第42話 期末テストと夏休み前に

 聖空さんはさっそくTwitterのアカウントを作り『初めまして』とツイート。

 それは元事務所にRTされて、フォロワーは2万人をすぐにこえた。

 自分のイラストを書いてくれる人を有償で募集すると一日でものすごい量のリプが来た。

 可愛い系、お嬢さま系、清楚系……。

 聖空さんが気に入ったのは狐と黒猫の中間のようなキャラクターだった。

 普段全く表情がないのに、歌う時だけ笑顔になり、眠るときは妖になるという設定。

 それを気に入って聖空さんは契約を結んだ。


「おおお……エルミさんも聖空さんの動画UPしてるよ、すごい……」

 久保田はスマホを見ながら感激している。

 自分の歌を使った動画をどんどん作ってほしいと言った結果、沢山UPされるようになった。

 聖空さんは

「これは、素晴らしい収益の元を得たとしか言えないわ」

 と微笑んだ。

 作詞作曲のセンスは無いと言い切り、お母さんに依頼。

 聖空さんの伸びやかで気持ちがよい声を最大限に生かした歌詞や歌は、すぐにスポンサーが付いた。


 少し英語が得意になっていた聖空さんは、あのアメリカの家族に自分で連絡。

 必死に英語で感謝を伝えた結果、ちゃんと通じて

『やっぱり貴女は聖女さまね。貴女の声を聞いてると、膝の痛みが消えたの』

 と、言ってくれた。

 それを聞いて聖空さんは嬉しそうにほほ笑んだ。





「……始めようかな」

「何を?」

「野球」

「え? 嘘、めっちゃ楽しみ!!」


 真由美と聖空さんは目を輝かせた。

 俺は野球のチケットをくれた草野球のチームの練習試合に参加を決めた。

 まず肘に負担がかかりにくいチェンジアップやカットボールを中心に練習、遠藤先生に紹介してもらったトレーナーの所で下半身を強化。

 怪我は二度とイヤだったので、病院で検査もしてもらった。

 先生は「全力で投げ続けなければ大丈夫」と太鼓判を押してくれた。

 

 前日の夜、グローブの手入れをしていたら聖空さんがスクッ……と立ち上がってお弁当を作り始めた。

 スタッフ含めて20人以上いるから大変だと伝えたんだけど

「やりたいの!」

 と楽しそうに作って持ってくれた。

 タヌキコーチは食べながら号泣して、俺たちは笑うしか無かった。


 試合が始まった。久しぶりに立つマウンドはどうしようもなく気持ちよくて。

 投げるたびに外野から飛んでくる声、キャッチャーしか見えなくなる瞬間、球種の組み立て、そして打ち上げられた球の高い音、青く抜けた空。

 全部懐かしくて、胸が苦しくなって、こっそり涙ぐんだ。

 

