第30話 二人っきりのクリスマス①

「瑛介ー、今日は上も手伝ってくれー」

「あれ? 永野さんは?」

「今日は午前中だけで帰ったよ。ご飯作りたいんだって! 準備したいんだって!」


 そう言って兄貴は俺の肩にぶつかってきた。

 ……痛いけど、嬉しい。

 今日はクリスマスだ。

 二人で迎える初めてのクリスマスなので母さんも兄貴も、バイトは夕方までにしてくれた。

 俺はもう朝から楽しみで仕方ない。クリスマスは夕方から夜までずっと忙しいのに早抜けさせてもらうので、少しでも何かしていこうと作業開始した。

 今日動くのは食料品がメインなので、冷凍庫に入って補充作業をメインにしていく。

 とにかく生ハムとワインとチーズが動くので、どんどん入れていくが、入れた先から売れていく。

 ワインは重いので、奥の倉庫から持ってくるだけで一苦労だけど、今日はもう全然疲れを感じない。

 ここのバイトさんたちは、もう俺と永野さんが恋人同士だと知っているので顔をみるたびイジってくる。


「はああぁ~~~、恋人と過ごす最初のクリスマスとか……甘酸っぱいわああ……何十年前の話よおお??」


 とハーブティー担当の加藤さんは言う。

 正直照れ臭いけど、まあうん……楽しみだから仕方ない。


 17時にはバイトを上がって家に帰り、シャワーを浴びて着替えた。

 スマホを見ると永野さんからLINEが入っていた。


『ケンタッキーを取りに行きたいの!』

 同時に鶏のスタンプがピョコピョコ踊る。

『了解』

 マフラーを巻いて外に出るとマンションの出口に真っ白なダッフルコートにピンクのマフラーをした永野さんが待っていた。

 俺を見つけると寒さで少し上気した頬を丸くしてほほ笑む。


「和泉くん、お仕事終わった? 喫茶店大丈夫だったかな……? お兄さんが大丈夫って言うから半休させてもらったけど」

「喫茶店はクリスマスだからってそれほど忙しくないんだよ。みんなもっと特別な店に行くからさ。下の店はエグかったよ……」

「大きなツリーすてきだもの」

「インスタ映えするよな」


 一階の店前には母さんが仕入れたガチのもみの木が置いてあって、そこに沢山のプレゼントがぶら下げてある。

 それは店内で2000円以上購入すると、一箱取ることが出来て、中には小さなお菓子が入っている。

 ライトアップされたもみの木は、この時期の商店街の名物で、可愛くラッピングされた箱を子どもたちは嬉しそうに持ち帰る。

 まあ正月にはあれを電動のこぎりで分解する最強の体力仕事が待ってるんだけど……。

 俺たちは手を繋いで歩き始めた。

 ピンクのマフラーがふわふわと揺れて可愛い。

 

「和泉くんのお母さんって半分くらい家に居ないのね」

「海外の買い付けがメインだし、そこは店の肝だから人に任せたくないんだって。でもまあ、俺には兄貴がいるから」

「お兄さんすごく素敵な人ね」

「兄貴が昔から俺の飯を作って面倒みてくれたんだ」

「兄嫁さんも面白いし。この前お店に来てね、クリスマスコフレくれたの。限定品だったのよ」

「ああ……なんか雑誌に記事とか書いてるから結構もらうらしいね。20色の口紅とか見た」

「それモータレントの限定品だわ。今度見せてもらう」

「おう……」


 今度兄嫁さんの美容院に連れて行ってあげようと俺は思った。

 アートメイク? をする専用の部屋があり、そこは本当に壁一面化粧品があってすごい。

 永野さんは喜びそうだ。

  

 ケンタッキーに入ると、独特の匂いに食欲が刺激される。

 普通の日はそれほど食べたいと思わないのに、クリスマスには食べなきゃいけない気さえしてくるからすごい。

 永野さんは大きなバーレルを受け取って目を輝かせた。

 ケーキとか入ってるバージョンもあったが、永野さんはお皿とコップが入っているのを選んだようだ。

 持とうか? と聞いたが、自分でも持ちたい! というので見守りながら歩いた。




 

