第29話 解決とケーキ
期末も終わった12月も中盤。
数は減ったけど、学校にまだマスコミは来てるので、永野さんは完全に変装したまま兄貴の喫茶店でお皿を洗いながら料理の勉強をしていた。
学校側も理解を示して、落ち着くまでテストの点数さえ良ければOKが出たようだ。
そもそも永野さんは学年一位だし、自ら学ぶので授業はそれほど必要にも見えない。
少し落ち着いたので、学校で数人に話をすることにした。
平間は事務所から軽く話を聞いていたし、真由美には俺から話した。
詳しく話せないけど元気だと伝えたら「良かった」と安堵していた。
体操教室の遠藤先生も心配していたので、無事を伝えた。
学校で永野さんに会えないし一緒に帰れないのは淋しかったが、喫茶店に行くと隙間から覗いて笑顔を見せてくれるから、毎日楽しい。
兄貴曰く「かなり包丁に慣れてきた」らしい。
永野さんは何だって練習したらすぐに上手になるんだから、料理なんて慣れたらすごく好きそうだ。
「おっと……、捕まったね」
「え?」
喫茶店を閉めて帰ろうとしたとき、兄貴のLINEが鳴った。
みると高橋マネージャーからの連絡で、長谷部専務が「
ググったが、よく分からない。
「システム管理者と組んで、社長とかマネージャーとかのメールを全て見てたみたいだね。たぶんこれは入り口みたいな感じで、本人をまず捕まえて、そこから色々罪を洗い出すんだろうな」
兄貴は画面を見ながら言った。
続けてLINEが入って兄貴は表情をほころばせた。
「PC確保。データは残ってるらしい。大丈夫そうだ」
「……良かった」
俺は吐息と共に安堵した。横を見ると永野さんはトスン……と力が抜けたように椅子に座り込んだ。
とりあえず一安心だ。
結局琴音ミュージックとの合併は中止され、関連企業から多額の援助を受けることになった。
長谷部専務は懲戒免職処分となったようだ。データは警察に提出され確認後に消去されたと報告を受けた。
テレビでは連日真実を求めて報道していたし、瑠香さんは謝罪会見を改めて開いた。
自分の浅はかな行動がグループのイメージを損ねたことを謝罪して、一時休業すると宣言した。
永野さんは、学校は冬休みに入るので、このまま休み、三学期から出席することに決めたようだ。
長谷部専務が捕まったのに、永野さんはどこか浮かない顔で、ハーブティーを飲んでいた。
「……大丈夫?」
「力が抜けちゃった。私ね、ただテレビに出たらお母さんが見てくれないかなーと思って芸能人を始めたの」
「そうなんだ」
永野さんはコクンと頷いて、俺の膝の間に収まった。
そして体重を預けてくる。俺は静かに頭を撫でた。
「本名で活動してたのもそれが理由。どこかで見てくれてるかな……連絡がこないかなーっと思ってたの。でも結局連絡はなくて……続けるうちに歌もダンスも大好きになっていた」
「俺、野球ばっかしてたからあんまり見てないんだよね」
スマホを持ち上げると、永野さんが取り上げて遠くにポイと投げた。
スマホはキュルルと回転して窓の方に消えた。
「見なくていいの。昔のは恥ずかしいから!」
なんと……! 俺のスマホ……。
でもふと思い出して口を開く。
「そういえば小学生の頃なのかな、瑠香さんと雑誌に出てた写真なら見たよ。可愛かった」
「そうなの。瑠香は本当に可愛くてね、見て?」
俺のスマホを投げ捨てたのに、結局自分のスマホで昔の写真を見せてくれる永野さん可愛すぎる。
頭の上に顎をおいて、後ろから優しく抱き寄せる。
永野さんは俺の胸に寄りかかったまま小さな声でつぶやいて、写真を見せてくれる。
二人は笑顔で歌ったり、ダンスしていた。
「……ただ私も瑠香も、歌とダンスが楽しかっただけなのに、なんでこんな事になったのかなあ……って思って」
「そっか」
見ているともう目が少しトロン……としているように見えた。
俺はベッドに入るように促して、帰ろうとした。
すると布団の中から永野さんの手が出てきて、俺の手を掴んだ。
「……あのね、クリスマスって家族でお祝いとかするの?」
「いやいや、もう高校生だし母さんもみんな仕事だよ」
ああ、と俺は理解して永野さんの手を両手で包んで言った。
「……あの、もし良かったら、どこか、行く?」
永野さんは花がほころぶように微笑んで、小さく首をふった。
あれ? どこか行きたいのではなく?
