第39話 バーベキューと恋のカケラ

「めっちゃ晴れたーー!」

「おお、ラッキー」


 水族館見学を終えると、浜辺でバーベキュータイムだ。

 それぞれ班に分かれて焼いて食べる。

 野菜もお肉も準備してあって焼いて食べるだけなのだが、食べ終わった後は火を自由に使って良い事になっている。

 だからみんなマシュマロや干物を持ち込んでいる。

 俺と聖空さんはサバの缶詰を持ってきた。

 高城先輩から「サンチュが余って生で食ったから、なんか挟むものがあると盛り上がる」と聞いていたからだ。

 パチパチともう出来上がってる火をみて真由美が一歩引いた。


「うっわ、これは絶対ハネる。聖空持ってきた?」

「もちろん」


 うちの学校の制服は上が白い。だから上に着るものがあったほうがいいと伝統的に言われている。

 二人は制服の上にTシャツを着た。俺たちは逆に制服の上を脱いだ。下にTシャツを着てきているのだ。

 パチパチあがる火で焼肉を楽しんだ。

 しかし聞いていた通り、本当に脂がはねてTシャツはシミだらけになってしまった。

 そして噂とおり、白米が美味しくてそればかり食べてしまい、セットのサンチュが余った。

 俺たちは持ってきたサバ缶を網の上で温めて、包んで食べた。

 聖空さんは保冷剤を入れたチーズも持ってきていた。挟んで食べたら……


「……正直肉より旨い」

 俺は頷いた。

「美味しい、これ!!」

 真由美と聖空さんも目を輝かせて食べている。

「俺サバ苦手なんだけど、チーズ入れると全然いけるわ」

 平間もパクパク食べている。


「ちょっと、その帽子もう取ったほうがいいんじゃない? ていうか、それ私のだから」


 平間はさっき真由美に被されたクラゲが何匹もくっ付いている変な帽子をまだ被っていた。

 真由美が笑いながら手を伸ばしたら、サッ……と身体を引いて逃げた。


「いや、またバレると迷惑かけるから。さすがセンパイ、変装完璧っスね。甘かったです」


 平間は帽子をかぶりなおして聖空さんに向かって言った。

 聖空さんは、トングを置いてやれやれ……と言った表情で口を開く。


「あのね。本当にすぐUPされて小物全部特定されるようになるから。制服着てるところ撮られたらす~~~ぐ学校にも来るわよ。そしてもっと写真が増えて最後にはプライバシーが完全に死ぬ。人生が死ぬ、心が死ぬわよ」


 聖空さんはモックモックと食べながら畳みかけるように言う。

 なんというか言葉の重さが違う。

「気を付けます……」

 平間はうな垂れた。

 その頭からピョイと真由美は帽子を取った。

「いるなら買いなさいよ。そこの売店で売ってるから! これバスケ部のカラオケで使うの」

 取られた帽子を平間が奪い返した。

 そして口を開く。

「この帽子は俺にくれ。もう焼肉臭いよ。じゃあ俺が同じの買うよ。行こう」

「ええ~~~、今からマシュマロ焼くの~~~」

「行こう」

 平間はわりと強引に真由美を連れて売店に消えて行った。

 おお? 平間、真由美気に入ったのか? 

「瑛介くん、あっちのほうに散歩いかない? 海が綺麗なんだって」

 お茶を飲んでいた聖空さんが俺の隣にきて、袖を引っ張った。

 俺と聖空さんは汚れ防止の服を脱いで、浜辺へ向かった。

 ここから数時間は自由時間だ。





 朝まで雨が降っていた海は、それなりに荒れていたみたいで海岸に色々打ちあがっている。

 聖空さんはそれをポイポイ海に投げ捨てながら楽しそうに歩く。

 五月の風はもう湿気を含んで梅雨がそこまで来ているのが分かる。

 かなり遠くまで歩いてきたので、周りに人が少なくなってきた。

 聖空さんはかぶっていた帽子を取って、首を振る。すると海風で髪の毛がふわりと広がった。

 マスクもメガネも取って、いつもの聖空さんになった。


「ああ、気持ちが良い。暑いときの変装が一番つらいの」

「息苦しそうだな」

「頭も痒くなるし、メイクは取れちゃうし、最悪よ」


 聖空さんはうーん……と背伸びした。

 そしてクルリと振り向いて俺の方を見た。


「さっき平間くんを助けてたの、本当にカッコ良かった。あのね、今は瑛介くんがいるから辛い時、言葉にできるから大丈夫なの。でも過去にイヤなことはたくさんあって。それは心の奥に傷みたいにずっとあるの。それはどうしようもないかな……て思ってたの。でも……」


