第16話 好きを数えて

「永野さん、瑛介、お昼どうぞ。午後の作業もあるからさー」

「了解。永野さん、食べちゃお」

「うん」


 俺たちは手を洗って兄貴が準備してくれた鶏肉のトマト煮を頂くことにした。

 これも商品として出すんだけど、たっぷりの野菜とほろほろに溶けた鶏肉が最高に美味しい。

 永野さんはパンの方が好きかな……と思い、商店街にある有名店の雑穀パンを出したら「すてき」とパンの香りを嗅いでほほ笑んだ。

 俺はパンではお腹が膨れないので、山盛りご飯とセットで頂くけど、ここのパンはナッツが沢山入っていて美味しいのは知っている。

 食べ始めたら永野さんが「あ、待って……」とエプロンからスマホを取り出して確認した。


「あのね、マネージャーが挨拶したいって言ってるんだけど、呼んでもいいかな。もう店の下まで来てるみたい」

「全然大丈夫だよ」


 俺も一緒に店の下に行って出迎える。

 そこにはキリッとした一重が特徴的なスーツ姿の女性が立っていた。

 すぐ帰りますというが促して喫茶店に入って貰い、ジンジャエールを出した。

 その女性は高橋仁美たかはしひとみと名乗り、俺に名刺を出してくれた。

 そしてジンジャエールを一口飲み「ああ、うん、すごい、本当に美味しいね」と永野さんにほほ笑んだ。

 表情がとても丸くて優しくて、それに答える永野さんも今まで見た中では一番ほぐれていて、信頼関係を感じられた。


「デビュー時から担当しています。聖空は事情があって事務所のマンションにまだいる事もあり、私が保護者代わりなので、ご挨拶に参りました」

「初めまして、和泉瑛介といいます。永野さんとは同じ学校で、色々あって……夏のバイトを頼んでしまいました」


 高橋さんは軽く首を振って


「私も仕事で聖空と一緒に居られないから、ずっと気になってたの。聖空がバイトするとか言うから、えー? と思ったんだけど」

「すいません、勝手に」

 俺は軽く頭をさげて謝る。

「大丈夫、信頼してる。だって聖空試験せいらしけんに合格してるんだもん」

「聖空試験……?」

「聖空は昔から本能で人を選ぶの。みんながベタ褒めしてる人を聖空だけは警戒してたりするのよ。本当に仕事が出来る良い人なのに。どうやら独自のルールがあるみたいなのよね」

「長谷部専務のこと? なんかゾワゾワするのよ、あの人、気持ち悪い」

 永野さんは俺に話すのとはまた違う素直さで話す。

「いやいや、業界トップの良い人なんだけど? まあそんなのは良いわ。でも……良かった。うん、聖空が笑顔で……良かった……」

「何回良かったって言うのよ。もういいでしょ。ご飯冷めちゃう」

「LINEだけ、和泉くんLINEだけ頂戴!!」

「もう、やーだー。帰って!」

「えーー?」

 珍しく語尾が強い永野さんに高橋さんは追い出された。

 俺は追い出されていく高橋さんに向けて名刺を持ち上げて、指でトントンとして見せた。

 高橋さんは両手を合わせて俺を拝みながら(たぶんよろしくお願いしますー……だろう)出て行った。


「もう。昔から話が長いの」

 戻ってきた永野さんは口元が尖っていて、俺は笑ってしまった。

 俺はちゃんと伝えることにした。

「高橋さんは永野さんにとって、親みたいな存在なんだろ。連絡先も知らない男といるのは心配だと思うから、LINEだけ教えてもいいかな」

「うん……いいけど……」

「ペラペラ細かいことを話したりしない。俺もそれをされるのは苦手だから」

「うん。そうだね、和泉くんはそういう人だった」


 永野さんはふわりと緩んで、俺の隣にトスンと座ってパンをかじってお肉を食べた。

 そして「おいしい」と目を細めた。

 本能で人を選ぶ人。そんな人に選んで貰えて、光栄だ。





「始まったぞおおおおーーー」

 兄貴が雄叫びを上げる。

 ペンペロリ~ン……と音楽が鳴り、録音した子どもたちの声が流れ始める。

『夏祭りがはじまるよー! みんな集まれー』

 近所の小学校で録音しているもので、商店街には常にこういうメッセージが流れている。

 

