第20話 二学期と俺の始まり
「世界の終わりが始まる日だ、おはよう……」
「うーす、暑いな、マジで……」
今日は9月1日、二学期が始まる日だ。
ほぼ毎日永野さんと居て、昼間はバイト、夜は一緒に勉強したおかげで宿題は今までで一番早く終わった。
朝走り続けた効果もあり、体力もかなり戻ってきた気がする。
「イベントどうだったんだよ」
「なんとか完売。やっぱり20部くらいしか刷らなくていいわ」
久保田は朝からすでに墓から出てきたように顔色が悪い。
長期の休みになるとすぐに昼夜がひっくり返るのだとフラフラしている。
まあ朝起きなくなるのは分かる。俺もバイトに永野さんが入って無かったらもっとダメな夏休みだったことは間違いない。
もう一人の昼夜逆転人間、向坂がフラフラと歩いてきた。
「朝日に殺される……」
「向坂、目が開いてないぞ」
「I've had a long day……」
「一日が長い……? いやこれからだろ」
「I'm exhausted……」
「知らんがな」
向坂がしているゲームの本場は海外なので、大会も強い人もみんな深夜に活動している。
だからこうなるのは必然だ。ただ海外の人たちとチャットしながらゲームしてるので、英語だけはペラペラ話せるのが向坂のすごい所だと思う。
俺は屍を二体引っ張りながら学校へ向かう。
すると数メートル前を永野さんが歩いているのが見えた。
その表情はロボットのように固い。
俺は夏休みが終わりそうになるにつれ、表情が暗くなる永野さんを見ていた。
「……やっぱり、楽しくはないわね」
そう言って気だるそうに休憩室でため息をついていた。
俺は、もう決めたんだ。屍を引きずったまま、永野さんに向かって歩き出す。
そして横に立って
「おはよう」
と声をかけた。
永野さんはキョト……として俺を見たが
「……おはよう」
と少し緩んで返してくれた。
それを見た久保田と向坂は突然生き返って
「おおおおはようございます、永野さん」
と背筋を伸ばした。
永野さんは
「おはよう」
と言った。
屍は突然シャキシャキと俺の後ろを歩き始めた。良かった生き返って。
実は夏休みが終わる最終日、永野さんを送りながら話した。
「二学期から、学校でも普通に話していい?」……と。
永野さんは学校で隠し撮りもされているし、話すことですぐに噂にされる。だから私に学校で近づかないほうがいい、そう言っていた。
でも……トッポくんを抱きしめてあんなに可愛くほほ笑むのが素顔なら、こんなの辛すぎる。
俺は続けた。
「あーだこーだ言われても、見なければいい。俺は永野さんと話したいから話す。でも永野さんが嫌がるならやめる。これ以上イヤな思いはさせたくない」
永野さんはクシャリと表情を崩して、俺のTシャツの胸元をキュッ……と小さな手で握って
「……うれしい。すごく……うれしい」
と言った。
イヤじゃないなら、普通にしたい。
別に学校でバイト先にみたいにずっと一緒に居たいなんて言わないけど、顔合わせてるのに会話しないなんて変だと思う。
「おはよおー。あ、永野さんもおはよ~」
真由美が後ろから来て右側に立った。
そして俺の背中をバシバシ叩く。
「タヌキ監督から聞いたよ。リトルのコーチに入ってくれるんだって? タヌキ監督、川みながら泣いてたよ」
「すぐに泣くなあの人は……」
実は永野さんとキャッチボールしたり、野球を見に行きはじめてから思ったんだけど、俺はやっぱり野球に関わっていたいんだ。
将来のビジョンなんてものすごくボンヤリしてて、何も考えてなかったけど、子どもにスポーツを教える人になりたいな……と漠然と思うようになった。
朝ジョギング中、たまに会う遠藤さんが「怪我で野球やめたの? あのさあ、少年野球のとにかく投げ込め! とか 振れ! とかは間違ってるよ。体のバランスを作る時期に壊してどうするのよ!」と力説されたのも効いていた。
生涯野球を楽しめる身体を作れる人になりたいなと思ったのだ。
それが教師なのか、何なのか全く分からないけれど。
左側にいた永野さんが俺の方を見て
「先生するの? 和泉くんが」
と少しほほ笑んで言う。
「まだ何も分からない。遠藤さんの体操教室に入ろうと思ってるんだ。子どもの体操教室の手伝いもさせてくれるみたいだから」
「遠藤さんはすごく教え方が上手なの。私もハードなダンスを沢山踊ったけど、怪我しなかったのは小学校の時に遠藤さんに教えて貰ったからだと思う」
「そっか。うん、何から手をつけていいか分からないけど、やってみる」
「いいなあ、体操……私も久しぶりに始めようかな」
「今日見学いくよ、行く?」
「行こうかな」
俺たちが普通に会話しているのを後ろにいた久保田と向坂が首を右左に動かして見ているが気にしない。
周りの奴らも見てるけど、ネタにしたいならすればいい、気にしない。
案の定教室に入ったら男たち10人くらいに囲まれて人間の暗闇ドームが作られた。
暗い、何も見えないし、狭い。
「和泉、お前何があったんだよ」
「なんで永野さんと普通に話してるんだ?」
「夏の間に何があった?! なあ、頼む……教えてくれ……お前なにをっ……ひと夏の何をっ……」
「永野さんが笑顔だったぞ、何だあのスーパー聖女さまは?! 癒されて死ぬかと思ったぞ」
「お前ら付き合ってるのかよおおお?!?!」
聞かれることすべてが想定内だ。
俺は手で人を散らして言った。
「俺の家は、商店街で輸入雑貨店してるんだけど、永野さんはそこの客なんだ。夏休みの間に話すようになっただけ」
嘘ではない。そして続ける。
「永野さんは普通の人だよ。普通に話しかけたら普通に返してくれる。話したいなら普通に話してこいよ」
「和泉の自宅って、あれか、あのクソオシャレな店か。あんな店入れねーー」
久保田は一度だけ遊びに来たことがあるが、あまりに商品数が多い&女性客の多さに秒で退散した。
俺がまだ囲まれてるのを見て、真由美が来て
「そうよ、永野さんはわりと普通よ。アイス3つ、それに全部抹茶味食べるんだから。どちらかと言ったら変人よ。抹茶なんてお茶だっつーの」
とドヤった。
「……桐谷さんは5つ食べてましたよね?」
みんなが横をガッ……と見る。
そこには隣のクラスからきた永野さんが立っていた。
そしてモーゼのように人が割れた所をトコトコ歩いてきて、俺にノートを渡してくれた。
あ、無いと思ったら一緒に勉強してた時に混ざってたのか。俺はお礼を言った。
真由美はフンとむくれて口を開く。
「私は全部お茶じゃないもん。バニラとイチゴとレモンとチョコとチョコミントだもん」
意味不明なドヤりである。
クラスの男子たちは「食べ過ぎや……」「アカン……」「ただの食いしん坊や……」と退散していった。
まあうん、真由美はアイス食べ過ぎだと思う。
「じゃあね」
と永野さんは俺に手を振って隣にクラスに戻って行く。
その永野さんを真由美が「ねー、宿題見せてーーー」と追って行く。
相変わらず何もしてないのか、アイツは……。
俺は永野さんから受け取ったノートを見る。
すると中にトッポくんらしき絵が書いてあって
『今日、一緒に帰りたいな。体操教室いく』
と書いてあった。
……顔が熱い、うれしい。
俺はその絵をみて笑った。
……絵が下手だ……。
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