一章 ドジっ娘ヒロインと騎士カップルのドタバタ劇

1 そしてプロローグに戻る

 …………なんか、恥ずかしいこと思い出しちゃったなぁ。


「お嬢様、いい加減にソファでだらけるのはやめてください」


 私がふかふかソファを堪能していると、ロイドが厳しい声で注意してきた。

 この声音はやばい、と十数年の付き合いでわかるようになった私は、すぐさまきりっと座り直す。意地でもソファから動くつもりはない。


「そろそろメイド頭がやって来ることです。執務用の椅子に座ってください」


 私がソファから動くつもりはないことを察したロイドは、まだ厳しい声を出し始める。

 別に良いじゃん、ソファに座ってたって! ソファに座りながらでも、威厳は出せるよ!!


「……お嬢様?」

「はいはいわかりました! 移動すれば良いんでしょ、移動すれば!」


 ロイドの視線があまりにも痛かったので、仕方なく私は移動することにした。

 これじゃあ、どっちが主なのかわからないよね。


 どかっと勢い良く座る私。

 この椅子、ソファほど座り心地良くないなぁ。王子に言ってもっと高級でふわふわなものに変えてもらおうかな。うん、そうしよう。


 こっそりと決意する私に、ロイドが続けて声をかけてくる。


「お嬢様、くれぐれもそのようなふざけた態度を見せないでくださいね?」

「わかってるわ。私を誰だと思っているの?」

「僕が育てた、完璧な公爵令嬢、ステラ・ラウントリー様です」

「うん、間違ってないけど。なんていうかその、うん」


 ロイドにびしばし指導された私は、完全無欠な公爵令嬢に成長していた。

 ゲームのキャラということもあってか、見た目は悪くないし(悪役顔だけど)、言動もとても精錬された美しいものに仕上がった。政治の話や外国語なども難なくこなせるし、駆け引きもできるようになった。

 これもあれも、すべて完璧主義者な我が執事、ロイド・バズウェルのこれでもかっていう厳しい教育のおかげだ。


 こう考えるとロイドって怖いよね。教えるってことは、私よりできるってことだよね。

 どうして、年がたいして変わらない、子爵家の三男で、執事であるロイドが、こんなにできる男なの? すごいっていうのを通り越して、もはや不気味だよ。


 感謝してるんだけどね。でも怖いものは怖いよね。


 そんなことをロイドを見ながら考えていると、こんこんとドアが鳴った。

 多分、メイド頭がやって来たんだと思う。


 何故、私の部屋にメイド頭がやって来るのか。

 そもそも、何故、王城に私の部屋が与えられたのか。


 ふたつの疑問の理由は同じで、このたび私が王城のメイドたちの責任者になったからだ。

 なんでそんなものに任命されたかは、良く理由は知らないんだけど、多分王妃になるための訓練の一環なんだと思う。


 王子とはまだ婚約してないし、これからも婚約するつもりもない。良き友人ポジションにいるつもりだ。

 それはきっと王子も同じはずだ。


 だから、のらりくらりとこの十年間、婚約を回避してきたんだけど、十五歳という結婚適齢期に入ってしまった。だから、こうして外堀から固めて行くんだと思う。

 十五歳で結婚適齢期突入って、この世界怖い。いくらなんでも早くない?


 そうしているうちに、ロイドが部屋の扉を開けて、メイド頭を部屋に入れる。


「お嬢様、メイド頭がお見えになりました」

「お初にお目にかかります。トレイシー・リンドバーグと申します。これからよろしくお願いいたします」


 四十代後半くらいの茶髪ボブの女性が、ぺこりと頭を下げた。

 顔つきは真面目で厳しい印象を持つ。だが、きっと理不尽なことなどしないし、責任というものを持って、仕事に励んでいるんだろうということが一目でわかった。


「こちらこそ、初めまして。本日から責任者に任命された、ステラ・ラウントリーです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 彼女の挨拶に答えるように、令嬢スマイルを見せる。口角と目の角度がポイントだと、ロイドが言っていた。


「私は、ステラ様の専属執事、ロイド・バズウェルと申します。今後、お嬢様と共に行動することが多いと思いますので、覚えていただけると幸いです」


 私の自己紹介が終わったのを見計らって、ロイドも口を開く。相変わらず、完璧な挨拶でかなりムカつく。


「それでトレイシー、私はまず何をすれば良いのかしら?」

「質問に質問で返すのは失礼なことと存じておりますが、質問をしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、良いわよ」


 お堅い。流石、王城のメイド頭やっているだけあって、お堅い!

 もっと気楽に接してくれてもいいんだけどなぁ。でも一応、私が上司ってことになるんだよねぇ。


「ステラ様はどのくらい説明を受けたのでしょうか? また、どのくらいこの仕事についての知識があるのでしょうか?」


 そんな私の内心なんて知らないかのように(いや、実際知らないんだけど)、トレイシーは顔色を変えずに淡々と聞いてくる。


「説明は全く受けていないわ」


 この仕事のこと王子から聞いたのは、つい先日のことだった。


『ねえ、ステラ。君、王城に部屋をほしがってたよね?』

『そうだけど。まさか、遂に?!』

『王城のメイドの責任者という役職をを引き受けてくれたら、という条件付きだけどね』

『いいわ、やる。それ、やるわ!』


 こんな感じの会話をして終わったはずだ。

 王子も詳しい説明をしなかったし、私も詳しいことを聞くつもりはなかったから、当たり前の結果だ。


 だって、ロイドにたたき込まれた知識の中に、その役職についてのこともあったから、今更聞いてもって感じだったし。


「私が知っている範囲だと、名ばかりの役職だったはずよね? ほとんど仕事はなかったんじゃないかしら?」

「その認識で間違っていません。メイドの仕事の性質上、書類仕事は少ないですし、公爵令嬢であるステラ様に給仕をやれと言うわけにもいきませんから」


 ふ~ん、思った以上に仕事がなさそう。許可を出したり、相談に乗ったりするくらいかな。


 まあ、そりゃそうだよね。女貴族はもっと他に、仕事があるだろうし。情報を集めるためにお茶会を開いたり、立派な跡継ぎを育てるために子を教育したり。

 私だって、これでも頭脳を買われて、王子の仕事を手伝ってるしね(王子の仕事を手伝いに毎日のように王城に来るから、自分の部屋が欲しかったのだ)


「わかったわ。それで、この後は確か、顔合わせだったかしら?」

「はい。すでに、集めております。ただ」

「ただ?」

「今日から配属される新人メイドのひとりがまだ来てないのです」

「あら、何かあったのかしら? ところで名前は何というのかしら?」


 少し困った顔をしながら、トレイシーは言う。



「リネット・エイデン。エイデン男爵家の次女です」



 やっぱり、か。

 と言う顔を、ロイドがした。ということはつまり。



 リネット・エイデンは、乙女ゲーム『キラ☆メモ』のヒロイン、というわけだ。多分、きっと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る