第6話 15才の主張とあみだくじ
「じゃあ撮って行くね」
「よろしくおねがいします」
消毒液と真っ白な壁。
そして機械が作動する静かな音といつもの先生の笑顔。
今日は午前中学校を休んで整形外科にきた。
中二の時に
簡単にいうと外から骨を固定したんだけど……俺の骨は状態が悪くてうまくくっつかなかった。
先生には骨の移植手術も進められたけど、正直俺は「そこまでしなくても」と思った。
何より俺がリハビリしている間に、控えだった竹内がピッチャーになり、チーム的には何の問題もなかった。
俺は状況を判断して、捕手のサインに首を振ることも多かった。
それで負けることも多く、チームの空気を悪くすることもあった。
でも竹内は素直で捕手のいう事を聞き、チームの雰囲気もよくなった気がした。
そこまでしなくてもいいや。
俺は状態を無理矢理受け入れた。
今でも野球を好んで見たいとは思わないし、野球チームがない高校を選んだのも、なんだかんだいって何も諦めきれてないのだろう。
でももう仕方ないことも分かっている。
先生はレントゲン写真やMRIの結果を見て振り向く。
「うん、肘は現状維持だね。左手首も軽い捻挫でもう大丈夫だね」
「ありがとうございます」
「高校はどう?」
「まだ始まったばかりです」
「そっか」
石井先生は小学校の時からずっと俺の担当の先生で、ずっと丁寧に俺に向かってくれる人だ。
この先生に「甲子園は目指せない」と言われたから、なんとか飲み込めたんだ。
以前なら病院行った日は学校を休んでいたけど、帰りに永野さんと一緒に帰るという楽しみがあるので、体調不良以外では絶対休まない。
今ふと思ったけど、体調不良の時は一緒に帰れないので(それは永野さんが休んでいても同じだ)隣のクラスか、下駄箱を軽く見るようにしようと思った。
待たせたくないし、待っているのもつらい。
「代表さん、おつかれさまですっ!!」
「は?」
四時間目から学校にいくと久保田がニヤニヤしていた。
聞くと都が主催してる『15才の主張』という訳が分からないイベントのクラス代表にされていた。
そのイベントは毎年あるらしいが、今年は運悪くうちの学校が代表で一年の各クラスから一人ずつ選ばれたらしい。
「勝手すぎるだろ」
「学活にいないから仕方ない。まあじゃんけん大会で勝利すれは逃げきれるさ」
久保田は俺の机の上にプリントを置いた。
今週末でどこかのホールで作文を読み上げるとか……地獄かよ。
放課後、しぶしぶクラスの代表が集まる教室にいくと、そこに同じチームで野球をしていた
「和泉、ちょりーす」
「お前がいるなら問題ないな」
「決めつけはよくないよ、和泉くん。悪い子だな」
「なんだよ、お前は人前に立つのが好きだろ」
「歌うのは好きだけど、作文読むなんて好きじゃねーよ!」
「まあそう言うなよ、ロックマン」
平間はシニアで野球をしてたんだけど「こんなのモテねー!」とやめて、今は音楽をやっていて、それなりに売れている。
だから目立つことに慣れているし、好きなはずだ。
もう平間に押し付けて……と思ったら、後ろのドアが開いて永野さんが入ってきた。
永野さんは俺を一瞬みたが『学校では私に関わらないほうがいい』という宣言通り、すぐに視線を戻した。
俺たちは代表名を書く紙を高速で押し付けあっていたが、手をとめた。
平間はすぐに紙をもって永野さんのほうへ向かった。
「先輩がいるなら、間違いなく先輩がいいと思うっス」
「……いや平間、ちょっと待てよ。先輩って何だ」
「言ってなかったけ? 俺永野さんと同じ事務所に入ったんだよ。まあ永野さんが王で、俺は超超超雑魚だけど」
「私は事務所が借りてる部屋に住んでる都合上、所属はしてるけど事実上引退してるから。知ってるでしょう?」
永野さんはピシャリと言った。
平間は慌てて言い直す。
「ごめんごめん、一応永野さんが事務所では先輩で、俺が後輩ってことを言いたかったんだ」
「……じゃあ後輩の平間が作文係な。決定」
俺は紙を平間に押し付けた。
平間は紙を持って俺を睨む。
「そんなこと言ったら和泉てめぇ、海南(かいなん)リトルに入ったのは俺が一週間だけ先輩だぞ?」
平間はドヤ顔をした。
そうなんだ。
平間と俺は同じ港南リトルに所属してて、平間のがほんの少し先に入ったけど……
「平間は俺より打率低かったから、負け」
「先輩のいう事きけや~~!」
「打率で勝ったもんね~~。俺は平間のバットまで投げ飛ばすブンブン打法を忘れない。何回死にそうになったことか」
「なんだこの首振りキング!