「どうぞ、入って」

「……お邪魔します」


 俺は靴を脱いで永野さんの部屋に入った。

 基本的には夜寝る前に少しお邪魔してるだけなので、長時間だと少し緊張してしまう。

 コートを脱ぐと、永野さんが受け取ってかけてくれた。

 いつも座っている場所の前にはテーブルがあって、ライトがついた小さなツリーが置いてあった。

 永野さんは「準備するね!」と台所に立った。

 俺も「手伝うよ」と横に立ったら

「じゃあそこに置いてあるパンと、マグカップとケトル持って行って?」

 と言われて、机に並べる。

 どうやらもう出来上がってるようで、永野さんは鍋を冷蔵庫から出して温め始めた。

 そして小さな歌声が聞こえてくる。俺は鍋を温めている永野さんの横に立った。


「歌声、きれい」

「……これね、記憶の一番最初にある歌で、ずっと私の発声練習なの。全然歌って無かったのに、最近楽しくなると歌ってる気がする」

「前も歌ってたよ。夏祭りの机を駐車場で洗ってた時に」

「あ、そうかも。虹がね、とても楽しかったから」

「こう……永野さんの歌って、すっごく高い所を飛んでる鳥がさ、ファーーッって下に降りてきて、また風を受けて空に飛んでくみたいな声で、俺はすごく好き」


 永野さんはおたまをトン……と置いて、横に立つ俺にしがみついてきた。

 そのまま俺のグイグイと抱き着いてモゾリと胸元から顔をあげて

「……なんか、歌を誉められると……すごく前の……子どもの自分に触れられたみたいで……はずかしい」

 と言った。前髪がクシャクシャになっていて、なんたる可愛さ……。


 永野さんは結局おたまを片手にフリフリしながら、気持ち良さそうに歌をうたいながらシチューを混ぜていた。

 おたまをフリフリするたびに落ちるシチューが気になってしまう俺を、永野さんは

「もう食べたいの?」

 と笑って、おたまについたシチューを少しだけ指先につけて、俺のほうに向けた。 

 ……え? 舐めろってこと……?

 めちゃくちゃ躊躇していたら、唇にチョン……と付けてくれた。


「どう?」

「……味がわかりません」

「えー? なんか心配になってきた」


 永野さんは言うけど……そうじゃなくて、胸がドキドキして分からないだけなんだ。

 俺はシチューじゃなくて、言葉を飲み込んだ。




「完成! どうかな」

「おおお……晩御飯だ」

「料理練習はじめて一か月。ここまで来ました」


 メニューは野菜がたっぷり入ったシチューとサラダ、それにパンだった。

 やっと野菜の扱いに慣れてきたらしく、兄貴に習いながら玉ねぎの切り方から、キャベツの扱いも習ったらしい。

 野菜が煮崩れてなくて、ジャガイモの角もちゃんと取ってある。鶏肉もふわふわで美味しかった。


「ちゃんとしたシチューだ」

「お兄さんが細かいレシピを書いてくれたのよ」

 

 見せてくれたレシピはもうタイムスケジュールだった。

 時間ごとにすることが細かく書かれていて、普通のレシピでは無かった。

 まず玉ねぎの細かい切り方、そしてそれをボウルに入れて冷蔵庫へ。そのあとニンジンはこの方向に切るべし。

 鍋の中でどこにバターを置くべきか、その時の火加減、そしてどっち側から玉ねぎを入れるべきか、どれくらい炒めるかの細かい時間。

 全部指示してあった。


「これ書くの大変だな」

「そうなの。料理の絵本みたい。絶対成功させたいって思ってたの」

「本当においしい。料理はやっぱり丁寧が第一だな」

「お店でね、ずっとたまねぎを切る練習をさせてくれて、全部火の通りが同じになるように教えてくれたの。瑛介に美味しいの作ってやってくれって。愛されてるのね」


 永野さんも食べて嬉しそうにほほ笑んだ。

 なんだか恥ずかしくて冷たい水をガブ飲みした。

 そして買ってきたケンタッキーを限界まで食べた。

 これはやっぱり二人で完食するのは無理だ。後で兄貴の所に持って行こう。

 永野さんは冷蔵庫にいってデザートを出してきた。


「それでね。お菓子はやっぱり最難関だから……プリンをお店で作ってきたの」

「おおーー」


 デザートに永野さんは、冷蔵庫からプリンを出してきてくれた。

 これはお店でも出てくる卵をたっぷり使ったプリンだ。

 卵の味が濃厚で、すごく美味しい。その上に抹茶の粉がフリフリしてあった。


「抹茶味だ」

「私と言ったら抹茶でしょ?」

 一口食べるとケンタッキーの重たい油が抹茶でスッキリした。

「うん、美味しい。ん、キャラメルが抹茶味だ」

「何種類も作って研究したのよ。もうたくさん練習したの。楽しかった!」


 プリン自体もいつもお店で食べるものより、甘さ控えめで美味しかった。

 二人で机を片付けて、一緒にお皿を洗うことにした。

 洗い始めて聖空さんが首を小さくフルフルして言った。


「あ、髪の毛縛れば良かった」

「じゃあ俺が縛るよ」


 エプロンの右側にゴム紐があるというので、それを取り出した。

 そして永野さんの後ろに立って耳に触れて親指で首筋を撫でて髪の毛をひとまとめにする。

 ……というか、髪の毛を縛るのは、めちゃくちゃ難しいな……。

 どれだけまとめてもサラサラと落ちてきてしまう。

 ゴムを通そうとしたら、髪の毛が絡んで上手に出来ない。なんだこの作業は。

 痛くしたくないし……俺はモゾモゾ頑張った。

 すると永野さんが手が濡れた状態で俺のほうをクルリと振り向いてみた。

 その顔は真っ赤だった。そして


「もう自分でやるもん!!」


 と叫んだ。どうやらくすぐったかったようだ。

 手を洗って髪の毛を縛り始めた永野さんのよこで俺は皿を洗った。 

 あの作業難しすぎる。皿洗いの方が楽だ。

 すると俺の首筋に冷たい指先がスルルルと触れた。


「!! 何を!!」

「ね、くすぐったいでしょ?」


 聖空さんはいたずらっ子のように微笑んだ。

 俺たちは塗れた手についた水を顔に飛ばしあって遊んだ。

 そして意味不明に濡れてしまった床を拭く。

 ……クリスマスに何をしてるんだ、俺たちは。

 そう言いあって、笑い、少し緊張が解れた気がした。


 俺はドキドキしながらプレゼントを入れてきたリュックを引き寄せた。

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