9 騎士団の視察でラブバトル勃発?

 私たちが姿を現した途端、場が一気に騒がしくなる。

 私とロイドと王子は、騎士団の訓練場に来ている。視察って言うのが肩書きだ。


「おいおい、ステラ様、剣を持ってるぜ」

「ロイドもあれはやる気なんじゃないのか?」

「セオドリック殿下はすでに楽しそうだぞ?」


 視察、なんだけど。視察って言うことも、間違いないんだけど。

 訓練に参加しに来たって言ったが正しいかもしれない。



 騎士団の視察に行こう、と言ったのは私だ。

 諸々の事情を聞くためにオリヴィアと会いたかったし、最近ロイド以外と剣の鍛錬をしてないから別の人とやりたかったし、王子がリネットに会いたがってたから騎士団の視察に行けば会えるだろうし。一石二鳥ならぬ、一石三鳥ってところだ。


 だからこうして、急な視察に来たのである。勿論団長には事前に許可をもらっていたので(と言っても前日だが)、問題はない。


 私たちを代表して、王子が皆の前で挨拶を始め、


「と言うわけで、今日はよろしくお願いします。こちらも手加減するつもりはないので、全力でかかってきてください」


 そう締めくくった。

 普通なら、ここで歓声やら拍手やらが起こるのだろうが、騎士団の皆はごくりと唾を飲むだけだった。


 仕方がないだろう。

 ロイドは言わなくてもわかるようにチート執事だし、王子も並大抵の騎士は寄せ付けないほどの実力を持っている。

 このふたりは本当に強い。気を抜くと、いや、本気でやってもボコボコにされる。


 私もふたりほどではないが、それなりの実力がある。チート執事の教育を受けましたので……。というか、現在進行形で受けてますので……。

 私、どうしてこんなに強くなる必要があったんだろうか……?


『いざというときに、立ち向かえるような力がないといけないんです。ただでさえ、お嬢様は悪役令嬢なのですから。念には念をいれておかないとダメです』

 なんて、ロイドが熱く語っていたけど、納得いかない。


 そんな乙女ゲーム関係になると途端に熱くなるロイドを見ないふりをすれば、すごいと素直に思える。

 前世は何をしてた人なんだろう。完璧主義者なところがあるし、色々なことをとことんやり込んでそうだな。

 なんで公爵令嬢の執事なんかやってるんだろう。本人が望めば、もっと上に行けるはずなのに。謎すぎる。


「ステラ」

「あ、オリヴィア」


 澄んだ水色の髪を肩の上で切り揃えた、凛とした青い瞳を持つオリヴィアが声をかけてくれる。

 どうやらロイドと王子は、早速訓練に混じったようで、いつの間にか姿を消していた。


「突然来るから、びっくりした。いつものことだけど」

「えへへ、来ちゃった」

「ステラもセオドリック様も、身分高いくせにフットワーク軽すぎ」


 それはしょうがない。前世は、日本の庶民にすぎなかったんだから。そもそも貴族なんていなかったから、身分社会には慣れないところがどうしてもある。


「いいじゃんいいじゃん。こっちの方が気楽で絡みやすいでしょ」

「それはありがたいけど、王族や公爵令嬢としてその考え方はどうなんだろうか?」

「私も王子もこれでいいからいいんだよ」

「本当にいいのだろうか?」

「オリヴィアが気にしすぎなんだよ。さ、早く始めようよ。相手してくれるんでしょ?」

「それは勿論」


 オリヴィアはまだ疑問に思っているようだが、こうして話してる時間の方が勿体無いと思ったのか、それ以上聞いてくることはなかった。



 *



「……どうしてこうなった?」

「私が聞きたい」


 私とオリヴィアは、満足がいくまで打ち合い、「疲れたので終わりにしようか」「そうしよう」となったときだった。

 何とはなしに男の騎士が訓練をしている方を見てみると……。



 なんと、ロイドと王子が試合をしていたのだ。しかも、周りには疲れ果てて立ち上がれない騎士の姿があるというおまけ付きだ。



「どうして騎士団の訓練なのに、ロイドさんとセオドリック様がやり合ってるんだ?」

「もう相手がいないからじゃない? みんなへばってるじゃん」

「そうなんだけどさ、ばりばり現役の、毎日厳しい鍛錬を積んでいる、才能もある騎士が、どうして本職以外のふたりに実力も体力も負けるんだ? しかも王子と公爵令嬢の執事って、忙しいだろう?」

「そうだよね。そう思うよね」


 オリヴィアの疑問はもっともだ。私だってその疑問を持っている。

 本当に、なんでこいつらこんなに強いんだろう……?