俺たちは小学生レベルの戦いを繰り広げる。
すると永野さんがスッ……と机の横に立ち静かに言った。
「私がいきます。作文読むだけでしょ。全く何とも思わないわ」
俺と平間は顔を合わせる。
そりゃありがたいけど……俺たち二人が低レベルな争いをした結果永野さんが引き受けるというのは違うと思う。
フェアじゃない。それに気持ちが疲れているのは知っている。だからと言って俺が引き受けるのも違う。
俺は叫んだ。
「やっぱりここは正当に……あみだくじにしよう!!!」
「アナログだな」
「……いいですよ」
永野さんも静かに受け入れた。
ノートをちぎって三本線をひいて、三人で好きに線を入れる。
あみだくじぃ~ あみだくじぃ~ うおぉぉっお~~ 平間が無駄にいい声で歌う。
それを聞くたび俺は少し笑ってしまう。
その結果
「あああ~~~分かったよ、俺がやるよ!!」
平間に決まった。
じゃあ、と永野さんは教室を出て行った。
俺はちいさく息をはいて安堵した。
永野さんが沢山の人の目に晒されることを何とも思ってないのか分からない。
でもただ一つ分かるのは俺だったらイヤだということだ。
俺が野球で怪我した時、みんなが気をつかってくれた。
「物を持たない方がいい」とか「絶対治るよ」とか「気にするな」とか、最後には「野球以外にも楽しみはあるよ」とか。
全部善意から発される言葉だと分かってたけどイヤだった。
何か言われるのもイヤで、何も言われないのもイヤだった。
永野さんがどういう心理なのか知らないけど、俺はただ『普通に扱って欲しかった』んだ。
だから普通にあみだくじにしてみた。
……てか、良かった、俺が引かなくて。
作文は世界で一番苦手だ。
「今日は来てなかったから、一緒に帰れないのかと思った」
生暖かい風が吹き抜ける環状線のホームで永野さんが小さな声で言った。
それを聞いて俺の席とか、下駄箱とか確認してくれたんだ……と嬉しく思った。
「肘の病院に行ってきたんだ。時間がかかるけど、定期的に行く必要があって」
「……まだ痛いの?」
「いや、普通の生活してるぶんには全然痛くない。トップを目指すような練習は出来ないだけ」
「……そう」
永野さんは多くを聞かないし、俺はこの距離感をすごく楽だと思う。
電車がホームに入ってきて細くて柔らかい髪の毛を躍らせる。
ふわりと風を纏って振り向いた。
「今日、あみだくじ、嬉しかった」
「……あみだくじが、楽しかったの?」
俺が聞くと
「違うよ、和泉くんは私を普通に扱ってくれるから、嬉しかったの」
そういって乱れた髪の毛を耳にかけた。
その横顔が少し優しくて、俺がしたことは間違ってなかったんだと安心した。
そりゃ作文係なんて誰もやりたくないよな……平間、おつかれ……。
昨日とおなじように一番前の車両に入ると、電車のなかで眠っているサラリーマンがひとりいるだけで、他には誰もいなかった。
永野さんは今日も俺に帽子を渡して、カバンの中から本当に首まくらを取り出した。
それを首にセットした。新幹線とか飛行機の中みたいで面白い。
「あの、これ、読みにくかったらごめんね」
カバンからもう一つ取りだしたのは、単語帳だった。
そこには几帳面で美しい文字で英文が書いてあって、S・V・O・O……など書き込んであった。そして裏には何文型なのか書いてある。
こんなの作るのすごく時間が掛かりそうだ。
「ありがとう」
「夜、復習するからね……テストするんだから。がんばって……」
永野さんは言いながら、静かに目を閉じてすぐに眠ってしまった。
俺は帽子をかぶせて、すぐに単語帳を始めた。
昨日は動画を見てても即眠くなったけど、小さな文字で丁寧に書いてあるのを見ると嬉しくて俺はしっかり勉強した。
「……んふ」
帽子の下、永野さんの口元が小さくほほ笑んで小さな声がした。
寝言……?
俺は単語帳を握りしめて笑った。
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