 お店から広場までは徒歩五分くらいなので、追加要請がくるたびに兄貴が小鍋で運んでいく。

 俺たちはひたすら野菜の仕込みを続ける。大鍋で5回以上回るので、17時くらいまでひたすら野菜と格闘することになる。


「大丈夫? 疲れた?」

 すこし慣れてきて作業スピードが上がってきた永野さんはもくもくと作業を続けている。

「ううん、むしろ集中力上がってきて楽しい」

「それは良かった。この作業が終わったら一度出ようか。混み始める前にレインボー職人の所に行こう」

「なあにそれ?」

「職人芸で面白いんだよ」


 俺たちは四回目の野菜をひたすら準備して、気分転換に広場に向かうことにした。

 外は出た瞬間にもわりとする暑さだったが、太陽がすこし隠れてきたのでそこまで不快じゃない。

 メイン会場の広場にまだ人は少なく、舞台では子ども相手にじゃんけん大会をしている。

 野菜スープのお店にはもう数人が並んでいて、兄嫁さんが俺たちに手を振ってくれた。

 本部にいくと、レインボー職人はもう仕事を開始していた。


「お、瑛介レインボー決めとく? 今始めた所」

「ひとつください」


 俺はポケットから商店街の人用に配られる無料チケットを出した。

 これはあとで『どれくらい使われてるか』集計するので、使うことが大切だ。

 職人はザラメを入れてまずは白いわたあめを作る。

 そして粉を追加……するとピンクのわたあめになった、それを巻いて……また粉を入れて……次は黄色……次は緑……とわがたしを巨大なレインボー状態に仕上げていく。


「すごい、虹の雲みたい」

 永野さんは目を輝かせてそれを受け取った。

「お嬢さん、どうぞ。貴女だけの虹ですよ」

 レインボー職人はキメ台詞を言った。

 60才すぎのおじさんだが、原宿でこれが売ってるのをみて、余裕っしょ! と作り始めた人だ。

 そして今や原宿で売っているものより大きいものを量産してくる。

 永野さんはそれを一口食べて

「ふわふわ!」

 と微笑んだ。

 その反応に満足したので、次はオススメのコーヒー屋に連れて行った。

 永野さんは俺の予想どおりブラックコーヒーを頼んだ。

 見ていると永野さんはあまり甘いものを飲まない。

 どうやら甘いもの……クッキーやケーキを食べて、甘くない飲み物を飲むのが好きなようだ。

 うちの店のジンジャエールはとにかく生姜が濃くて、甘さより辛さが強い。

 それを美味しいというなら……と、このセットをオススメしてみた。


「ねえ、和泉くん、ちょっと持ってて?」


 永野さんは俺にレインボーわたがしを持たせた。

 ん? と思ったら、永野さんは虹のふちっこを口に入れて、ペリペリ……と食べながら離れていく。

 その距離50cmくらい。

 仕方なく俺はレインボーわたがしを手元でくるくる回す。

 永野さんの口の中に紐状の綿菓子がふわふわと消えて行く。

 ……なんだろう、この変な時間は。

 でも俺の隣でモックモックとわたがしを食べている永野さんがウサギみたいで俺は思わず噴き出した。

 永野さんは白い部分だけになったわたがしを俺の手から受け取って

「虹を食べたみたいでしょ?」

 とほほ笑んだ。


 あ、また積もった。

 俺はそう思った。


 俺の中に永野さんの好きが積もっていく。

 PEZが好きで、甘いお菓子が好きで、ハーブティーも、ジンジャエールも抹茶アイスも好き。

 虹が好きで、コーヒーはブラック、青汁は苦手。

 もっと知りたいし、この笑顔を見ていたいと思う。


 永野さんは口元についたわたがしをぺろりと舐めて、俺のTシャツの袖を引っ張った。


「ねえ、和泉くんは何が好きなの?」

「そうだな、あっちに出してるお好み焼きかな。イカが入ってて美味しい」

「和泉くんが好きなものも、食べたい」

「そっか。じゃあこっち」


 永野さんも俺の好きを知りたいと思ってくれて嬉しい。

 俺たちは巨大なわたがしとお好み焼きを食べて夏祭りを楽しんだ。

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