21 恋愛の邪魔する奴は許しません

「今回はわたくしのお招きに応じてくれて、どうもありがとう」

「こちらこそ、ご招待ありがとうございます」


 本日は雲ひとつない晴天だったので、シンシア王女とのお茶会は中庭で行われることになった。

 春を彩る花々の中に置かれているテーブルの上には、こちらもまた色彩豊かな菓子が並んでいる。


 控えていたシンシア王女専属のメイドに椅子を引かれ、遠慮なくそこに座る。


「それで、シンシア王女殿下。ロイドの姿が見当たらないのですが……」

「ロイドにはお茶会の準備を手伝ってもらっていたの。そろそろ戻ってくる頃だと思うわ」

「そうなのですか。ロイドったら、働き者なんですから人の執事をこき使うな


 にっこりと笑みを浮かべながら、開始早々嫌味を炸裂させる。

 毎回毎回、私の執事を使ってお茶会の準備をしやがって。

 ロイドが優秀なのはわかるけど、招いた私の執事を使うって、色々とおかしくないか。


「本当にその通りです。ロイドったら、誰よりも気合いが入ってるのよ。なんだか、申し訳ないわ」


 申し訳ないって思うなら、やめろよ。

 まあ、こんな台詞をシンシア王女が思ってるわけがない。

 思ってるなら、そもそも人の執事をとろうとしないはずだし。


 そんな感じでにこにこと女の戦いを繰り広げていると、ロイドが戻ってきた。


「あ、お嬢様来ていたんですね」

「ロイドが忙しく働いている間にね」


 お疲れ様です、と頭を下げるロイドに、少し嫌味ったらしく言ってみる。

 シンシア王女のお茶会に、そこまで忙しくする必要ないじゃないか。

 ロイドがそうやって優しくするから、シンシア王女だって調子に乗るんだよ。


「お嬢様の好みの物を揃えるのには、直接選んだ方がいいですから」


 そんな嫌味に対して、ロイドは気にする素振りをひとつも見せることなく、さらりと言ってのける。


「……そう言えば許されると思ってない?」

「許されるも何も、事実ですから」

「…………」


 ずるくない? 美形ってずるくない?

 専属執事として当たり前のことを言っているのに、かっこいいことを言っているように聞こえるんだけど? 妙に照れくさいんだけど?


