第23話 文化祭本番と告白
「ケーキ二つ持って行くね。飲み物のオーダーよろしく!」
「はい」
ホールに数個のケーキは置いてあるが、すぐになくなるので、そのたびに冷蔵庫まで取りに来ている。
ドリンクは氷で水増ししてるので、家庭科室で作って順次運んでいくシステムだ。
「アイスコーヒー二つと、梅ジュースね」
永野さんはテキパキとドリンクを作って行く。
文化祭が始まって15分もすると、どんどんお皿が洗い場に入ってくるようになった。
全部同じお皿とコップなので、それほど大変でもない。
ただ暇な時間が全くないのが辛いところだ。
うちの学校は沢山の部活があるが、文化祭では大きなホールや体育館を時間で区切って発表に使う。
朝10時から11時までは軽音部、12時から13時までは日本舞踊、14時から15時まではダンス……など細かく分かれている。
カルタ部は部室で参加型のリーグ戦を行ったりするし、サッカー部も部員と一般の人を混ぜて試合をする。
学校中どこかで何かが起こっていて、どこを覗いても楽しい。
どうして一年生の俺が詳しく知っているかというと、中学生の時に見学に来たからだ。
つまり中学生や保護者の見学も許可されているので、その人たちもお客としてケーキを食べに来る。
それに二つで200円、ドリンク100円という文化祭プライス。
安すぎる。見学に来た時知らなかったけど、知ってたら間違いなく食べたと思う。
「お皿貰っていくね」
皿を取りに来たということは、向こうに置いてった皿は全部出たということだ。
目の前で永野さんもテキパキとドリンクを作って行く。
俺の視線に気が付いたのか、顔を上げて
「え……すごくない? このペース」
と苦笑した。
もう俺は手を止めることも許されないので
「本当にな」
と言いながら皿を洗い続けた。
朝9時から始まったケーキ屋は、16時にはすべて売り切れた。
俺も永野さんも、ほとんど休憩なしでひたすら仕事を続けて「売り切れですー!」と聞いた瞬間に椅子に座りこんでしまったくらいだ。
あとは閉店後に洗おう。疲れた。
座り込む俺たちの所に、売っていたサイズの5倍くらいある巨大なケーキを抱えて飯田さんが来た。
「うわーん、おつかれさまでしたーー! これ取っておいたの。大丈夫、うちらの分もあるから!! 先に食べて」
そう言い残して飯田さんは片づけに消えた。
俺と永野さんは家庭科室の椅子に座り込んで動けない。
正直夏祭りより疲れた……あの時はまだ永野さんとお散歩する余裕があった。
倒れこんだ視界にツツツ……とケーキのお皿が流れてきて、目の前にアイスコーヒーが置かれた。
「冷たいうちに頂こう? 美味しそうだよ」
永野さんは小首をかしげて三角巾を取ろうとしたら、髪の毛が絡まって取れない。
俺は後ろに回って、髪の毛も一緒に縛ってしまった場所をほぐす。
そして痛くないように、少しずつ優しくほどいた。
なんとか三角巾が取れて永野さんは絹糸のような髪の毛をふわりと揺らして振り向いた。
「ありがとう」
「……うん」
ふたりで分けて食べ始めた冷たいチョコケーキとチーズケーキは、疲れた体に染みわたるほど美味しかった。
二人で「美味しいねえ」と言いながら、でも疲れてグデグデしながら笑った。
夕方をすぎると発表はほとんど終わっていて、中庭で吹奏楽が演奏会を行う。
後夜祭の始まりだ。
中庭は校舎に囲まれているので、どこにいても聞こえる。
俺と永野さんはこの前も行った非常階段から見る事にした。
屋上にはたくさんの人が見えたが、ここは穴場らしく、誰もいなかった。
心臓が暴れるのが、服の上からも分かる。
そっと触れたら生き物みたいに動いていた。
言おうと思っていた。永野さんが大切だと、特別だと。
でも距離感が壊れてしまう恐ろしさに、俺は緊張していた。
空に一番星がみえる黄昏時。
三階の非常階段はわりと冷たい風が吹き抜ける。
でも永野さんは気持ち良さそうに中庭を見た。
「和泉くん、きてきて! すごくよく見えるね」
永野さんに呼ばれて横に立つ。
右奥のほうに、良い感じに吹奏楽部が見えた。
高らかなトランペットと共に演奏が始まった。同時にそこら中の窓から拍手が響き始める。
