11 王子ルートに突入しちゃいました!
「王子? リネット? どうかした?」
見つめ合うふたりを現実に引き戻すべく、私は大きな声を出す。
流石に大声には反応したようで、ふたりともはっと肩を揺らしていた。
「ふたり揃ってぼうっとしてたけど、大丈夫? 具合でも悪いの?」
「……いいや、なんでもない。大丈夫だ」
「私も大丈夫です」
早口で言うふたり。まだほんのりと顔が赤い。
恋に落ちたことに気がついてないふりをして、私は話を進める。
「あ、王子。そういえばこの間、面白いメイドがいるって話したよね? それがこの子」
「ええ、ステラ様そんなこと話してたんですか!」
「だって貴女、面白いくらいに記憶に残ってるんだもの」
恥ずかしそうに慌ててるリネットの姿を見て、あくまでツンと返す。
面白いメイドがいるって話したのは嘘なんだけどね。でも、リネットがいる前で、乙女ゲームがどうのこうのって言うのは気がひけるし。
「そうか、この子が」
「ほら、挨拶をしなさい」
とん、と軽くリネットの背中を押すと……、
「ひゃわ?!」
彼女は盛大にこけたっ!
額を、びたーんと打ったな。痛そう。
「ちょ、お嬢様、何をしてるんですか?! そんなにヒロインをいじめたいんですか?! 悪役令嬢の
ロイドが小声で言ってくる。子声で言ってるのに、驚き具合が見事に表現されていて、反論するのをすごいなと思ってしまった。
「私、そんなに強く押してない!」
「でも、転びましたよ」
「リネットがただ単にドジなだけでしょ!」
やりすぎなんじゃないの、このドジっ娘っぷり!
出会いイベント、転ばせとけばいいとか、そういう安易な考え方、いけないと思う!
私たちがひそひそと話しているのを構うことなく、王子とリネットはふたりの世界を形成していた。
「大丈夫?」と尋ねながら、優しく手を差し出す王子。
「あ、ありがとうございます」と少し恥ずかしそうにしながら、その手をとるリネット。
恋愛漫画なんかで見開きのページで描かれる、出会のシーンみたい。
というか、ここ乙女ゲームの世界なんだった。ヒロインと攻略対象の出会いイベントじゃん。
「王子とリネットの出会いイベントってこんな感じなの?」
「場所は違いますが、シチュエーションは大体同じです」
「つまり、リネットが盛大にこけて、王子が手を差し伸べるってこと?」
「そうです。何回も説明しましたよね? まだ足りないんですか?」
ロイドがにっこりと笑みを浮かべてくる。怖い。また語り倒してくるぞ、これ。
そもそも、簡潔にわかりやすくまとめることもできるのに、長く喋るロイドが悪いんだよ。長く話されたって、わけがわからなくなるだけだ。
「いや、今はいいよ。それより、ヒロイン転びすぎじゃない? 呪いにでもかかってるの?」
「それは気づかないふりをするのが、界隈の暗黙のルールでした」
「そんなルールあったんだ……」
ルートが五つもあって、その度に違う攻略対象+ライバルキャラが出てきて、キャラクターも多いんだから、最初の出会いイベントがかぶるのは仕方がないのかもしれない。
乙女ゲームならなおさらだ。大事なのは出会いじゃなくて、攻略していく過程なんだから。
「で? どうする?」
「どういうことですか?」
「またふたりだけの世界を作ってるんだけど、どうやって引き剥がす?」
「表現が悪役令嬢そのものですよ……」
確かに今のは、愛するふたりの仲を邪魔する悪役っぽい気がする。
でも、仕方ない。だって、あいつらすぐふたりだけの世界に行っちゃうんだから。
「……置いてく?」
「そうしてもいいと思うんですけど、放っておいたらずっとこのままな気がします」
「だよね」
この様子だと、日が暮れるまで見つめ合っていそうなんだよな。
リネットはともかく、片方は王子だから、気軽に声をかけられる人なんて限られているだろう。
「お嬢様、お願いします」
「ロイドって破滅回避どうのこうの言ってるけど、実は私のことを悪役令嬢にしたいんじゃないの?」
「そんなことないです。だって、この状況をなんとかできるのはお嬢様しかいないじゃないですか」
「それはその通りなんだけど、納得がいかない」
ふたりの仲を邪魔するしないに、声をかけるのがめんどくさい。
さっきも声をかけたのに、またすぐにふたりの世界に旅立ってしまったのだ。また声をかけても無意味だと思ってしまうは仕方ない。
