8 ヒロインのお仕事事情

 まあ、オリヴィアが嫉妬していたなんて、そんなことをリネットに教えるわけにはいかないので、適当に話を濁しておこう。

 そんなことを思い、私は少し意地悪なことを言うことにする。


「でも、万が一にもオリヴィアが『リネット・エイデンを解雇してくれ』と頼んできたら、私は断れないわよ?」

「そんなっ!」

「だって、騎士団長の娘――今は伯爵令嬢と言った方がいいわね、と貴女、男爵令嬢の頼み事、どっちを聞くかなんて明白でしょ?」

「……それは」


 実力があれば、貴族も騎士も関係なく所属できる騎士団で、団長に選ばれるのは貴族が多い。公式に『団長は貴族に限る』と決まっているわけではないのだが、貴族の方が上に立つ者としての振る舞い方を知っているし、戦いとは関係ない付き合いも滞りなくこなせるので、都合が良いのだ。


 現在の騎士団長――オリヴィアの父も、伯爵家の当主であるのだ。


「お嬢様、リネットさんをいじめすぎないでください」


 困り果てたリネットを見て、ロイドが肩に手を置きながら注意をしてくる。

 相変わらず優しそうな笑みを浮べているが、私には彼が何を考えているのか、手にとるようにわかる。


『リネットをいじめすぎると、お嬢様に返ってきますよ。破滅しますよ。そのくらいにしておいてください。しておいた方がいいと思います。やめましょう? ね?』


 と、いうようなことを思っているのだろう。

 流石、乙女ゲームが好きだっただけあるわ。ヒロインが可愛くて可愛くて、仕方がないのね……!


 私にはただのドジっ娘でアホの娘にしか見えないんだけど……。

 男と女の“可愛い”って、差があるって言うから、私にはわからない何かを感じてるのかもしれない。


 話はそらせたし、恋バナが出てくる気配もないし、リネットにはそろそろ帰ってもらうとしよう。

 そんなことを思いながら、肩に置かれたロイドの手をどけようとすると……。


「解雇されたら困ります!」


 うつむいていたリネットが唐突に叫びだした。あまりにも急なことだったので、私もロイドもぽかんとして、リネットを見ることしかできない。



「せめて、あと一週間くださいっ! このままクビになったら、最短記録を更新してしまうんです!!!」



 …………えーと、はい?


 必死に訴えかけるリネットだが、私も多分ロイドも、何を言っているのかわからなかった。

 これ、どう反応するのが正解なんだろう?


「リネット、ちょっと待って? とりあえず、前提として、解雇はしないわよ?」

「でも、万が一ってことがあるかもしれないんですよね? そのときは、せめて一週間は置いてください」

「えーと、ひとつ尋ねていい?」

「はい、なんでしょう」


 なんとなく察しはついているが、間違いがあったらいけない。きっと間違いなんてないだろうけど、わずかの可能性でも間違いがあるかもしれない。


 落ち着け、落ち着くんだ、私。


 二週間で解雇されたことのある記録を持っている人なんて、早々いるはずないじゃないか! ましてや、目の前になんて!

 いないでほしいんだけど?! いないよね?! ドジっ娘でアホの娘でも、そんな不名誉な記録なんて持ってないよね?!


 すがるようにロイドの方を見るけれど、ロイドも『嘘でしょ、いや、流石にありえないでしょ』という顔をしている。

 仲間がいた。これで、どんな答えが来ても、私は大丈夫……!


「その、最短記録って何の記録のこと?」

「え? クビになるまでの期間のことですけど?」


 ですよねえええええええ!

 というか、「当たり前じゃないですか」って言いたげに言うのやめてくれないかな? こっちだって知ってたけど、信じたくないんだよ!


 ロイドなんか、混乱してごほごほと謎の咳をしてるじゃない。私の執事を体調不良にさせないでくれ!


「……じゃあ、今保持してる記録って、二週間ってこと?」

「そうなんです。流石にこれ以上縮めるのはまずいかなぁって」


 あはは、なんて軽く笑ってるけど、全然まずいなんて思ってないでしょ。そうなんでしょ。


「……二週間も一週間もさほど変わらなくない?」


 リネットのその軽さから判断するに、本人もあまり気にしてなさそうだ。一週間になったら、一週間になったで、「あはは~。どんまい、私☆」で済みそう。

「変わりますよ!」なんて抗議をしてくるけど、全く説得力がない。


「それにしてもよく二週間持ったわね」

「なんとか踏ん張りましたっ!」

「自慢げに言うことじゃないでしょ……。貴女、どうやって生きてきたの?」


 よく言えばポジティブ、悪く言えば脳天気なリネットの生き様が、私には想像もつかない。

 というか、常人に理解できる生き方をこの子はしているのだろうか?


「え? 普通に生きてきましたけど?」

「貴女の普通を教えて」

「エイデン家の領地は畑や山や森林しかない、緑に囲まれた田舎なんです。贅沢できるほどのお金もないし、わざわざ訪ねてくる貴族もいないので、領民と一緒に農作業してました。一応、貴族の令嬢なので、作法とかも習いましたけど、向いてませんでした」


 本当に向いてなかったんだろう。この子に令嬢としての素質があるとは思えない。

 平民と一緒に暮らしてきたなら、なんとなく今の生活も理解できるけど。これで本当に納得して良いのか?、平民でももっと落ち着いてるぞ、と思ってしまう。


「じゃあ、どうして王城に?」

「私、歳なんで」

「言い方」


 なんで老人みたいな言い方をするんだ。普通に結婚適齢期と言え。


「一応、行儀見習いってことで、いろんなお屋敷に行ってるんですよ。『これを気に少し落ち着けばいいな』って、お母さんが言ってました。ことごとくクビにされてますけど」

「そんな最悪の経歴の持ち主が、どうして王城に来れたの……」

「なんでもエイデン男爵家、どこかの公爵家の遠戚だそうです。お父さんがその血にすがって、ねじりこんでもらったらしいです」


 両親も頭を抱えてるじゃないか! この子の性格、やっぱり普通じゃないよ!!


「王城でやらかしたら、あんたもう行くとこないわね」

「そうなんです。実家にもしばらく帰ってくるなって言われちゃいましたし。ですから、お願いです! クビにしないでください!」

「今までの話を聞く限り、さっさと解雇にしちゃった方が、安全なような気がしてきたわ」

「どうしてですか?!」

「自分の胸に手を当てて考えてみなさい」


 この子、全く心当たりがないのか。なんて悪質なんだ。


「とりあえず、今のところは解雇なんてしないけれど、今後はわからないわ。せいぜい仕事を頑張りなさい」

「はいっ! 頑張ります!」

「これで解決ね? じゃあ、さっさと仕事に戻りなさい」

「そうしますっ!」


 リネットは私に一礼をすると、ドアを豪快に開けて去っていた。

 この子、ドアを静かに開けることできないのかなぁ……?


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