 聖空さんは海風で乱れた髪の毛を整えながらほほ笑む。


「今日の瑛介くんを見てたら、過去の私が喜んでた。優しい気持ちって時間をこえるのね」


「俺もさ……」


 足元にあった石をなんとなく海に投げ込むと海面がポチャン……と動く。


「聖空さんが楽しそうにしてるから球場に行けるようになったんだ。一番じゃなきゃ目指す意味なんてないと思ってたけど、ただ野球が好きって忘れてた」


 この前タヌキコーチとキャッチボールをした。 

 話しながら球を投げると、怪我なく野球を楽しめるようにしたい……という夢が明確になってきた。

 こんな穏やかな気持ちで球を投げられる時がくるなんて、考えもしなかった。

 本音を言うとタヌキコーチが号泣しながら球を投げてきて、少し怖かったけど。

 

「私も今度、タヌキコーチさんに会いたい!」

「また号泣しそうだけど……きっと喜ぶよ」


 今からでも遅くない。野球を楽しめる身体を作っていこうと思った。

 聖空さんは気持ち良さそうにその場でクルリと回った。

 そして空を飛んでいる鳥を見上げて、気持ちよさそうに歌い始めた。

 風に乗って舞い上がる聖空さんの声は、どこまでも広がって海に広がる。

 前は自分の歌を雀なんて言ってたけど、もう全然違う……真っ白な鳥が大きく翼を広げているのが見えるような歌声。

 聖空さんが振り向いた。


「……アメリカの番組、応募する決心がついた。あそこに出すのがお母さんが見てくれる確率、一番高いよね」

「そうだと思う。やってみようよ。あんまり難しく考えなくてもいいと思うんだ」

「身体が戻ってきたのを感じるわ。私がここで元気にしてるよって、今ならちゃんと歌に乗せられる気がする」


 聖空さんはスマホを取り出して『Bird fly Flap in the Beautiful sky』を流した。

 そして海に向かって気持ち良さそうに歌い始めた。

 夕方が迎えてき始めた空と海に、聖空さんの高くて細い歌声が響く。

 波音も伴奏をしているようで、俺はそれを隣の特等席で聞いた。

 なびく指先に、踊る髪の毛、身体を鍛えたからなのか、更に声が響くようになっている。

 すごい……俺は圧倒された。


「……なに、なにかすごくない?」


 後ろから来ていた真由美と平間が絶句してその歌声を聞いている。

 砂浜に聖空さんの足跡が、意識のように残って行く。

 登って行く声はどこまで遠く響いて、空に消えて行く。

 舞い上がり、上昇気流を捕まえて……そのままどこまでも……。


「……センパイはやっぱマジですげぇ……」


 横で平間がつぶやく。

 俺たちは三人で、ずっと聖空さんの歌声を聞いていた。





 帰りのバスの中で俺は向坂にLINEを打った。

 アメリカの番組に応募したいこと、英語がさっぱり分からないので助けてほしいこと。

 するとすぐに既読になって『送る動画はどうすんの?』と返ってきた。

 そりゃそうだ。俺は横にいた平間に声をかけた。


「なあ、お前らって曲ってどこで録音してるの?」

「事務所が持ってるスタジオ。永野さん何か出るの?」

「アメリカの番組に応募するんだよ」

「マジで? だからあんなに仕上がってるのか。スタジオなら全然使えると思うよ。連絡入れとく。アメリカか、ワールドワイドだな」

 俺からも高橋マネージャーにLINEしておこう……と思った。

 平間はLINEしながら口を開く。

「動画も撮れる環境だから、余裕だよ。楽しそう。俺も送る!!」

「鼻から牛乳を?」

「歌だよ!!」

 平間は小さな声で叫んだ。

 通路挟んで隣の席では真由美と聖空さんがぐっすり眠っている。

 というか、バスの8割が眠っている気がする。

 平間は椅子にズルズル……と沈んで俺に言う。

「……今日ちょっと桐谷さんにグッときた。俺、強い女の人に弱いんだよな」

「ひとつ言うと、強さだけは折り紙付きだ。最強ランク。ちなみにメンタルも強い」

「……俺、嫌われるのが怖くてちゃんと言えないんだよ。言うのが正しいって分かってるのに正しい事とかバシッと言えなくてさ。そういうの、憧れる」

「強いぞ、強い、とにかく強い、強いぞ」

 俺はさっきから強いしか言って無い、だって強い。

 平間は寝ている真由美をチラッとみて

「……もう少し話してみたいな……」

 と小さな声で言った。

 良いと思う。真由美に何を求めるかと言ったら、やっぱり強さだと思う。

 俺も弱ってる時は真由美の強さに本当に助けられた。

 もちろん真由美が何一つ悩みがなく最強だとは言わない、悔しがって泣いている所だって見た事はある。

 でもアイツの心の骨は、俺が知ってる同い年では最強だと思う。


 それが恋になるやつと、ならないやつがいるだけだ。

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