「ロイド、お疲れ様。貴方も座って頂戴」


 私たちの会話にひと段落つくと、シンシア王女がロイドに座るように促す。

 用意するだけさせといて、お茶会に参加させるのかい。

 フル出場お疲れ様です。


「いえ。僕はただの執事ですので……」

「ロイド、シンシア王女殿下のご厚意に甘えましょう。そんなことを気にする方だったら、そもそもロイドとお話すらしないわ」


 シンシア王女とふたりだけで会話をしていると、険悪なムードにしかならないので、ロイドにストッパーとして参加してもらった方が私もありがたい。

 私とシンシア王女、両方に押し切られたロイドは、遠慮がちに席に着いた。


 シンシア王女はカップを持って、優雅にお茶を一口飲むと、口を開く。


「今回も貴女にとって、とても有益な情報を持ってきたわ」

「ありがとうございます。毎回毎回、こんなことをしていただかなくても、協力しますのに」

「気にしないで。わたくしが勝手にやっていることよ」


 私に借りを作るのが、本当に嫌なんだろうなぁ。

 私というか他の人にも借りを作ること自体、シンシア王女は嫌いそうだ。

 貸しを作るのは大好きそうだけどね。貸しの押し売りとかしてそう。


「ステラ。貴女、サクソン侯爵の長男と騎士団長の令嬢の婚約を応援してるのよね?」

「お耳が早いですわね。その通りです」


 王子といい、シンシア王女殿下といい、この人たち、どこからそんな情報仕入れてくるんだよ。

 大々的に呼び出したわけでもないし、ましてや話した内容なんて公表してないのに。

 騎士団関係者だったら、今回の呼び出しを知ったら、ピンとくる人がほとんどだろうけど、騎士団以外の人は「何の話だ?」となるのが普通のはずだ。


 シンシア王女は騎士団にそれほど関わってないのに、その情報を掴んでるなんて、流石としか言いようがない。

 この王女、兄で次期国王である王子より、色々な情報網を持っているのだ。

 それに加え、人の顔色や感情を読むのが上手く、敵に回すと厄介な相手なのだ。


 そんな彼女の恩恵を年に二回は受けられるのは、好き嫌いはおいといて、かなりついている。


「わたくしもふたりの子供が結ばれるのは、良いことだと思うわ。わたくしも賛成だわ」

「シンシア王女殿下にそう言ってもらえるなら、この縁談は上手くいくこと間違いないですね」


 シンシア王女の後押しがあってもなくても、当の本人たちが立ち止まっているのだから、上手くいくもいかないも本人たち次第なんだけど。


「でも、残念ながらそう思わない人たちがいるのよね」


 シンシア王女はわざとらしくため息を吐く。


「全くです。人の恋路を応援できないなんて、きっとバチが当たります。なんなら、こちらから罰を与えたいくらいですわ」

「ふふふ。ステラったら、過激なのね。でも、わたくしも輪を乱す輩は嫌いだわ」


 怖い怖い。完全に目が笑ってない。


「……どこまでわかっているのです?」

「あら、私にそれを聞くかしら?」

「失礼。シンシア王女殿下には愚問でしたね」


 そう言うと、シンシア王女は満足げにうなづいた。


「大体はわかっているのだけれど、証拠が不十分なの」

「まあまあ、ご謙遜を」


 これは嫌味ではなく、本音だ。

 大方、シンシア王女は証拠を固めている。

 現在持っているであろう情報でも十分なはずだ。ただ、シンシア王女が納得できていなのだろう。


「それにここだと、誰の耳に入るかわからないしね。後ほどお兄様を経由して知らせるわね」

「ありがとうございます。では、差し障りのない範囲で聞かせてもらえますか?」


 この辺りには、シンシア王女が信用するメイドしかいないはずだし、そう警戒する必要はないはずだ。


 ――――まさか、盗み聞きをしている奴でもいるの? 


 確認するようにシンシア王女を見ると、彼女は不敵に笑っていた。

 おおう。予想通りみたいだ。

 さっきから、やけに強気な発言は、聞かせるための発言だったのか。


 シンシア王女に探られていることに気がついた奴らは――まあ気づくように仕向けたんだろうけど、口止めをしたいわけだ。

 シンシア王女自身は非力だが、いつも側にいるメイドたちの腕前は確かだ。暗殺しようとしたら、逆に暗殺されてしまう。


 王女付きのメイドって恐ろしいねぇ……。


「とある伯爵家が、騎士団長の座を狙っているのよ。でも、実力主義の騎士団で、その長になるにはそれ相応の実力が必要じゃない? 自分たちが実力不足だってわかっているからこそ、色々な手を使おうとしているみたいなの。婚約阻止もその一環ね」


 アストリー伯爵家あたりか。

 あの家も昔から優秀な騎士を排出しているが、騎士団の長になれるほどの実力は持っていない。プレイステッド伯爵家に負けているというのが正直な感想だ。

 弱いわけではないんだけど、あの家は実力よりも権力を欲しているところがある。生粋の貴族的な性格だ。


 それも騎士団長になれない理由ならしいけど。

 当然だ。効率的な作戦より、権力的な考えを優先されたらたまったもんじゃない。


「そんなことを聞くと、婚約阻止自体は軽く聞こえますね」


 私は断じてそんなことは思わないけど。

 自分が権力を握りたいからって、両思いのふたりを引き裂いていい理由にはならないんだけど?


「あら、そう思う?」

「どうでしょうね?」


 ふふふふ、と笑い合う私たちを、ロイドは無言で見つめていた。


「お任せください、シンシア王女殿下。まとめて排除してみせますわ」


 シンシア王女も私とは違う何らかの理由で、アストリー伯爵家を邪魔だと思っているのだ。

 公平であるべき王族が直々に手を出すのはまずいので、こうして情報を提供し、私にやらせるのだ。


 いいように使われてる感半端ないけど、オリヴィアとメレディスのために我慢しよう。

 邪魔だって思うのは本当だし。


「信じているわ」


 そう言うと、シンシア王女は紅茶をすすった。

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