第8話 真っすぐな告白

 教室に入った瞬間からキン……と冷たい視線を感じた。

 クラスの女子たちが一斉に俺の事を見て、視線を戻した。

 あー……真由美のことがクラス中に広まったんだなーと一瞬で理解した。


「ういーす……和泉さん、ついにやっちまったらしいですねえ……」

 俺の後ろの席の久保田が机を前にズルズル押して近づいてくる。

 なんだよその密偵みたいな動き。


「お前さあ……一回付き合ってから『無理でした』にすれば桐谷の留飲も下がるだろうに……」

 横の席の向坂も机ごとズルズル寄ってくる。


「いや、付き合いが長いからこそ、そんな適当なこと出来ない。真由美は良いやつだから、一回付き合って別れるとかできない」

 俺は教科書を机に入れながら言った。


「和泉は真面目すぎるんだよ。ずっと『好き好きオーラ』出してた桐谷のメンツを保つのも男の仕事だろ?」

 向坂は机に突っ伏した状態で言う。


 いや、全然違うと思う。

 好きでもないのに付き合うなんて、俺はともかく真由美に失礼だ。

 俺は静かに首をふった。


 真由美は一番前の席で友達たちの山に囲まれて姿が見えない。

 俺が開き直ることによって悪者になれたらいいと思う。

 というか人のうわさなんて数日で消える。

 面白い話題なんて無限にあるんだから。





「部活対抗マラソン大会とか、この学校はアホすぎるな」

 漫研の久保田はため息をついた。


「漫研も走るんだ」

 俺は帰宅部だから関係ないけど、帰宅部として走らされる。


「部費がかかってるんだぜ? 部員の平均タイムが上位なほど部費が上乗せ。先輩たちがこの時期だけは無駄に走るんだ、文化部の中でも最も体力ないから無理だろ」

 久保田が叫ぶ。


「ゲーム部は実はみんな足が速いんですよ、すいません~~。文化部追加予算はうちが貰います」

 向坂は屈伸をしながらケケケと笑う。


「ゲーム部はさああ~~~中学の時に運動部だったリア充が無駄に多いだろ。漫研は中学の時から走ってないの、体力ないの。和泉~~一学期だけ漫研入ってくれよ~~」

 久保田が泣きついてきたが、俺は静かに首をふった。

 俺は足は速いが、ズルはできない。

「真面目すぎるだろ、和泉は~~~」

 それに帰宅部も20位以内に入ったら購買とカフェテリアで使えるアイス券が5枚もらえるのだ。

 普通にほしい。



 うちの高校は私立で、イベントが多い。

 それをを全力で楽しむ人が多く、良いなあと個人的には思ってる。

 

 今日は来週ある部活対抗マラソン大会の練習だ。

 部活に入ってる奴らはみんな先輩たちに「真面目にやれよ!!」と言われていて面白い。

 こういう団結した気持ちが俺は好きだから、少しさみしかったりする。

 何か部活……と思うが、やっぱり中途半端だ。


 うちの高校は本格的な陸上グラウンドを持っている。

 本番は男子10周、女子は5周だけど、今日は男女共に3周しか走らない。

 俺たちは席に座って女子のマラソンを見学することにした。

 スタートしてすぐに抜け出してきたのは永野さんだった。

 

「聖空さまは、走り方がカッコイイ……まるでサバンナを逃げるハイエナ……」

「いや、それ今の状況じゃねーか」

 

