第10話 マラソン大会本番
今日は部対抗マラソン大会本番だ。
漫研なのに毎日走らされた久保田は、スタート地点で疲れ果てている。
「今日で終わる……今日で終わる……」
「おつかれさますぎる」
久保田とは同じ中学出身だが、自主的に走っているところなど見た事ない。
仲良くなったのは怪我をした中二の時、体育を見学してたらサボりの久保田が漫画を読んでいて、そこから仲良くなったのだ。
しかし追加予算が出ると部費で出してる同人誌のお金も回せるらしく、先輩たちも本気らしい。
「和泉ぃ~~俺の日曜日の最高の演説見てくれた?」
ジャンケン大会で負けた平間が後ろから来た。そういえば昨日だったようだ。
「全く見てない」
「お前さあ、仮にも同じ教室で紙を押し付けあった仲じゃん、平間くんっ……頑張ってるかなっ……とかあってもいいじゃねーの? ネットで中継してたぞ」
「じゃあ平間が逆の立場なら見るのかよ」
「見るわけねーよ、くそ時間の無駄だボケェ!!」
俺たちがギャーギャーしてる間にスタートして、走り出した。
最初の5周はやはり余裕だけど、10周はそれなりにつらい。
体力が落ちているのを感じる。俺も夜少し走ろうかな……永野さんも夜走ってるって言ってたし。
何時くらいに走ってるのか今度聞いてみよう。
でもあのマンションなら室内にトレーニングルームとかありそうなのに外を走ってるなんて意外だ、と思った。
確証は無いけど、永野さんは商店街を抜けて、広めの公園も抜けて、その先にある住人じゃないと敷地にも近づけない巨大マンションに住んでると思われる。
俺の住んでいる駅で元芸能人が住める建物といったら、あそこだと思う。
公園の一部みたいな広い敷地に隠れるように建てられたマンションは上に大きいのではなく、地下に広い。
最大三階建て、ロの形になっていて、外側に窓はない。
地上は三階しかないけど、地下が三階あって、ロの字の真ん中は深く掘りさげられて、美しい庭園がどの部屋からも見えると聞いた。
プライバシーに完全に配慮した外から見えない入り口がそれぞれの部屋にあるんだよ~とお店に出入りしてる酒屋さんが言っていた。
芸能事務所がフロアごと買い上げたところがあり、寮のように使っていて、永野さんはそこに住んでいると思われる。
屋上でアイスを美味しそうに食べながら言っていたんだ。
もう芸能人なんてこりごり。自由が一番。
事務所もやめてマンション出ないと……もう諦めないとね……。
そう言って遠くを見た永野さんの髪の毛を風がふわりと優しくなびかせた。
今住んでいるマンションはきっと事務所の一部なのだろう。
自宅に帰ればいいのにと思うけど、そこは通える距離なのだろうか……遠かったら転校するのだろうか……諦めるって何を……?
何一つ聞けないけど気になることをぐるぐると考えた。
考え事をしながら走り終わると13位で上位は全員陸上部とサッカーだった。
また木の所に逃げようかと思ったけど、このあと一年女子があるので、見たくて観客席に向かった。
すると後ろからガシッ……と捕まれた。
「高城先輩!」
「和泉、久しぶり。明桜きてたならサッカー部来いよ」
「いやいや、明桜のサッカー部ガチすぎますよ」
「和泉なら即レギュラーだよ。今キーパー良いのいなくて困ってるから大歓迎。はい入部届け、今すぐ書こうか」
「外ですよ、今!」
高城先輩は中学の時の先輩だ。
野球をしているグラウンド近くの河原のマンションに住んでいるので、よく一緒に遊んだ。
中高とサッカーをしていて、明桜もサッカーの推薦枠で入学したとは聞いていた。
よく遊んでもらってすごく好きな先輩だ。
「お、真由美もいるのか、頑張れ」
「高城先輩じゃないですかーー!」
グラウンドに出てきていた真由美も高城先輩をみて駆け寄ってきた。
三人でよく根っこから抜いた雑草を川に投げて遊んでいた仲良しだ。
がんばれよー! と高城先輩が手を振ると
「今日は私、絶対一位とりますから!!」
と真由美は力強く宣言してスタート地点に戻って行った。
そして一年女子の部が始まった。
やっぱりすぐに頭ひとつ抜けてきたのは永野さんだった。
「おお、あれが噂の聖女さま、足が長いなあ。ピッチが全然変わらないから走り慣れてるな」
「毎日走ってるらしいですよ」
「そういう走りだ」
高城先輩だけじゃない。トラックにいる生徒全員が永野さんに注目していた。
そのすぐ後ろ……真由美だ。真由美は前回みたいに二位グループに入っていない。
永野さんの3mくらい後ろを、ぴったりマークしてついて行く。
その距離は一周走っても、二週走っても変わらない。前のように加速もしないが、減速もしない。
「いけええ!!」
「追いつけ、真由美!!」
「逃げろ聖女さま!!」
生徒たちが歓声をあげて応援する。
二人は完全に独走態勢に入った。
ラスト一周、チラリと永野さんが後ろの真由美を見た。
