10 無事にフラグは回収されました

 ロイドと王子の勝負は、接戦の末にロイドが勝利した。

 自国の王子に勝っちゃう、公爵令嬢の執事ってなんなの……。

 私の執事、チートすぎる。


 ふたりして熱い戦いの余韻に浸っていると、こちらに向かって走ってくる橙色の髪をした騎士がいた。


「オリヴィア、ここにいたのか」


 彼は、メレディス・サクソン。サクソン侯爵家の長男で、跡取りでもあったのに、『向いてないから』という自分の判断で、騎士団に入団した超がつくほど変わり者。

 メレディス自身の評価はともかく、評判は良く、完全に向いてないというわけではないようだった。剣術や武術に優れているっていうのも、事実だけど。


「ステラ様、お疲れ様です」


 この人とは仲良くなれそうと思わせる笑顔を浮かべるメレディス。そのため、彼は身分が高いというのに、身分も性別も問わず友人が多い。

 彼を見ていると、第一印象って大事だなって思う。


 メレディスに挨拶を返すと、興奮気味に話を始めた。


「今日もすごかったですね。オリヴィアと互角に戦えるって、尊敬します。いつ見ても技が綺麗ですよね。素早く、崩れず、美しく。華麗なステラ様にぴったりです。剣舞のようなんですけど、相手にとどめを刺すことも忘れない鋭さ。まるで薔薇の棘のようです。騎士にはできない、見事な剣さばきです」

「いつものように詩的に褒めてくれて、どうもありがとう」


 メレディスは剣術のことになると、途端に口が回り、詩的な表現が息をするように出てくる。

 普段は若干脳筋気味な好青年なのに、剣術の話になると、キザな表現になるのはどうしてなんだろう。

 悪いとは言わないけど、毎回毎回そんなことを言われる私の身にもなってほしい。照れる。


「まだまだ褒められますが? というか、俺がもっと褒めたいので、褒めていいですか?!」

「お断りよ」


 貴方が私のことをありったけの言葉で褒めている間、羨ましそうにこっちを見てくる視線があるんだよ。しかもやけに鋭いんだよ。


 そんな視線にも気づかず、がっかりした様子を見せるメレディス。そんなにか? そんなに語りたかったの?!


