8 あ、良いんですか?
私の両親と王子の両親――つまり王様とお妃様は、応接室で楽しそうにお茶をしていた。
そういえば、うちの両親と王子の両親って、お友達なんだっけ。
だから、婚約の話が上がったとかどうとか、ロイドが言ってた気がするなぁ……。
そのロイドも、応接室の端に控えていた。
他に控えている使用人と比べて、ひとりだけ小さい。当たり前だ。こんなところに執事として来ることができる八歳児なんて、ロイドくらいしか存在しないだろう。
「セオドリック。どうだった?」
若干そわそわしながら、王様が聞いてくる。
国王の顔ってよりは、父親の顔だなぁ。今は国王って役職はお休み中のようだ。
「それなのですが、父上。実はお話したいことがあるのです」
「どうした?」
何でも言ってみなさい、と王様の顔は柔らかくなる。
おいおいおいおい、この王様大丈夫ですか?! 威厳も何もないんですけど?!
この婚約、もしかしてだけど、あんまり政略的な意味はないんじゃ……。
純粋に、子の幸せを願って組んだ縁談なんじゃ……。
だって、友人の子供だからある程度信頼できるし、その上家柄も良いと来た。歳も近いし。
あれ……? あれれ……?
「ステラと話し合った結果、婚約はまだ早いと言う結論がでました。まだ、互いに互いのことをよく知りません。交流を深めてから、互いに認めることができてから、婚約がしたいです」
「私たちはまだ五歳。急ぐ必要はないと思いますし、少なくともラウントリー公爵家の跡取りが決まってからでも遅くはないと思います」
王子の言葉に続き、私も瞳をうるうるさせ、上目づかいで意見を述べる。
さて、どんな言葉が返ってくるのかな。緊張で、手が震えてきた。
「……ふたりは、互いのことが気に入らないのか?」
重々しく王様が口を開いたかと思えば、的外れな言葉だった。
その他の三人も、真剣な顔をして、私たちを見てくる。
…………若干、不安そうな顔をしてるのは気のせいだよね? そうだよね?
ちらりと王子の方を見ると、王子も困惑した表情を浮べている。
う~ん、これは作戦タイムが必要では?
「ねえねえ、どういうこと?」
小声で王子に話しかける。
王子はにこりと王様たちに微笑むと、くるりと後ろを向いたので、私もそれにならう。
「僕にもわからない」
「だよね? てっきり、政略的な婚約だと思ってたんだけど」
「この様子だと、政略結婚って言うよりは、仲良い親同士が子供をくっつけて、更に仲良くなりたい、あれかな?」
王子は首をかしげながら、言う。
その煮え切らない気持ち、すごくわかるよ……!
「それって、フィクションかと思ってた」
「ここもフィクションって言えば、フィクションの世界だし、子供の結婚を親が決めるのは珍しくない貴族社会の世界だし、ありえなくはないのかもしれない?」
「でもさ」
「ああ」
「「信じられないよね」」
うんうん、と私たちが頷き合っていると、
「どうかしたかい?」
と、王様が声をかけてくる。
ちょっと話しすぎたようだ。
私と王子は、くるりと前を向くと、「失礼しました」と頭を下げる。
視界の端には、私たちのことを微笑ましそうに見ている両親たちの姿が映る。
本当に、子供たちの幸せを願って考えた結婚なんだな、ということがすごく伝わってくる。
伝わってくるんだけど……。
正直それでいいんかいっても思ってしまう。
だって、王族と公爵家の結婚だよ?! 大きい話すぎない?!
「怒らないから、ふたりの本音を聞かせてほしい。ふたりは、互いのことが気に入らなかったのかい?」
代表して、王様が再度尋ねてくる。
これ、「気に入らなかったです」って一言言えば、あっさり話はなかったことになりそうだ。
むむ、本当にこれでいいのか。これでいいのか?!
こっちの方が心配になってくる。
「そんなことはないです」
「(友人としては)気が合うと思います」
にっこりと王子と私は笑い、とりあえずそう答える。
すると、予想通りというか、両親たちはほっとした顔をした。
「そうかそうか! それならいいんだ」
「これから仲を深めていけばいいんだものね」
そんな両親たちを見て、私と王子は追い打ちをかける。
「ただ、いきなり婚約って言われて驚いただけで。私はまだまだ、公爵家の名を語れるような、立派な淑女とはほど遠いので……」
「僕も、ステラを助けられるほどの力量もありませんし、王族の一員として義務を果たせていません。それで婚約だけ先にしてしまうのは、ステラに申し訳ないのです」
王子、よくもまあ、そんなセリフを、真顔ですらすらといえるものだ。
聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまう。
私たちの言葉を聞いて、両親たちは息を呑んだ。
「この子たち、なんて真面目なの?!」
「そこまで考えていたなんて! 私たちが浅はかだったわ!」
特にお母様方が感動したようだ。
「愛しの我が子がこんなに立派になって……」、ってやつだろうか?
「そういうわけですので、婚約の話、まだ保留にさせていただけませんか? 勿論、僕もステラも、この話は嬉しいのです」
「だけれど、まだ互いのことをよく知りませんし、私たち自身、未熟です。ですので、お願いします」
そして、私と王子は頭を下げる。
よしよし、かなりいい感じでは?
「……わかった」
「本当ですか?!」
そう反応したのは、王子だった。
そんなに婚約したくなかったんだね。まあ、百合百合言ってたもんね。
「婚約の話、保留にしよう。ただ、婚約者のように振る舞ってもらわなくてはならないときがあるが、構わないか?」
「勿論です」
即座に反応したのは、またもや王子。
私にも確認するような目配せがあってもいいと思うんだけど……。
まあ、異議はないので、私も頷く。
「では、そういうことで。今後よろしく頼むぞ」
王様がそう締めくくって、今日はお開きになった。
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