真由美はそれをみると一気に加速して、距離を2m以下まで詰めた。
観客席のテンションは最高潮だ。みんな立ち上がって応援している。
ラスト200m。真由美が永野さんに追いついて、ほぼ並んだ。俺も思わず前に出てゴール地点まで観客席を移動してしまう。
ラスト100m、ここで身長の高さと上半身を上手に使ったのは永野さんだった。
並んだ真由美を押しのけて、ほんの数秒差で永野さんが勝った……と思ったら、最後の最後に意地で加速、真由美は身体を倒してゴールに飛び込んで転がった。
俺の場所からでは勝者が分からない。
でもさすがICチップ、電光掲示板に順位が表示された。
ほんの0.5秒差で真由美が勝っていた。
競技場が一気に湧いた。
「ゴールに飛び込んで勝ちやがった! マジかよ!!」
「勝ちは勝ちだろ、真由美すげぇ!!」
観客席全員が立ち上がって拍手した。
真由美はゴールに転がったままだが、永野さんはそのままトコトコ歩いてグラウンドから出ていった。
後からゴールしてきた子たちがゴールに転がる真由美の周りに立って、拍手して踊る。
変な儀式みたいだけど、俺はそれに加わりたいと少し思ってしまった。
「お前の彼女の根性はすごいな」
高城先輩は笑いながら言うが、俺は首をふった。
「彼女じゃないですよ、ほんと。でも……カッコイイヤツだって本当に思います」
みんなに立たせてもらった真由美は髪の毛もさもさの状態で俺と高城先輩を見つけて、指を一本だけ立てて見せた。
俺は高らかに拍手した。
二年と三年のレースが始まったので、俺はこの前と同じ木の下に行った。
すると永野さんが座っていた。
「……おつかれ」
声をかけても返事がない。
見ると眉間に皺を入れて不機嫌な表情だ。
「……ひょっとして負けて悔しい、とか?」
「負けて嬉しい人っているのかな」
声が思ったより苛立っていて、おお……永野さんの怒った声だ、と新鮮にうれしく思ってしまった。
あれは負けたというより、真由美が飛び込んだ分だけ早かっただけのような気もするが。
「瑛介と永野さん」
後ろから真由美が来た。
俺は素直に真由美をたたえた。正直本当にカッコ良かったと思う。
真由美は俺を見てハッキリと言った。
「ひとつ勝てたから、やっぱり諦めない。私永野さんより上だもん。私の勝ちだわ」
もう何か、そこまで言われると正直好きにしてくれというのが本音で、俺は苦笑してしまった。
その横で永野さんがスッ……と立ち上がって顔を上げた。
「私、実は先日から和泉くんと一緒に帰っていて、喫茶店で勉強も教えています」
突然永野さんがぶっちゃけた。
当然真由美が叫ぶ。
「はああああああ?!?!?!?! 瑛介ホントに?!」
「あ……ああ……」
正直真由美の挑発にクール永野さんが乗ると思わなかった。
真由美は売られた喧嘩は買いますよ?! といった雰囲気で叫ぶ。
「そんなこと言ったら私は小学校からずっと瑛介と一緒に帰ってるから!! 幼稚園のバスも同じよ?! それにあの店は私のが長く通ってるから!!」
永野さんは静かに首を振りながらいった。
「羨ましいです、親しい人間と長く続いて。一緒に帰ってることは事実を伝えただけです。……桐谷さんと対等になりたいから」
そういって永野さんは背筋を伸ばした。
真由美は少しポカンとして
「……そっか、なんかごめん。ちょっと永野さんのこと特別な人と思いすぎてたかも。あなた割と普通なんじゃ?」
永野さんは真由美に向かって手を差し出した。
「秋のマラソン大会は、負けません」
「おお~~?! 私も絶対負けないもんね~~~?」
真由美は差し出された手をクッ……と握った。
あまりに二人がギラギラしていたので、俺は思わず口を開く。
「……しかし二人とも戦うの好きだな。俺はあんまりそういうタイプじゃないから……」
俺がいうと真由美は、な~にいってんのよ! と笑い
「いつもマウンドの上で『打てるもんなら打ってみろ!!』て雄叫び上げてたじゃない」
「……そうだっけ?」
「そうよ!」
そんな気もするし、遠い昔のような気もする。
真由美は俺のほうに一歩近づいてきて
「瑛介、アイス貰えるんでしょ? 私に頂戴!」
と腕にしがみついてきた。さっきの頑張りを見ていたから、断りにくいが、真由美はアイスを4つくらい食べるから恐ろしいんだけど。
あ、でも永野さんも3つ食べてたな……。
真由美は俺の腕にしがみついたまま後ろを振り向いて
「永野さんもいこ! あ、瑛介から2つ、永野さんから2つ貰えば……いや瑛介から3つ……」
呼ばれた永野さんは「私も?」と戸惑った表情を見せた。
でもすぐに固まった表情が少しほどけて、俺たちと一緒に歩き出した。
そして俺の隣に、ふわりと来たんだ。
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