「瑛介くんすごい、めちゃくちゃカッコイイ!!」


 投げるたびに聖空さんがポニーテールをぴょこぴょこ揺らして応援してくれたのがたまらない。

 よく考えたら聖空さんの前でちゃんと投げたのは初めてだった。

 やっぱり全盛期を思い出して少し辛くはなったけど、マウンドに立てる喜びのほうが大きかった。


 夏がすぐそこまで来てる球場の暑ささえ懐かしい。

 一点も取られず肘に痛みを感じることもなく、完勝。

 試合が終わると聖空さんは興奮状態で俺にしがみついてきて


「また投げて? また見たい、すごくカッコよかった!」

 と目を輝かせた。

 俺は優しくその頭を撫でた。

 ここまで来られて良かった。





 試合が終わると恒例の時期……期末前テストが始まった。

 野球を再開した結果、俺は入学時レベルの危険レベル……。


「……結構ヤバいです」

 俺は聖空さんに頭を下げる。

「……聖空~~大会に出たいよ~~」

 真由美もテストを持って泣きついてきた。

「言っときますけど、俺はもっとヤバいですよ。センパイ、今年のイベントはデカいんです!!」

 平間も中々に酷い。

 聖空さんは「はあ~~」とため息をついて、去年と同じく図書館で先生を始めた。

 ただ去年と違うのは、飯田さんとか向坂とか、クラスメイト何人かも「いいかな?」と参加してきたことだ。

 聖空さんは嬉しそうにみんなに教えていた。


「はあああ~~~~……」

「高城先輩、ウザいです」

「……はあああああ~~~~~~~」

「高城先輩、どっか行ってください」


 勉強している俺たちの後ろの席で高城先輩がこれ見よがしにため息をついている。

 真由美は延々と邪魔扱いしていたが、仕方ないので話を聞いてあげた。

 すると遠藤先生とお父さんが結婚した……とうな垂れて言った。

「お祝い買わないと」

 先生を終えた聖空さんは目を輝かせた。それは俺も同意見だ。

「そうだろ? みんなお祝い買うだろ? 俺もさ……そこに混ぜてほしくて……俺個人からは……もう無理なんだ……」

 高城先輩は日向で太陽に溶かされていく。生きて……。

 俺たちはみんなでデパートに行って何か買うことした。

 結婚祝い……? みんな知識がなくて、日傘やらハンカチやら掴むが、まるで分からない。

 最後にはギフト品コーナーでハムの塊を見つけて「これでいいんじゃね?」と笑ったが、たぶんそうじゃない。


「高城先輩、この上着似合いそう」

「マジで? ……どう?」

「あー、カッコいいです。先輩って紫似合いますよね。あの昔着てた紫のジャージ似合ってました」

「すげぇ前の話だな」

「誕生日もうすぐでしたよね? これプレゼントしますよ」

「真由美~~~お前めっちゃ良いやつだな~~~」


 そのやり取りを俺の横で平間がジーーッと見ている。

 そして俺の横で口を開く。


「高城先輩と桐谷さんって、付き合い長いの?」

「俺の次くらいに長いんじゃね? あの川沿いに住んでるんだよ、野球グラウンドの横の。昔から一緒に遊んでたんだ」

「へえ……」


 そう言って平間は二人が話している方に入って行った。

 そして真由美に「この帽子が似合うよ」とかぶせたりしている。

 俺がこんなこと思うのは間違ってるかも知れないけど、真由美には幸せになってほしい。


「ねえ、遠藤さんって、今も日本酒が好き?」

 一人でちゃんと結婚祝いを選んでいた聖空さんが呟いた。

 それを聞いた高城先輩が歩いて来る。

「ああ、よく飲んでるよ。日本酒飲むと頬が真っ赤になってカワイイだよなあ……」

 そう言ってうつむいた顔を真由美が後ろから叩いた。

 結局日本酒と、名前を入れられる御猪口のセットに決めて、オーダー用紙を貰って帰って来た。兄貴に買ってもらおう。


 高城先輩は用事があるというので、逆方向に帰っていった。

 俺たち四人はすっかり暗くなった町を歩き始める。

 平間は真由美の横に移動して口を開く。


「桐谷さんは夏休みとか、全部部活?」

「すっごいわよ。朝から晩まで部活だらけ。平間くんはライブとかなの?」

「そう。都内でもあるからさ、見に来ない?」

「土日でしょ? 全部試合よ、きっと」

「夜もあるから。どうかな」

「夜にライブなんだ。へえ~~頑張ってね」


 真由美は実に興味がなさそうだ。元々ライブよりスポーツ観戦を好むタイプだと思う。