だけど、このまま放置しておくわけにもいかず、声をかけるしかない。
「おっほん」
わざとらしく咳払いをしてみる。咳払いというよりは、「おっほん」と言っただけのような気がする。
そんなわざとらしい大きな咳払いに、ふたりは揃って私の方を見てくる。
「そろそろ見つめ合うの、終わってもいいと思うんだけど。どうしても続きがやりたいなら、やることやってからにしなさい」
「その言い方、なんか別の意味に聞こえますね」
「別の意味なんてない。
……リネット、貴女、仕事の途中なんじゃないの?」
リネットの方を向いてそう言うと、リネットは「あー!」と叫び出す。
案の定、リネットの頭の中からは『仕事』という単語が抜けていたようだった。
「そうでした。仕事の途中でしたっ。失礼しますねっ!」
慌ただしく一礼すると、どどどどどっとすごい足音を立てて、走っていた。
走るのは速いんだけど、その足音どうにかならないのかな? 完全に乙女として終わっている。
「リネットさん、結局自己紹介もしませんでしたね」
「そう言えばそうね」
王子と見つめ合って、転んで、助けてもらって、また見つめ合って、最後に慌てて去っただけ。何がしたかったんだろう、あの子は。
「でも、名前を言わないで立ち去るって、ロマンチックじゃない? ガラスの靴を落としていくシンデレラみたい!」
「王子様の方は名前をすでに知ってますけどね」
「そういう野暮なこと言わない!」
リネットの乙女らしからぬ振る舞いに目をつむれば、ほぼほぼシンデレラみたいなものだ。
お城で王子様に見初められる……! なんてロマンチックな響きなんだろう!
「それで、王子。一目惚れしちゃった感想は?」
リネットが消えた方をぼうっと見ている王子の背中を、私は「夢から覚めろ!」と言わんばかりに叩く。
「うわっ?!」
「ぼうっとしすぎ。浮かれすぎ」
バシバシと追い討ちをかけるように追加で叩く。
「痛い痛い。やめて」
現実に戻ってきたようなので、私は叩くのをやめた。
「一目惚れしちゃったの?」
「……」
ニヤニヤとしながら私が聞くと、王子は顔を真っ赤にして黙った。
おおう、自覚はあるんだ。沈黙は意外と物を雄弁に語るからねぇ。
「ほうほう。それでそれで? どんなところに惹かれちゃったのかな?」
「……ゲームの画面で見るより何倍も可愛いなって」
「ほうほうほうほう」
気楽に話せる幼馴染から、こんな初々しい恋バナが聞けるようになるとは! これだから人生は楽しいよね!
私がひとりでテンションを上げていると、王子が深刻そうに呟いた。
「……僕なんかにはもったいない」
「それはリネットがいうセリフだと思うんだけど」
基本的にリネット側が言うセリフだよね?
王子の立場だと、「もったいない」って言うより、「苦労をかける」的なことを言いそうだけど。
「正直、僕は迷ってるんだ」
「何か迷うことあるの?」
「……自分のこの感情を優先するか、自分の信念を貫き通すか!」
「信念?」
なんか、しょうもないことを言いそうな予感。
「僕はいつだって、百合を愛してきた。推しカプをとことん推してきた。なのにっ!そんな推しカプの片方に恋をしてしまうなんて、なんという屈辱っ!」
「それくらいで屈辱言うなっ!」
「油断してた。まさかこんなに惹かれてしまうなんて。僕は一生百合を応援する男を貫こうと思ったのに!」
「言い方カッコいいけど、結局独身を貫くってことだよね?!」
この国では同性婚が認められていないので、百合を応援する=女の子とくっつかない=独身という方程式が成立する。
カッコいい言い回しに騙されそうになるけど、冷静に考えるとわけのわからない理由で、独身でいると言っているだけだ。
「ああ、僕はどうすればいいんだ……!」
「普通にリネットとくっつけばいいと思う」
「そんなことしたら、自分で
「私はリネットをどうも思ってない! むしろ積極的に崩してほしいな!」
私がそう言っても、頭を抱えてあーでもないこーでもないと唸っている王子。ちょっと絵面が良くない。
「これはもう病気だ」
「お嬢様の恋バナに対する熱量と同じものだと思います」
「ロイドの乙女ゲームに対する熱意ともね」
……こう考えるとこの場にヤバいやつしかいないな。
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