7 最初の訪問者はまさかのヒロイン?!

「助けてくださあああい」


 そう勢いよくドアを開けたのは、乙女ゲームのヒロインにして、ドジっ娘でアホの娘なリネット・エイデンだった。

 予想通りというか(ドアを勢いよく開けるところで)、予想外というか(乙女ゲームのヒロインが悪役令嬢に助けを求めてくるところで)、とにかくリネットの登場には驚いた。


「色々と言いたいことはあるのだけれど、とりあえず落ち着きなさい?」

「落ち着いてなんかいられないですっ!」

「何があったのか知らないけれど、せめてドアは静かに開けなさい?」


 あんたより幼い子供でも、ドアくらい静かに開けられると思うよ。

 元気が有り余りすぎなんだよなぁ、この子。


「リネットさん、お嬢様に相談事ですか?」


 私に注意されてもあたふたしているリネットを見かねて、ロイドが落ち着いた声でそう問いかける。

 ロイドの声にはっとしたリネットは少し落ち着きを取り戻し、「はい」とうなずいた。さらにロイドは、落ち着いたリネットをソファに座らせた。


 ……この執事、恐ろしすぎない? あっという間にリネットを落ち着かせてしまったよ。

 涼しい顔でそれをこなしてしまうから、余計にだ。


 机を挟んでリネットの正面に置いてあるソファに、私は座り改めて問いかける。


「それで、リネット。どうして助けてほしいのかしら?」


 落ち着いた声で言うが、私の内心は期待でいっぱいだった。


 もしかして、もしかして、恋愛絡みだったりするのかな?!

 もう誰かと良い感じになっちゃったのかな?!

 ドジっ娘でアホの娘だけど、仮にも乙女ゲームのヒロインなんだし、ありえるよね?! むしろありだよね?!


 そんなわくわくを隠しきれない私を、ロイドは釘を刺すような目で見ていた。

 はいはい、ちゃんとやりますよ、わかってますよ。


「私、解雇されないですよね?!」


 そんな私の期待を馬鹿にするように、リネットの大きな声が部屋に響く。

 はあ? 解雇? どうしてリネットを私が解雇しないといけないんだ?

 期待外れだとがっかりしていると、ロイドが肩を叩いてきて、耳元でささやいてくる。


「お嬢様、さっそくヒロインのことをいじめたんですか? いくらなんでも早すぎません?」

「いじめてないんだけど」

「まだセオドリック殿下をとられていないのに。それ以前に婚約もしてないじゃないですか!」

「だからいじめてないし、嫌がらせもしてないんだけど」

「悪役令嬢としては褒め称えるべき行いなんでしょうけど、公爵令嬢としてはいかがなものかと。破滅したいんですか?」

「だから、やってないって言ってるよね?! というかロイドあんた、大体一緒にいるじゃないっ!」


 ロイドがあまりにも私の話を聞かないわ、しつこいわだったので、つい大声を出してしまう。

 リネットがぽかんとした顔をして、私のことを見ている。


「こほん、失礼したわ。見苦しいものを見せたわね。気にしないでくれると嬉しいわ」

「あ、はい」


 返事はしたものの、まだ戸惑いを隠しきれない様子だ。

 まあ、本性?っていうか、軽い感じの喋り方は隠してるわけではないし、親しい人とはそういう喋り方だから、バレたところで別に問題ない。


「……でも、もう面倒だから、少し砕けた喋り方でいい?」

「あ、はい! そっちの方が私も助かります!」


 そんな提案をしてみると、リネットは嬉しそうに返事をした。さっきとはまるで別人のようだ。

 にしても、ころころ表情が変わるなぁ。あまり貴族っぽくない。


「で? 解雇ってどういうこと?」

「その様子だと、まだ聞いてないんですね……。私の方が早かったんだ。良かった……」

「何が?」


 私の質問に答える前に、ぶつぶつと独り言を始めてしまうリネット。

 私だから気にしないけど、身分重視の輩にそれをやると「不敬だ!」とか「無礼だ!」って面倒くさいことになりそう。

 大丈夫かな、この子。


「私、騎士団関連の施設担当になったんです。それで、先程オリビィア様を怒らせてしまったんです。オリビィア様、ステラ様と仲が良いと聞いたので、『解雇にしてくれ』って頼むんじゃないかと思ったんです」


 オリヴィア――オリヴィア・プレイステッド。

 騎士団長の娘で、彼女自身もまた、騎士団に入っている。腕前は確かなもので、並大抵の男には負けない。そのかっこよさから、女性にモテる騎士様である。

 そんな彼女は乙女ゲームに登場するライバル令嬢、ならしい。ロイドが言ってた。


「あの温厚なオリヴィアを怒らせるなんてよっぽどなことをしたのね」


 なんとなく、事情は把握できた。リネットも悪いことをしたのだろうが、大方オリヴィアが勝手に怒ってるだけだろう。


「でもまあ、心配しなくても大丈夫よ。オリヴィアはそういう告げ口みたいなこと、嫌いだから。本気で彼女が怒ったなら、決闘を申し込んで、首をすぱーんって切り落とすと思うわ」

「余計に恐ろしくなったんですけども。私、命の危機なんですか?!」

「あー、多分大丈夫なはずよ。その場で決闘を申し込まれなかったんでしょ? それなら本気で怒ってるわけじゃないから」


 オリヴィアが怒っているところを私も数えられる程度しか見ていないが、それはもうすさまじい。簡単に人を殺しそうなくらい殺気がただ漏れなのだ。

 あんなオリヴィアはもう二度と見たくないな……。相手を殺さないよう説得するのも大変だし……。


「でもとりあえず、詳しい話を聞かせて?」


 命の保証がされほっとしたリネットに、詳しい事情を聞いておくことにする。


「えーと、私、掃除用のバケツを持って歩いていたら、盛大に転んでしまったんです。そしてそのとき、頭から水を被ってしまって」

「ちょっと待って?! 状況がよくわからないんだけど?!」


 盛大に転んだのはわかった。でも持っていたバケツを頭から被るって何事?!

 転んだときって、普通は前に水がこぼれるよね? どうしたら頭から水をかぶれるの?!


「転びながら、バケツを上に投げてしまいまして」

「天才的なドジっ娘スキルね?!」

「えへへ」

「褒めてないわ」


 何故、その言葉で褒められたと思えるんだ。その感性で生きてたら、人生苦労しなそう。


「それで、通りすがりの騎士様にハンカチをもらったんです」

「貸してもらったんじゃなくて、もらったの?」

「はい。返さなくていいよって言われて。その騎士様の隣にオリビィア様もいたんですけど、表情が固くて、怒ってるのかなって思いました」

「あー、なるほど。そういうことね」


 オリヴィアが怒っている理由、わかってしまった。いつものやつだ。


 オリヴィアと一緒にいた騎士は、メレディス・サクソンだ。あいつしかいない。

 侯爵家の長男であるというのに、騎士団に入団した変わった男。乙女ゲームの攻略対象のひとりでもある。

 そして、オリヴィアの思い人だ。


 つまり、オリヴィアは怒っているのではなくて、嫉妬していたというわけだった。






 

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