 久保田のボケに俺は全力でつっこむ。

 永野さんを追うよう集団がきているが、全く追いつけない。

 二位グループに真由美の姿も見えた。

 真由美は中学からバスケをしていて、体力だけは自信があると常に豪語している。

 しかし全くペースを崩さず走り切った永野さんが一位でゴールした。


 次は俺たち男子だ。

 スタートして走り始めると、久保田も向坂も最初の一周は速いが3周目にはバテている。

 ゴールしてみると全クラスで120人以上いるなか、上位20位以内に余裕で入れてしまい、先にゴールしていたのは運動部所属の人たちだけだった。

 色んな部活の人たちがスカウトにきたけど(たぶんそれもこのマラソンをする理由なのだろう)俺は断ってグラウンドの裏側奥にある広場に逃げた。

 そこには大きな木があって、入学した時から良い場所だなあと思っていたのだ。




「おつかれさま」

「おっと……おつかれ」


 木の下には先客がいた。

 永野さんだ。


 とりあえず木の反対側に座る。

 雑草のむっとする匂いと、生温かい風。

 木を挟んで向こう側で永野さんが話し始めた。


「オススメしてくれたお茶、どれも美味しい」

「お、良かった。俺今まで全然知らなかったけど、すごい種類があるんだよ。ものすごく臭くてもうただの雑草みたいのもあったから、今日夜出すよ」

「ええ……? 要らない……ジンジャエールがいい……」


 表情は分からないけど、きっと眉をひそめて不満げな表情をしているのだろうと思った。 

 自分勝手な解釈だけど、俺と永野さんは似てるんだ、環境が。

 アイドルをやめた永野さん。

 アイドルほど規模は大きくないし、有名でもないけど野球を諦めた俺。

 だから無駄に踏み込むこともしない。

 この距離感が、すこしずつほどけてくる永野さんの話し方が心地良い。


 風に木の葉がサラサラゆれて軽い音を立てる。

 静けさを味わっていたら、ザッ……と歩く音が聞こえてきた。



「瑛介ーー、探した。はじめまして永野さん」

「真由美」


 振り向くと真由美が来ていた。

 真由美はまっすぐに永野さんの方を見て軽く頭を下げた。


「私、瑛介と幼馴染で同じクラスの桐谷真由美っていいます。この前瑛介のお店に来てましたよね」

「はじめまして。永野聖空です。お店は、はい。お邪魔しました。では、失礼します」


 去って行こうとする永野さんを、真由美は呼び止めた。

 そして真っすぐに永野さんを見て言う。


「あなたに負けたくなくて、悔しくて。今日は絶対勝とうと思ってたのに、勝てなかった。悔しい。足速いですね」

「……ええ、毎日5キロ、夜走ってるの」

「ええやば。超努力家じゃん、天才かと思ってた。負けて当然だったわ、くそ」

 真由美は地面をみて舌打ちする。

 そして顔を戻して

「じゃあ私も努力する。本番は負けないです。絶対に勝つ」

 と言い切った。

「ええ」

 永野さんは、俺の前でいるみたいに、少しほどけて……ほほ笑んだように見えた。


「!!」


 その美しさに俺も真由美も驚く。

 永野さんは坂道を上がって去って行った。

 真由美はグッ……と俺の方を向いた。


「ごめん、わざと邪魔した」


 と言い切った。

 なんと清々しい……。

 俺は真正面向かって言われると「……おう」しか言えない。

 真由美は俺の真正面に立って、乱れた髪の毛を整えながら言う。


「一晩考えたんだけど、私、あんなこと言いたかったんじゃない。知ってると思うけど、ずっと好きだったの。ちゃんと告白したかったのに、永野さんと楽しそうに話してるからカッとなっちゃった……ごめん。私、瑛介の一番近くにずっと居たいの。だから、高校もここにしたの。親とか関係ない。何が悪いかな。私の悪い所教えてほしい。可能性があるなら」


 真由美は圧倒的な正しさで俺に告白してきた。

 ここまで真正面きってちゃんと言われると、俺も答えるしかない。


「真由美は……現時点では恋愛対象じゃない」

「ががーん。……よしこい、心の準備は走りながらしてきたんだ」

「真由美に話すと全部親に抜けるのがいやだ。あと兄貴に話すのもやめてほしい」

「それが私唯一の人生の特典なのに。くっ……もう行かない……」

「いや、ご飯は食べにこいよ。母さんも兄貴も喜ぶ」

「……うん、分かった。余計なこと言わないように気を付ける。でもなんか……スッキリした。私今までずっと隠れて好き好きビーム出してたけど、瑛介と永野さんが接近してるって気が付かなかったら、永遠に自分の欠点知らずに好き好きして終わってたね。だから、良かった。知れて良かった。良かったことにする」


 正直ここまで思い切って開き直られると俺も気楽だ。

 そうだ、ずっと小学生の時にはじめて野球を始めたとき、キャッチボールの相手は真由美だった。

 こんな感じで気楽な距離感だった。

 いつの間にか男子と女子になって、面倒な距離感が生まれてしまったんだ。

 真由美は俺のほうに手を出した。


「好きだから。幼馴染じゃなくて瑛介を好きな女の子の枠として……ちょっとは意識してほしい。意識枠希望」

「変な枠……普通に遊ぼうぜ。最近遊んでないし」


 俺は真由美の手を握った。

 小さくて柔らかい女の子の手だった。


「……瑛介のタコだらけの手、好き。うれしい」

「ゴツゴツしすぎだろ」

「ううん、そんなことない。ずっと触れたいと思ってたよ。あー、良かった、ちゃんと告白できて。昨日のめっちゃ後悔してたの。てか、永野さん毎日夜5キロ走ってるって何者?! 勝てないわけだわ、くそ。ただの天才だと思ってた……本番は絶対負けない、走り込み始める……なにか一つでも勝たないと勝負にならない……」


 真由美はギリギリと爪を噛んだ。

 元々戦闘民族で、すぐに戦いを挑むタイプだ。

 それでもすっきりしたような笑顔を見せて「じゃあねー」と坂の上に戻って行った。

 幼馴染が幼馴染に戻ったけど(怒られそうだけど)少しだけ女の子だと知った。

 だからってやっぱり……恋にするのは大変な気がする。

 もう家族に近いんだ。


 でもまっすぐな告白は嬉しかった。

 そして眩しかった。

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