 その会話を聞いていた聖空さんがパッと前に出て二人の会話に入る。


「平間くんの動画見た? 最高に面白いのよ。ほら」

 そう言って聖空さんはお気に入りすぎてもうスマホに入れている鼻から牛乳を流した。

「あはははは!! ちょっと、アホすぎる!!!」

 真由美は爆笑した。

「私も行くから、一緒にいかない? イベント」

「聖空がいくなら、行く~~。あははは、平間くん、これ最高じゃない。芸人だったの?」

「違うけど……いいや、それでも。見に来てよ」

 夏休みに会うキッカケが欲しいのだろう。

 去年の俺がまさにそれだったからよく分かるぞ、平間。


 結局みんな揃ってギリギリ赤点を逃れて夏休みが始まった。

 結局平間のイベントは俺も一緒に行くことになって、真由美と三人で見に行った。

 歌ありダンスありお笑いあり。学校とは違う姿を見るのは新鮮で真由美は

「これも部活の一部よね……先輩たちに揉まれて大変そう……」

 と完全に部活疲れのコメントだったが、楽しそうに見ていた。






 そして八月のある日。

 帰って来たお母さんがリビングで言った。

 

「家族旅行、聖空ちゃんも誘ったから。山、行こう」

「お。いいね」


 今年は盆休みに山にあるホテルに泊まりにいくことになっていた。

 母さんがいつももみの木を仕入れてる方近くに住んでいて、昔から何度かお世話になっている。

 ロープウェイで登って少し登山した場所にあるのだが、本当に星が綺麗に見えて俺も好きだ。

 母さんはワインを飲みながら口を開いた。


「最近は聖空ちゃん、一人で眠れてるらしいじゃない。偉い! ちゃんと支えてあげたのね」

「いや、聖空さんが頑張っただけだよ」

「お優しいこと!」

「なんというか、母さんの力とか、兄貴の気遣いとかのが大きい気がする」


 今回のことで俺が思い知ったのは、俺がまだまだ子どもだという事だ。

 聖空さんが困った時にマンションを借りることも、料理を教えることも、俺には何一つ出来なかった。

 

「俺はただ、聖空さんの頭を撫でてただけだ」

「クソガキの高校生なんだから当たり前よ。聖空ちゃんには『瑛介くんが居てくれたおかげです』って頭下げられちゃったけど?」

「なら……嬉しいけど」

「あんたホント、くっそ真面目ね。お父さんそっくり! 本当に手出してないの?!」

「ここまで家族に囲まれてて手出しするのは変態だろ」

 

 正直な話、すべて母さんに筒抜けの状態では、模範的に動くしかない……というのもある。

 でも母さんの助けが無かったら、聖空さんをあのマンションから即脱出させることも出来なかった。

 その行動力に俺は感謝してるし、尊敬もしてる。だからまあ筒抜けも仕方ないとも思っている。

 母さんはワインを飲みながら口を開く。

  

「瑛介に色々口出しするのも止めないとね。親からすると永遠に子どもだから何でも言いたくなっちゃう。でも瑛介は聖空ちゃんを支えてあげられた……ちゃんと男の子になったんだもんね。人の心に寄り添ってあげられるのは、偉いことよ。お母さんは嬉しい」


 母さんはワインをトンと置いてスマホをいじりながら言った。


「じゃあ瑛介と聖空ちゃんにお隣の部屋を取りますね~~~」

「ありがたき幸せ……」

「あ、エッチするならちゃんと避妊してね?」

「……数秒前にもう口出しをやめると言った気がするけど」

「大学の間に産んで仕事バリバリするって手もあるけど……その場合大学に保育所が無いとねえ……」

「さっきと言ってることが全然違うけど?」

「あー、もう口出ししない。しないしない……聖空ちゃんのお部屋にお泊まりしてるの? 実は聖空ちゃん教えてくれないの~~秘密ですって言うの~~~秘密やだ~~~真由美ちゃんみたいに全部話してくれないのよ~~~~」

「おやすみなさい」


 俺は台所から退散して風呂に逃げた。

 母さんは永遠に変わらない……逃げるしかない。

 でも……聖空さんは俺とのことをあんまり話さないんだな。

 筒抜けにされるのが本当に苦手だから少し安心した。

 俺だって普通の高校生だし、もう少しだけ聖空さんに触れたい……。

 いやでも可愛すぎて無理だろ、そんなの?!

 ていうか俺たち高校生だし!!

 いやでも……。

 色々想像するだけで顔が熱くなり、ブクブクと風呂に沈んだ。

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