「そもそもオリヴィアを探しに来たんでしょ」

「あ、そうです。オリヴィア、騎士団長が呼んでる」


 本来の目的を忘れかけていたようで、大まかな用件を伝える。その後に、オリヴィアの疑問に答える形式で、メレディスが細かいことを説明していた。


「そういうことだから、行かなくちゃいけないみたい。ごめん」

「訓練は終わったんだし、謝る必要はないわよ」


 そこまで言って、オリヴィアに伝え忘れていたことがあったと思い出す。


「あ、そうだ。オリヴィアに聞きたいことがあるから、この後私の執務室来てくれない? 用事全部済んでからでいいから」


 リネットの話をオリヴィアに確かめたかったから、騎士団の視察(視察だったのか?)に来たのに、そのことを話すことなく終わってしまった。

 訓練も話も長引くだろうとは予想していたので、この方がかえって良かったのかもしれない。


「わかった。今日は早く終わると思うから、すぐ行けると思う」


 疲れ切っている騎士たちをちらりと見、オリビィアは苦笑いを浮かべる。

 別れの挨拶をし、オリヴィアとメレディスは去っていった。



「……で? そろそろ出てきたら?」

「き、気づいてたんですか?!」


 私は壁に隠れて、こちらの様子をうかがっていた人に声をかける。


「バレバレよ。視界にがちらちら映るんだもの。隠れるなら、もっと上手く隠れなさいよ」

「ええ、そんなにバレバレですか?!」

「バレバレよ」


 衝撃の事実だ、と言わんばかりの表情をして、壁からリネットが出てくる。メレディスが来る前から、彼女はそこに隠れていた。


 その下手くそな隠れ方に自信を持ってるなんて、そっちの方が驚きだ。


「ええ、そんな。オリヴィア様にもバレてると思います?」

「思うわ」

「オリヴィア様の視界には入らない場所だったのに?!」

「オリヴィアは騎士なのよ? 視界に入らなくたって、人の気配くらいは感じられるわよ」

「そんなぁ……」

「でも安心していいわ。オリヴィア、貴女のこと気にも留めてないわよ」


 自分の背後に隠れている人影があったのに、それを放置したということは、危険性を感じなかった、もしくはやり合っても勝てると判断した、ということだ。

 どっちみち、リネットは相手にされていない。


「良かったぁ」

「良かったの?」


 リネットが心の底から吐き出すような声を出したので、思わず聞いてしまう。


「良かったですよ。ステラ様が怖いこというから、ずっとビクビクして過ごしてたんです」


 オリヴィアが本気で怒ったら、決闘を申し込まれた末に殺される、と言ったことに、リネットは想像以上に怯えているらしい。

 そんなの冗談だよって言いたいところだが、冗談じゃないんだよな……。


「貴女にも怖いものがあるんだ」

「私に怖いものくらいありますよ?!」


 てっきりアホの娘だから、怖いというよりもわけのわからない余裕が勝つのかと思ってた。

「私は大丈夫ですよぉ」とか言った瞬間に、大丈夫じゃなくなるあれ。


「……というか、隠れるの本当に下手くそね。かくれんぼで真っ先に見つかりそう」

「よくわかりますね?!」

「冗談だったんだけど」


 そもそもかくれんぼしてたんだ。この子ならしてそうだけど。領民に混じって、いきいきとかくれんぼしてそうだけど。

 絶対、この歳になっても誰よりも本気でやってるタイプでしょ。目に浮かぶ。


「昔から、かくれんぼを全力でやってたのに、いつも最初に私が見つかるんですよね。『これならいける!』と思っても、いつも見つかるから、みんながすごいんだと思ってました……」

「貴女が隠れるの下手なだけよ」


 ここまでくると、尊敬できるレベルだ。この子、天性のアホの娘なんだな。


 そんな感じで、リネットと話していると、


「あ、ステラ」

「お嬢様、お疲れ様です」


 と、王子とロイドがやって来た。こうして顔がいいふたりが並んでいると、絵になるな。

 強い上に顔もいいとか、流石乙女ゲームの世界。


「ふたりとも、今日も絶好調だったね」

「おかげさまで、有意義な訓練ができました」

「王子に勝ってたもんね」

「手加減するなと殿下に言われてますので」

「そう言われて、遠慮もなく戦えるだけで、たいしたものだと思う」


 普通、王子なんていう高位の存在に、「手加減は無用だ」なんて言われても、怪我させたらどうしよう、それが理由で罰せられたらどうしようと思って、遠慮してしまうものだ。


「殿下は本気で戦って怪我をしても、僕を咎める性格ではないですし、何かあったら、お嬢様が何とかしてくれるでしょう?」


 いたずらをするように笑うロイドを見て、気が抜けてしまう。


「それもそうね」

「ですから、僕も本気で戦えるのです」


 と、ここまで会話をして、王子やリネットがこの場にいることを思い出した。

 ついついロイドといつものように話してしまい、王子やリネットをほったらかしてしまった。


 何か話を振ろうと思い、王子の方を見る。


「……えーと?」


 予想外のことが起きていて、思わず声に出してしまう。


「お嬢様、どうかしましたか?」


 私の異変に気がついたロイドが声をかけてくるが、視線の先の王子とリネットを見て、納得がいったようだ。


 そう、王子とリネットは一言も発することなく、目を合わせていたのだ。しかも、頰を赤く染めて。まるで、たった今、一目惚れしました、と言わんばかりに。


「……どういうこと?」

「つまりそういうことでしょう」

「……だよね。そうだよね!」


 ロイドはうなずいて、決定的な事実を告げる。


「完全に王子ルートに突入ですね!」


 だよね。私にもそう見える。

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