの歌声はいつも美しい空から一気に降りてくる鳥のような歌声だ。
コピペしてググる。
するとアメリカでは発声練習としてそれなりに有名な曲らしく、すぐに出てきた。
流し始めて確信する。
「聖空さん!」
呼ぶと叫ぶと台所で背を向けていた聖空さんが駆け寄ってきた。
俺のスマホにはあの曲……発声練習が音楽として流れてきた。
まさにあの冒頭……真っ青な空から鳥が舞い降りてくるようなハミング……そして、そのまま続きがあって……
俺の横で「スウ……」と聖空さんが大きく息を吸い込む。そして歌い始めた。
歌いながら「歌えるなんて信じられない」という表情で俺を見る。
ハミングだけどほぼ正確に、聖空さんはその曲を最後まで歌い切った。
そして俺のほうを向く。
「……私、この曲、メロディーだけ知ってるわ」
八割がハミングのような曲。
だけど歌詞もあり、コメント欄に日本語に訳された状態で書いてあった。
あなたが自由でありますように
心が自由でありますように
世界に縛られず、美しい空に舞い上がる鳥のように自由でありますように
聖なる鳥のように、空を舞えるように
「これって……」
聖空さんは俺にしがみついてきた。
聖なる鳥のように、空を舞えるように。
それだけで聖空さんが関係している歌詞だと分かる。
調べると、作詞作曲はRIAさんと出てきた。
曲名と名前でググると写真が出てきて……目元や雰囲気が聖空さんにそっくりだった。
すぐに聖空さんのお父さんに写真を送って確認すると、お母さんだと認めた。
二人は離れていたけど、同じ歌でずっと繋がっていたんだ。
調べると家族に恵まれて、作曲家として成功しているように見える。
でも……どの写真も目を閉じている。
どうやら数年前に緑内障で失明したことが分かった。
「……病気で目が見えなくなったの……?」
聖空さんはスマホの画面を見たまま、茫然と言った。
10年以上前……だから連絡も途絶えていたのだろうか……? と俺は思った。
聖空さんはクッと顔を上げて電話をかけた。
「もしもし、聖空です。お久しぶりです、元気です。浅野さんのボイトレを受けたいんですけど、最短はいつでしょうか」
予約を取ると、すぐにさっきの曲のURLを「この曲を歌いたいです」と書き添えて送った。
次に遠藤先生に電話して基礎体力向上のプログラムに参加したいと告げる。
そしてクルンと振り向いて、俺にしがみついた。
「私、伝えたい。歌には歌で答えないと。ここにいるよって伝えないと。でも今のままじゃ駄目だわ、全然ダメ。歌が雀レベル」
雀になってチュンチュン鳴く聖空さんが浮かんで可愛いと思ってしまったが、それは横に置いておいて……聖空さんが言うならそうなのだろう。
俺は優しく頭を撫でた。
聖空さんは気持ち良さそうに目を細めて言った。
「曲名で歌がよく分かったわね」
「聖空さんはいつもそう歌ってる。まさに歌詞みたいに。世界に縛られず、美しい空に舞い上がる鳥のように自由に歌ってるよ。だから分かったんだ」
「うう……」
聖空さんの目から大粒の涙が溢れだす。
ああ、またハンカチを持っていない。もういいかげん常にハンカチを持ち歩きべきだ。
横にあったティッシュで涙を拭く。
聖空さんは涙を拭きながら、ボイトレ追加、英語レッスンも入る、マラソンも増やす、筋トレ入れると歌に向かって背筋を伸ばしていた。
その横顔はまっすぐで強くて、今まで見た事がない、きっとアイドルをしていた時はこういう表情をしていたのだろう……と俺は思った。
聖空さんが未来に向かって歩き始めた。
俺も動き始めよう……そう決めてタヌキコーチに「ゆるくキャッチボールしませんか? 将来の夢を決めたので話したいんです」とLINEした。
ずっと同じ俺だけど、昨日の自分と少しでも違うなら、違う球を投げられるはず。
それって、たぶん、すげぇ新しい。
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