「あのね、このお部屋でクリスマスしたいの。あのケンタッキーの箱とか買いたいの」
「ああ、バーレルね。二人で食べるにはデカくね……? まあ半分兄貴の家に押し付けるか」
「あとはね、ケーキも作ってみたい」
「最難関では……?」
「簡単なのを今習ってるの!!」
せっかく眠そうだったのに覚醒状態になってしまった。
完全に失敗した。
俺はごめんごめんと謝り、もう一度ゆっくりと頭を撫でた。
永野さんは布団の中で「もう」とムクれていたが、優しく耳を撫でていたら、再び眠そうに目を閉じ始めた。
「一緒のことをしたいの。ひとつでも」
「了解」
俺は眠って行く永野さんを見ていた。
その寝顔は少しほほ笑んでいて、ちゃんと安心してて、心底安心した。
俺は最近、永野さんを寝せてから部屋に直行せず、兄貴の店に寄るのが増えた。
つまりのところ、結婚している兄貴様の力を借りたいのだ。
クリスマス、部屋でパーティーしたいということは、プレゼントは必須だろう。
俺は茶碗を拭きながら聞く。
「兄貴……永野さんのクリスマスプレゼントって……何がいいんだろ」
「そりゃお前、Amazonギフトカードだろ」
「金じゃん!!」
「英子はそれ以外受け付けないぞ」
兄貴がドヤァと言うと、常連のおじさんはゲラゲラ笑った。
俺はため息をつく。
「ダメだ……ここは夢も希望もありゃしない……」
「結婚して何年も経つんだ。さすがにネタも尽きるだろ」
「最初は?」
「なんだっけな……香水だった気がする。でも本人に選ばせた」
「うーん……何か……小さくてもいいから何か……」
「もうグローブで良くね?」
「良くないだろ」
そもそも元アイドルしてたから、ある程度の物は何でも持ってるだろう。
化粧品も服もバッグも。でも……トッポくんは大切にしてくれてるな……と思う。
部屋にいくといつも布団に入っていて、一緒に眠った状態になっている。
俺のパーカーを着ているので、なんだか恥ずかしいけど大切にされてるのは嬉しい。
トッポくんのグッズ……いや安直すぎる……わからん。
学校が冬休みに入って、俺も毎日バイトに入れるようになった。
でも最近永野さんは兄貴と料理の練習をしているようで、二階の喫茶店への出入り禁止になってしまった。
なにやらクリスマスのご飯は永野さんが作ってくれるようだ。
「期待しててね」
永野さんは目を細めてほほ笑んだ。
そんなこと言われたら、もう一階でバリバリ働くしかない。
丁度クリスマス商戦で、毎日大量の商品が売れるし、ラッピングが必要になるので丁度良い。
俺はラッピングなんてセンスが必要な作業は全く出来ないので、基本的に商品の補充をガンガンしている。
いつも補充をしているスタッフもラッピング作業に入ってるので、俺がメインで動いて丁度いい。
丁度いいけど、やっぱり少しは日中も永野さんを見たい……俺はこっそりと非常階段から喫茶店を覗く。
すると永野さんと目が合った。
永野さんはパアと笑顔になって、何か手元でゴソゴソ作業した。
そして非常階段の扉を開いてフォークの先に少しだけチョコケーキを刺して持ってきてくれた。
「はい、あーん」
「おう……?」
俺は戸惑いながら口を開けたら、永野さんがフォークを口に入れてくれた。
甘くて濃くて美味しいガトーショコラだった。
永野さんは目の前で目を輝かせて
「はい、もぐもぐ」
そんなこと言われたもぐもぐするしかない……。
俺はあーんして貰ったドキドキと、永野さんが目の前で口をもごもごさせてる可愛さに息が苦しくなりながらも
「最高に美味しいです」
と答えた。
永野さんは目をキランと輝かせて「あ! ちょっとまってね!」とすぐにトコトコと店内に戻って、今度はスプーンに生クリームを乗せて持ってきてくれた。
「やっぱりガトーショコラにはこれがないと。はい、あーん」
「……はい」
俺は食べかけで口を開けるのは好きではないので、全て食べてから口を開けた。
すると生クリームが入れられてた。うん、生クリームだ。
永野さんは「あ! もう一回待ってて!」と店内に消えて、今度はフォークにベリーを刺して持ってきてくれた。
「やっぱりこれもセットじゃない?」
「……うん、でもちょっとまって、笑える」
「え? 何で? はい、あーん」
俺は再び生クリームを飲み込んで、今度はベリーを食べた。
何回行き来してるんだ、もう、この人は本当に……。
永野さんは俺の横にちょこんと座って目を輝かせている。
「最高に合うでしょ?」
全く口の中で合わさってないけど、もう何でもいいや。俺は美味しいですと伝えた。
永野さんは目をキラキラさせて
「もっと作るね!」
と店内に戻って行った。
非常階段は冷たい風が吹き抜けているのに、顔がめちゃくちゃ熱い。
俺は手すりに頭をぶつけて息を吐いた。
クリスマスが楽しみだ。
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