永野さんも楽しそうに手をパチパチと叩いたが、俺は動けない。
10月の風が足元を吹き抜ける。
「……クシュッ!」
永野さんが軽くくしゃみをした。やっぱりここは少し寒いかも知れない。
俺は着ていたパーカーを脱いで、永野さんの細い肩にかけた。
すると永野さんが俺のほうを見て目を細めて
「ありがとう。すごく……和泉くんの匂いがするね」
とほほ笑んで、俺のパーカーに袖を通した。
その笑顔の輪郭は、もう沈もうとしている夕日に縁どられてキラキラと美しかった。
引き寄せられるように横に立つと、自然と俺の右手小指と、永野さんの左手小指が触れた。
いつもみたいに冷たくない、でも細くて柔らかい、永野さんの小指。
どちらともなく、小指と小指が、ゆっくりと触れ合って、そのまま絡み合った。
俺がクッ……と力を入れると、永野さんの掌から力が抜けて、やわらかく俺の手を握ってくれた。
そして腕にいつも通りスリッ……と身体をくっつけてくる。
「上着借りちゃって大丈夫? 寒くない?」
俺は目を閉じて静かに首をふった。
考えをまとめたくて、何度も首を振った。
その様子を変だと思ったのか、永野さんが「大丈夫?」と俺の顔を覗き込んだ。
目を開くと目の前に永野さんの真っ黒で潤んだ瞳があった。
「……うまく言えるか、わからないけど、聞いてほしいんだ」
「ん」
永野さんが俺の手を少し強く握った。
「最近永野さんと一緒にいる時間が増えて……笑顔を見れることも増えて……正直俺、ずっとこのままでいいって思ってた」
「うん……」
「でも俺気が付いたんだ、ずっと同じ関係で居たいと思う相手こそ、ちゃんと今の気持ちを伝えないとダメなんじゃないかって。毎日ちゃんと伝えるから、毎日同じように一緒に居られるんじゃないかって思ったんだ」
永野さんは俺の肩にオデコを押し付けたまま、動かない。
でも小さく震えてる気がして、腕ごと引き寄せた。
「だからちゃんと、今の気持ちを言う。こうして手を繋いで、永野さんの素顔を、一番近くで毎日見ていたい。そして……」
永野さんが俺の腕にしがみついてきた。
なんとなくその細い腰を支える。
「この気持ちを重ねて、このまま好きになってもいいかな」
永野さんは俺の腕にしがみついて離れない。
心臓がバクバクして息が苦しい。
俺の肩に押し付けていた顔を、永野さんが上げた。
その顔は涙でグチャグチャになっていた。
おっと……。
俺はハンカチを探すが当然ない。
永野さんは自分のエプロンからハンカチを出して、涙を拭いた。
そして俺をグイ……と押してくる。俺はそのまま非常階段の壁に押し付けられた。
背中がコンクリートに触れてひんやりする。でも俺の胸元に収まっている永野さんは温かい。
小さくて温かくて……顔を上げると、泣いている。
もう、また泣いている。
俺はハンカチを借りて涙を拭いた。
永野さんが口を開く。
「……和泉くんが居なかったら、私は今ごろ……文化祭なんて無視して、どこかの教室で座って本を読んでる」
「ずっとそんな感じだったもんな」
「和泉くんが私を、あの場所から引っ張り出してくれたの」
「笑顔が増えて、安心してる」
永野さんは涙が溢れるのも気にせずに顔を上げた。
「好きになって。このままずっと一緒にいて、私のことを世界で一番好きになって」
俺は力が抜けて、永野さんを抱きしめたまま、ずるずると座り込んだ。
めちゃくちゃ……めちゃくちゃ緊張した……。
「……よかった」
なんとか言葉を絞り出す。
永野さんが俺の胸元で小さくなって、そのままお団子みたいに俺に近づいてくる。
俺は優しく抱き寄せた。
小さい、温かい、柔らかい。クシャクシャになってしまった髪の毛を優しく直す。
永野さんは俺にモゾモゾと抱き着いて、そのまま肩に頭を預けた。
俺はここまできてやっと、外の音楽が終わりに近づいていることに気が付いた。
やっと緊張が解けたみたいだ。
吹奏楽部が蛍の光を弾いている。
もう文化祭は終わりだという合図だ。
俺は何度も永野さんの頭を撫でた。
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