「……それにしても、どちらも本気だな」


 ロイドと王子のどちらも引かない激しい打ち合いを見て、オリヴィアはなんだか意味深な声をあげる。

 どちらも負けず嫌いなだけだと思うけどなぁ。


「もしかして、ステラを巡って試合をしているんじゃないのか?」

「はあああああああ?! オリヴィア、何言ってるの?!」


 至って真面目にオリヴィアが言うものだから、大声をあげて驚いてしまう。


「そんなことあるわけないじゃん! ロイドは私の執事で、王子は私の良き友人だよ?!」

「……そこまで必死に否定しなくても、ただの冗談だって。こういう展開好きなんじゃないのか?」


 私の予想外の反応を見て、けらけらと笑いながら聞いてくるオリヴィア。

 そんなオリヴィアに、私はきちんと説明しておかないといけないことがある。


「好きじゃない!!」

「そうなの? ステラって恋バナ好きだし、こういう展開考えるのも好きだと思ったんだけど」

「違うんだよなぁ。わかってないんだよなぁ」

「違うの?」


 違うんだよ、全然違うの!


「自分のことに置き換えて考えるのはダメなの。だって、自分のこととして捉えると一気に現実味が増して、めんどくさくなるじゃん? 私、自分の恋愛は平和にいきたいの」


 仮にロイドと王子が私を取り合っていたとしよう。そこに私の意思は含まれていない。負けた方が好きだった場合だってあるはずだ。もしかしたら、第三者が好きかもしれない。

 めんどくさいというか、ややこしくしてるだけというか、現実的に捉えると、決して胸がきゅんきゅんする展開ではないのだ。


 こんな性格だから、乙女ゲームを好きになれなかったんだろうなぁ。あれ、恋愛するの自分だし。


「じゃあ、仮にあそこで戦ってるのが、メレディスとセオドリック様だとして、私を争って戦っていたら?」

「めちゃくちゃテンション上がる」

「反応ががらりと変わって怖い」

「反応が変わるのは当たり前でしょ! だって、目の前で熱い恋愛劇が繰り広げられてるんだよ?! 私には一切関係がないから、純粋に楽しめるし!」


 そんなの最高じゃないか! ニヤニヤと見守りたくなるじゃないか!

 うひょーとテンションが爆上がりしている私を見て、オリビィアは引き気味に、


「……ステラは人の恋愛を、芝居やなにかと勘違いしてないか?」


 と、尋ねてくる。

 なるほど、と思い、一度冷静になって考えてみる。


 確かに、私は人から聞く恋バナをエンターテイメントとして捉えているところがある。

 でも、それは私に限った話じゃない。前世だって、恋バナでは盛り上がったし、恋愛漫画が売れているのだって、みんな恋バナが好きだからだ。


 ……でもまあ、私はやり過ぎているところがあるのは認めよう。


「言われてみればそうかもしれない」

「しっかり考えて、否定しないのか」

「恋バナを趣味のようなものとして扱ってるのは事実だもの。ただね」

「ただ?」


 何か言い訳じみたものがあるのか、とうかがうように、オリビィアは私のことを見てくる。


「私は、ハッピーエンドで、大団円が好きなの! だから、幸せな恋物語を見るためだったら、協力も惜しまないわ!」


 三角関係など、どうしようもない場合を除いて、それ以外が原因で結ばれない恋物語などいらない。

 身分とかすれ違いとか、恋愛を盛り上げるうえでは必要だけど、それが原因で両思いなふたりが結ばれないなんて、たまったもんじゃない。

 そういうものを阻止すべく、私は頑張りたい!


「観客が乱入してくるタイプの芝居なのか……」

「いいえ、違うわ」 


 こほん、と咳払いをして、私は宣言する。


「私はそう、監督! 監督的な立場でいたいのよ」

「干渉してくる気満々なのか」

「あくまでお手伝いの範疇だけどね。必要とあらば、どんな手を使ってでも助けてみせるっ! 私が幸せになる恋バナのために!」

「……ここまでくると、いっそ清々しいな」


 やれやれと言わんばかりに、オリビィアはため息を吐いた。


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