9 恋愛ジャンルなので恋愛感出します

 そんな婚約騒動があった日の夕方、私の部屋にロイドが訪ねてきた。

 理由はわかっている。というか、今日の婚約の話でしかないだろう。


 私は気がついていた。

 婚約の話をしている時、ロイドは笑みを崩さなかった。一度たりとも完璧な作り笑いを崩さなかった。

 だから私は直感的に気づいてしまったのだ。



 ――――これはなんかあるな、と。



 不機嫌、ということはなんとなくわかったんだけど、怒ってるわけでもなさそうだし、何かに失望しているわけでもなさそうだ。

 じゃあ、なんだ……?


 と、私の思考はそこで止まっているわけで。

 正直、さっぱりわからない。誰か教えて偉い人!(誰かって言ってるのに、偉い人を指名していくスタイル)


「……それで、お嬢様」

「なあに? ロイド」


 部屋に入ってきても、ロイドは不機嫌のままで、だからとりあえず、上目づかいで可愛らしい仕草をしてみた。

 効果はないようだ……。


「色々聞きたいことは、あるのですが」

「そうなの? 私には何のことやらさっぱり」


 可愛い作戦が通用しなかったので、次はしらばっくれてみた。

 効果はないようだ……。むしろ、逆効果だったようだ……。

 ロイドは若干、イラついたようだ。なんで?


「とりあえず、婚約回避、おめでとうございます」

「ありがとうございます?」


 全く祝われてる気がしないんだけど?!

 もっと祝うなら、ちゃんと祝って?!

 なんか怖いんですけど?!


「どうして疑問形なんですか?」

「ロイドが祝う気ないからでしょ!」

「いえ、心の底から祝ってますが? お嬢様の破滅が遠のいたわけですし?」

「だったら、ちゃんと祝ってくださーい」


 ぶーぶーと文句をたれる。


「おめでとうございます、お嬢様」


 流石できる執事、にっこりと笑みを浮べて、完璧な祝福を述べてくる。

 その作られた感じが嬉しくないけど、その切り替えの速さに免じて許してあげよう。私は寛大なのだ。


「……まあ、いいでしょう」

「どうして急に口調が偉そうになったんですか?」

「ツッコミをいれないでよ! ノリだよ、ノリ!」


 ここの正解は、「ありがたき幸せ~」とか言って乗ってくることだろうに!

 その辺はまだまだだな……。


 とか思いつつ、本題に入ることにする。


「で? 聞きたいことって?」


 何でも言っていいよスタンスで、挑む私。

 大方、婚約騒動のことを聞きたいんだろうけど、ロイドが何を詳しく聞きたいのかはさっぱりだ。

 ロイド主導で会話を進めていった方が、絶対効率がいい。


「婚約破棄のことなんですけど……」

「破棄って言うよりは、保留だけども」

「でもこの先、婚約するつもりもないんでしょう?」

「うん」

「驚くくらい即答ですね。潔いです」


 だって、その気が本当にないんだもん。王子だって、その気はないだろうし。

 それに私と王子、どれだけいい関係になれても、友人以上恋人未満で終わりそうなんだよね。一番楽しい関係でもあるけど。


「あ、話を遮って悪かったわね。続きをどうぞ」


 話が逸れてしまったことに気がついて、話を進めるようロイドに言う。


「こんなこと聞くのは失礼かもしれないんですけど、ふたりきりで何を話されてたんですか? 殿下も婚約を望んでいないようでしたし、少しの時間で随分と仲良くなられたようでした。気になってしまって……」


 少し自信がなさそうに、ロイドは言う。

 珍しい。ロイドがこんな喋り方をするなんて。


「特に変わった話は……、してないかな」

「今の微妙な間はなんですか?」


 鋭いところを突かれてしまい、えへへ、と笑うしかなくなる。


 本当にたいした話はしてない、そう思っていたんだけど。

 前世の話とかばりばりしてたなぁと、途中で思い出してしまったのだ。たいした話してたよ。


 こればっかりは、王子の許可をもらってからじゃないと話せないからなぁ……。

 百合オタってことあんまり話したくないかもしれないし? あの感じだと、そんなこと全くないかもしれないんだけど、万が一があるかもしれないしね。


「いやね。流石に王子の許可をもらわないと、ダメな話かなぁって」

「……人に言えないようなことを話したんですか?」

「まあ、簡単に言えるような話じゃないかな」


 私の発言に、ロイドは眉間にしわを寄せた。

 え? 今の会話の中で、まずい発言しちゃったかな?! 怒られるような発言をした覚えはないんだけど?!


「……そうですか」


 ロイドはそれ以上聞いてこなかったけど、どこか不満を残しているようだった。

 うーん。これは良くない。良くないよ!

 こういうのって、聞けなかった方も聞かれなかった方も、もやもやしてしばらく引きずって、微妙な距離ができる気がする。


「聞きたいことがあるなら、聞いたら?ここには私しかいないんだし、多少の無礼は許すけど」

「ですが……」

「こういうところで遠慮しちゃダメでしょ。私たち、これから長く付き合っていくんだから」


 その言葉に、ロイドは何故か嬉しそうな、悲しそうな、複雑な表情を浮かべていた。

 待って?今の言葉って、そんなに難しい言葉かな?

 深読みしてない?ロイド頭いいから、深読みしてそうなんですけど?!超絶ありえそうなんですけど?!


「お嬢様、そんな風に考えていてくれたんですね……」

「うん。おかしい?」

「いえ、嬉しいです」


 噛みしめるように言われたので、首を傾げてしまう。

 ロイドは私専属の執事だし、問題がない限り、長い付き合いになると思うんだけど。

 嬉しいとかそういう感情の前に、当然のことじゃない?


 ロイドの考えていることはわからなかったが、それが本題じゃないので、あまり気にしないことにした。

 ロイドに話をするよう促すと、ロイドは「笑わないでくださいね」としつこく前置きをしてから、ようやく話し出した。


 ……前置き長いの、どうにかなんないかなぁ。


「その、失礼ながら、お嬢様は僕にはなんでも話してくれると思っていたところがあって、その上お嬢様のことはなんでも知ってると思っていたので、その、つまりそういうことです」


 ロイドは真っ赤な顔で、早口で言い終えた。よく噛まなかったな、と感心してしまう。


「それって……」


 つまりどういうこと?、と尋ねる前に、


「それでは、この辺で失礼しますねっ!」


 と、ロイドは言葉を重ねてきて、慌ただしく部屋を出て行ってしまった。

 そのスピードに、私はぽかんとするしかない。


「ロイドがあんなに取り乱すなんて」


 ロイドの林檎みたいな真っ赤な顔を思い出すと、なんだか力が抜けてしまう。

 私はベッドに体を倒すと、ロイドの発言をもう一度思い出す。



『その、失礼ながら、お嬢様は僕にはなんでも話してくれると思っていたところがあって、その上お嬢様のことはなんでも知ってると思っていたので、その、つまりそういうことです』



 改めて思い出すと、心臓の奥がむず痒くて、枕を抱えて足をばたばたさせてしまう。

 本当に、どういうことだよ……。結論を言わないで帰っちゃうんだから。


「……もしかして、嫉妬だったのかなぁ」


 そうだったらいいな、なんて思ってしまった私は、きっとどうかしてたんだと思う。

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