第22話 文化祭と決意

「和泉~~~、成美さんの体操教室入ったらしいじゃん。じゃあサッカー部手伝うよな」

「遠藤先生のレッスンいいですね。高城先輩が好きになるの分かります」

「おい和泉、屍の俺を殺し続けるのか、よしサッカー部手伝え」

「何も出来ませんって!」


 渡り廊下で俺を捕まえようとする高城先輩から非常階段へ逃げ出した。

 うちの高校の文化祭は10月に行われるんだけど、普通のクラス単位ではなく、部活単位で行われる。

 それくらい部活に特化した高校なのだ。

 そして俺のような帰宅部の人間は、一時的にどこかのクラブを手伝うことになっている。

 一番興味あるのは体操部だったので少し調べたら、出し物は腹筋背筋腕立てマッスル対決だった。

 いや……辛そうだ。それに今はあまり腕立てしないほうがいいと思う。

 本当に多種多様なクラブがあって、カルタとか、乗馬まである。

 馬は可愛いよな。しかし乗馬……?

 ポケットに入ってるスマホが揺れて確認したら永野さんだった。


『どこ?』

『西校舎の非常階段。勧誘がウザすぎて』

『了解』


 数分後に上から声がふってきたと思ったら、永野さんが顔をのぞかせた。


「和泉くん、どこ手伝うか決めた?」

 俺は顔をあげて

「いいや。乗馬クラブで馬と触れ合おうかなと思ってる」

「なにそれ」

 と言いながら永野さんは階段を降りてきた。

 そして俺の前までトトトと階段をおりてきて、目の前でクルリと回って俺の前に座った。

「一緒にクッキングクラブ手伝わない? 今日ね、クラスの飯田さんに『もし良かったら』って声かけて貰ったの」

「おお、それはめでたい」

「最近ちょっとずつクラスメイトが話しかけてくれるの。すごく嬉しい」


 永野さんはふんわりとほほ笑んだ。

 同級生たちは、俺と真由美たちが普通に話しかけるのを見て「わりと普通なのでは……?」と少しずつ話しかけているのが見える。

 永野さんはグイグイと俺の横に座ってきた。

 非常階段の幅はわりと狭いのでキツイのだが……仕方なくものすごく細くなる。

 永野さんはさっき写メったのか、スマホで画像を拡大して見せてくれる。


「チーズケーキとチョコケーキ、あとは学校の畑で取れた梅を使ったゼリーを出すんだって」

「しかし俺たち、それほど料理上手くないぞ……?」

「そう言ったら、裏でお皿を洗ったりドリンク作る人が欲しいんだって」

「それなら適任だな」

「バイト内容と同じなら、何とかなるかも……って思ったの。でもね、ひとりじゃ心細いから、和泉くんが居てくれたらうれしいの」

「いいよ。そうしようか」

「やった」


 永野さんはスマホをポケットに入れた。

 そして膝を丸めてお団子のようになり、俺のほうに頭をぐりぐりしてくる。

 思うんだけど、永野さんはとても猫っぽくて、最近はゲージから出てきた猫が少し気を許して甘えてくれてる感じがする。

 自宅で昔猫を飼っていた事もあり、俺はその頭を優しく撫でた。

 永野さんは、もっと頭をグリグリと近づけてきた。痛い痛い。


「髪の毛がクシャクシャだよ」

 永野さんの髪の毛を直すと、モソ……と肩に押し付けらえた顔が上がった。

 その瞳の美しさと、まつ毛の長さに俺は少し驚く。

 少し慣れてきて「美少女だ」とは思わなくなってきていたが、やっぱりすごくきれいな子だな。

 永野さんはその長いまつ毛をゆっくりと閉じた。

「……前から和泉くんの横にいると眠くなるけどね、最近頭撫でてもらうと、もっと落ち着くの」

「……前から思ってたけど、永野さんって野良猫感がすごいよね。やっと懐かれた気がする」

「じゃあチュールをあげましょう?」

 そう言って永野さんはポケットからPEZのオモチャを出した。

 そして俺の掌にコロンとくれた。逆じゃね? まあいいか。


 一緒にいると可愛くて幸せで、俺は最近思うんだ。

 この日々がずっと続いてほしいって。


 そして早速クッキングクラブに挨拶に行ったら、飯田さん含めて五人の部員さんにめちゃくちゃ感謝された。

 やれそうなことが見つかって良かった。







「おつかれさまでした」

「今日もありがとう、助かったよー!」


 最近は遠藤先生の体操教室のヘルプに入るようになった。 

 バイトは少し頻度を減らして「身体作りを勉強したい」と母さんに言ったら「最高じゃない」と応援してくれた。

 母さんは買い付け業務で海外や打ち合わせに飛び回っていて、今度また店も増えるみたいで忙しそうにしている。

 でも話がある、といえば必ず時間を作ってくれる人だ。

 それに俺には兄貴がいて、食事は全部店の残り物で何の問題もない。


「成美さん、おつかれさまです」

「勇樹くん、今帰り?」

「今日はトレーニングルームの見学を連れてきました」

「やっほー、瑛介。そしてお久しぶりです、遠藤さん」


 ちょうど真由美と高城先輩がカルチャーセンターに来ていた。


「ちょっとキレイに筋肉付けたくて。ここのトレーニングルームはどうかなーって見に来てたんです」

「専属のコーチがいるのにわりと安いから、良いと思うわよ。ぜひ検討してね」

 遠藤先生は手を振って去って行った。

 その後ろ姿を高城先輩がずっと見ている。


 俺たちは三人で外に出た。

 目の前が大きな幹線道路なので、むわっとアスファルトとと、排気ガスの匂いがする。

 夏が終わって少しずつ夜がくるのが早くなってきてるのを感じる。

 真由美は、どうしよっかなーとカバンを背負った。

 

