第27話 母さんと名前
結局俺と永野さんは昼ごはんを食べ終わってから、喫茶店に行き、兄貴の仕事を手伝った。
永野さんは家にいたほうが良いのでは……? と何度も止めたけど、帽子とマスクで完璧に変装するからお願いと言われて折れた。
店に行くと兄貴は「まあ1徹までは大丈夫」と笑いながら仕事をしていた。
本当に感謝している。深夜にお店を借りる都合上、兄貴は一緒にいてくれたんだけど、まさかここまで事が大きく動くと思わなかった。
夜は早めに店をしめて、家で待つ母さんの所に三人で帰った。
そして最初から母さんに全て説明した。
永野さんとの出会い、立場、そして体調のこと。親は居ないも同然で、家もなく、マンションには戻れない。
それに今は瑠香さんが必死に色々裏から動いているようだと兄貴も付け加えた。
母さんは毎日家に帰ってきたら即ワインを飲むんだけど、今日はお茶を飲みながら静かに聞いていた。
そして「なるほど」と言って残りのパンを口に入れた。
「永野さん、貴女の最大の問題は事務所どーのこーのじゃなくて、眠れないことね。瑛介が居れば眠れるって、逆に危険よ。それは依存になるわ」
母さんははっきり言った。
俺と永野さんは「……?」と首を傾げる。
「食べて寝ること。生活の基本に誰かが必要なんてダメ。誰かを求める時は自立した状態じゃないと結局ダメになるの。今永野さんの心の骨は折れちゃってる」
「心の……骨……?」
永野さんは自分の胸元を掴む。
永野さんの手の上に、母さんがトンと手を置く。
「そう、ここに、骨。自分の真ん中よ。瑛介はね、私が厳しく育てた子なの。優しいでしょう?」
「はい」
永野さんはコクリと頷く。
なんというか本人がいる横でそんなこと言われると困るんだけど。
母さんは続ける。
「瑛介は私とお兄ちゃんが超愛してるから、骨が折れても治せるの。永野さんもアイドルなんて仕事してたんだから、立派な骨があるはず。いまちょっと折れてるだけよ。長い人生派手に折れることもあるわよ、そんな時は一人で治せないこともあるの」
「……はい」
「だから瑛介を貸してあげる。寝れないと死ぬわ。そして自立する練習をしないと。その先にまだ瑛介が必要なら一緒に住めばいい」
「はあ?」
思わずツッコミを入れたのは俺だ。
どうしてそんな話に?
母さんはついにワインを開けて飲み始めた。
「5階のワンルームが今空いてるらしいの、昼に管理人さんに聞いた。だからそこに住みなさい。保証人がいないなら私がなってあげるから。眠れないなら瑛介に手伝ってもらいなさい。ちゃんと高校生して、自立しましょう。それからよ、セックスするのは」
「ちょっと!!!!」
俺は叫ぶ。
これだから母さんはイヤなんだ。もうすべてぶっちゃけてドーン! だ。
永野さんはカタン……と椅子から立ち上がって頭を下げた。
「……お世話になります」
「だーかーらー。そんなのしっかりしなくてもいいのよ、貴女16才でしょ? よろしくお願いします! でいいの。そんで瑛介借ります! でいいの」
「はい。よろしくお願いします。瑛介くんを下さい」
「ブハッ!!!! あげない、まだあげない!!!!」
「下さい」
「あーげーなーいー愛息子ーーー」
母さんと永野さんは楽しそうに話し始めた。
……良かった。最強で最恐の母さんと楽しく話せるなら、俺は安心だ。
すぐに部屋に入れるように母さんは話をしてくれた。
本当に仕事が早い。そりゃ女社長だし、仕事超できるからな……とも思う。
母さんは朝方人間なので、22時には眠り、4時には起きる。
俺は永野さんがいる客間と繋がってる壁をトントン……と叩いて、永野さんをリビングのソファーに呼んだ。
窓際に大きめのソファーが置いてあり、そこに座ってボンヤリ外を見るのが好きなのだ。
永野さんは毛布に包まった状態でとことこ出てきた。
俺はホットレモンを出した。これも兄貴オリジナルでお湯で割るとすごく美味しい。
俺の横で永野さんは毛布をかぶったまま、こくりとそれを飲み「ふう……」と息を吐いた。
そしてもぞもぞ……と俺の膝の間に収まった。
「……和泉くんのお母さん、すごい、かっこいい」
「うん……? 強いよな。でもまあ、常に論破されるから辛い」
「私はすごく好き。え……瑛介くん、の優しさを貸してください」
「っ……?!」
突然名前で呼ばれて完全にキョドって手に持っていたホットレモンをこぼしそうになる。
それを慌ててテーブルに置いた。
永野さんが毛布ごとモソモソ動いて俺の方を見る。
「え、瑛介くん……って呼んでもいいかな」
「いや……ちょっと突然で……かなり驚いた。どうかな、和泉のほうがいいのではないかな?」
動揺して話し方が壊れる。
永野さんは無視してしがみついてくる。
「だって、このお家、みんな和泉さんでしょ? やだ、名前で呼びたい。抱っこ」
「いや……うん……」
永野さんが可愛すぎて脳がショートしそうになっている。
少し素顔が見えただけで可愛いと思っていたのに、こんなに素直に甘えられたら貯金箱からお金があふれ出すようになってしまう。
なるべく普通に態度で接したいと思うけど、邪念が生まれてしまって苦しい。
永野さんは「んふ」と小さく笑って、俺の膝の間に小さく丸まる。
そして肩の所に頭を預けてウト……と目を閉じ始めた。
「……私、今まで家事とか、ちゃんとしてこなかったけど、ひとりで頑張ってみるね……」
「まあぼちぼちで良いんじゃないか。俺も何もできないし」
「うん……一緒にいてね……」
永野さんはスウ……と眠りに落ちて行った。
俺は毛布に包んだまま、永野さんを抱っこしていた。
……しかし、あれだな。
永野さんはこれから本当に俺のことを「瑛介」と呼ぶつもりなのだろうか。
まあ正直、兄貴も和泉で母さんも和泉だから、名前で呼ぶのが正しい……のか……?
俺も口に出してみることにする。
「……聖空」
……いやいやいやいやいや。
無理だろう。俺は静かに首をふった。
すると寝てたはずの永野さんが毛布の中でバッチリ目をあけて俺を見ていた。
その顔は真っ暗なのに真っ赤だと分かるほど赤かった。
永野さんはスリ……と俺の胸に頬を寄せて顔を隠す。
「ごめんなさい、やっぱり、無理かも」
「……だから言ってんじゃん……」
月が見える深夜。
俺たちはただ居たたまれなくて二人でうつむいた。
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