「下半身をちゃんと強化して速度がほしいのよね」

「真由美は充分に速い気がするけど」

 俺が言うと

「二年にすごい速い人がいてドリブルで置いて行かれるの。ちょっと許せないのよね」

「おう……がんばれや……。ていうか、真由美髪の毛切ったんだな。可愛いですよ」

「!! さすが瑛介!! 言うのが一秒遅かったらアイスの刑だったぞよ?」

「可愛いです、はい」


 俺たちのやり取りを見て高城先輩は苦笑した。


「訓練されすぎだろ、瑛介は。付き合うなら早くしないと他のヤツに取られるぞ。俺みたいに……俺みたいに……」


 高城先輩はプルプルと震えはじめた。

 真由美は高城先輩の腕をガッ……と掴んで


「高城先輩っ、聞いてください!! 私瑛介に告白したのにフラれたんですよおお、私が育てたのに瑛介を!! あーん」

「そうなのか。そうか……辛いな、真由美……コンビニで翼生やすか?」

「生やします!!!」


 高城先輩は真由美にエナジードリンク、俺にお茶を買ってくれた。


「結婚するなら、今言わないと一生言えなくないですか? 遠藤先生に好きって」

 真由美はエナジードリンクを飲みながら言った。

「いや……一回出会ったばかりの頃にわりと、良い感じの時があったんだけど、俺がヒヨったのが悪かった。俺と成美さんは15も離れてるからさ」

「年齢なんて関係ないじゃないですかー!」

「今考えると、あのタイミングしか無かった。あのタイミングで言えなかった時点で俺は失恋してるんだよ。気持ちも言葉も、きっと口に出さないと毎日死んでいくんだ。……俺いま、良い事言っただろ? メモれメモれ」

「高城先輩みたいな悲惨な恋したくないんで、要らないでーす」


 真由美は空になったカンを手に持ってフラフラさせた。

 高城先輩はウギギギと真由美を睨む。


 二人と別れて家に向かいながら、俺は考える。

 このまま永野さんのそばに居られるなら、と思ってるけど……。

 そんな保障なんてどこにもなくて、突然他の人と付き合い始める可能性もあるんだよな。

 学校に慣れてきたし、このまま行ったら普通に馴染むだろう。

 それはいいことだ。

 いいことだけど……俺以外の男が横にいてほほ笑む姿を想像したら、胸が押し潰れるように痛んだ。

 あれ……それはちょっと……かなり……イヤだな。


 気持ちも言葉も、口に出さないと毎日死んでいく。


 高城先輩が踏み切りを見上げながら言った言葉が、カンカンカン……という警告音と共に俺の中の残った。







 10月の気持ちよく晴れ渡る空の下、完全に土色の顔色をした飯田さんが家庭科室に転がっていた。 

 今日は文化祭本番だ。

 昨日もケーキ作りを手伝ったが、やはり料理がそれほど得意ではない俺たちは戦力外で、気も使ってもらった結果、それなりの時間に帰った。

 でも飯田さんたちクッキングクラブの人たちは、かなり遅くまで作業していたようだ。


「ううう……もう始まる前から疲れたよ……」

「おつかれさま。すごい量だけど、これ本当に全部売れるの?」

 家庭科室の巨大冷蔵庫の中に大量のケーキが切った状態で入っているのを見て俺は言った。

 ホールで20個以上あるように見える。

 うちの喫茶店だと一日2ホールしか出ないので、凄まじい量に見える。

「足りないくらいだよ。去年は三時くらいに売り切れて怒られたから、増やしたの」

 俺と永野さんは冷蔵庫をみて、すごいねえと言い合った。


 今日は俺も永野さんもエプロンに三角巾姿だ。

 永野さんの三角巾が少し変な形にささっていたので、直す。

「ありがとう」

 永野さんがふわりと微笑んだのを見たら、心臓がズキリと痛んだ。

 もし気持ちを伝えて距離感が生まれたら辛い。この笑顔を目の前で見られなくなるのかも知れない。

 友達に告白できる奴らは鉄人だ。真由美か……鉄人だ。


 ホールから来た他の子が叫ぶ。

「飯田ちゃん、もうお客さん並んでるよ」

「じゃあ一日、よろしくお願いします!!」

 クラスではわりと静めの飯田さんがキッと目に力を入れて出て行った。

 文化祭が始まった。


 外で吹奏楽部が高らかにファンファーレを鳴らして、みんなが拍手する。

 

「がんばろっか!」

 永野さんは椅子から立ち上がって俺の方を見た。

「そうだね」

 俺もゴム手袋をした。

 

 アイスコーヒーはこれで……? 梅ジュースは炭酸と割るのね?

 分量を確認している永野さんを見てたら、俺に気が付いてヒラヒラと手を振ってくれた。


 上手く言えるかなんてわからないし、そもそも自分の気持ちが上手に言語化できる自信もない。

 でも……永野さんに大切だと伝えたい。

 ただ毎日一緒にいたい、触れたい、一番近くで見て居たい……と、伝えると決めた。


 明確に分かっているのは、俺が永野さんに惹かれ始めていること。

 そして他の人に、俺の場所を奪われるのは、イヤだってこと。


 永野さんの横には、俺が居たい。

 文化祭のあと、後夜祭で告白する。

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