12 破滅回避に真剣なのは執事

「お嬢様、今日という今日は逃がしませんよ」


 執務室に戻ると、ロイドが真剣な顔をして言ってくる。


「私、何からも逃げてるつもりもないけど?」


 私の座った向かい側のソファーに座るようにすすめながら、私は尋ねる。

 本当に心当たりがなさすぎる。なんだかんだ言って、ロイドの出してきた課題はこなしてきたつもりだ。


 ソファーに座ったロイドは一息置いて、きりっとした瞳で私を見てくる。


「逃げてます。破滅フラグを回避しようとしていないじゃないですか!」

「それは逃げって言わなくない?」


 自分で言うのもあれだけど、逃げてるっていうよりは、堂々とフラグを立ててる気がする。


「言います。そりゃあ、破滅は怖いかもしれないですけど、」

「そんなこと全く思ってないけど」

「立ち向かわないといけない問題なんです」

「私の話を聞く気ないな」

「僕がいます。一緒に頑張りましょう」

「普通ならときめくセリフなんだろうけど、きゅんともこないな。不思議だな」


 もっと違う場面で、そう例えば、マラソンの練習なんかでくじけそうになったときに、同じセリフを言ってくれたら、滅茶苦茶ときめくんだけどな。

 今言うべきセリフじゃない!


 はあ、とため息を吐いた私は、


「大体、悪役令嬢と違って、ヒロインいじめてないし」


 と、足を組みながら言う。

 ロイドの鋭い視線が私に刺さる。『足を組むな』『破滅フラグをなめるな』のダブルパンチだろう。


 この場にはロイドしかいないわけだし、しれっとした顔でそのままでいることにする。

 先に諦めたのはロイドの方で、少し不満そうな顔をしながら、話を続けた。


「いじめてないって……。お嬢様、さっきヒロインのことを転ばせていたじゃないですか」

「確かに転んだ原因は私にあるのかもしれないけど、転んだのはリネットが悪い! 私は悪くない!」

「仮にそうだとしても」

「仮にってなんだよ、仮にって」


 そんなに強く押してないんだって。どんなに頑張っても、少しよろけるくらいの力加減だったはずだ。


「お嬢様が自覚してないだけで、相当強く押した可能性もあるわけで」

「無自覚怪力みたいに言わないでくれる?」

「……はっ。まさか、わざと力強く押したんですか?」

「どうしてそうなる」


 知ってはいけない真実を知ってしまった感を出すんじゃない。そんなこと、してないから!


「とまあ、冗談はさておき」

「今日の貴方はノリノリね」


 いつもに増して、ロイドのテンションが高い気がする。やっぱり、乙女ゲームのワンシーンを見てしまったから、あふれ出る高揚感が抑えられないんだろうか。

 オタクあるあるなので、あまり触れないようにしよう。


「お嬢様がわざと転ばせたわけじゃないにせよ、ゲームの強制力ってやつで、真実がねじ曲げられる可能性があります」

「つまり、リネットが『強く押された』と言ったのを王子たちが信じたり、王子たちは私がリネットを強く押したように見えたり、するってこと?」

「そういうことです」


 なるほど。確かに事実をねじ曲げて捉えてしまう人は、乙女ゲームが関係なくても一定数存在する。

 私がやってないと言っても、リネットが言った、王子が見た、第三者も見た、と言われたら、私が不利になるだろう。


「でもさ、この先リネットをいじめる予定もないよ?」

「逆にあったら困りますが……。それすら曲解される可能性が」

「やってないことをやったことにされたり、リネットの被害妄想が拡大したり?」

「そんな感じです」


 あるあるだな。でもそう言うのって、悪役よりヒロインの方が被害にあってそうなものだけど。


「でも王子と仲良いしさ、大丈夫でしょ」

「恋愛は人を変えます」


 食い気味にロイドは言ってくる。ザ・経験談って感じがしたけど、大方乙女ゲームでの経験談だろう。そうであることを祈っている。


「……乙女ゲームの強制力ってすごいね?」

「この世界にどのくらい強制力が働いているのかわかりませんが、侮ってはいけません。念には念を入れなければ」


 ロイドの念には念をって、普通の人の何倍も念をいれるからな。もっと肩の力を抜いて、楽にしてもいいと思う。


「でも、多少の冤罪なら、もみ消せるけどね? 王子もいるけど、直接の相手はリネットだし。田舎の男爵家なんか手もかからず潰せるでしょ」

「怖いこと言わないでください。悪役令嬢ですか?」

「違うよ?」

「違いません。お嬢様は紛れもなく、乙女ゲームの悪役令嬢です」

「お前が否定する気なくてどうする?!」


 あっさり肯定しちゃったよ!

 確かに、『キラ☆メモ』だと、ステラ・ラウントリーというキャラクターは悪役令嬢かもしれないけどさ。

 私は悪役令嬢じゃないし、なる気もない!

 むしろ、王子とリネットの恋を応援する立場だよ!


「ゲームの強制力ってのが強くて、あることないこと誇張されて話されて、完全な悪役に仕立てあげられたら、何やっても無駄じゃない? 詰んでない?」

「やっとことの重大性に気づきましたか?」

「重大性っていうかさ、回避回避言ってるけど、そこまでされるなら無理じゃん?って話」


 どんなにいいことをやっても、何もしなくても、関わらなくても、事実がねじ曲げられてしまうなら、意味がない気がする。


「ですから、お嬢様がセオドリック殿下を落とすのです!」

「はい?」


 どうしてそう言う結論になる。

 そして、ロイド。お前、発想が悪役令嬢だよ。


「いつも一緒にいて、お嬢様の魅力に気がつかないだけなのです。ですから、いかに良い女か教えて差し上げましょう!」

「……褒めてくれてどうもありがとう。でもね、根本的に間違ってると思うんだ」


 テンションが壊れているからか、恥ずかしいセリフを軽々と口にしてくる。

 なんなんだこの男。そんないい顔で、口説くようなセリフを言うんじゃない。


「私、別に王子のことラブじゃないのよね」

「そうなんですか?!」

「なんで驚くの?! 良き友人だってずっと言ってるよね?!」


 今の今まで知られていなかったことが悲しすぎる。


「冗談ですよ」

「……念のために聞くけど、どこまで?」


 にっこりと笑うロイドに、悪寒しか感じないのはどうしてだろうか?

 全部、冗談だよね……? そうだよね?


「王子のことが恋愛的に好きじゃないって話を知らないってところです」

「え? じゃあ、『王子を落とせ』って言ってたのは本気なの?」

「本気です」

「マジ?」

「マジです」

「マジのマジ?」

「マジのマジです」

「マジのマジのマジ?」

「……これいつまで続くんですか?」


 あまりにしつこい確認作業に、ロイドがツッコミをいれてきた。

 それほどまでに、冗談であってほしいという私の淡い期待が込められていたというのに。


「いつまでもって言ったら?」

「いくら専属執事だからと言っても、これは流石に無理です」

「えー、ケチ」


 わざとらしく口をとがらせてみる。


「……じゃあ、お嬢様はどう対策をするのですか?」


 すると、ロイドは仕方ないなと言わんばかりにそう尋ねてきた。

 ロイドのこういうところって甘いし、優しいと思うんだよね。


「何かをしても、しなくても、事実をねじ曲げられる可能性があるってことだよね?」

「そうです」


 やって後悔するか、やらずに後悔するかの違いだけって話だ。

 だったら、答えは決まっている。


「だったらね、潔く、王子とリネットの恋を応援しようと思うの!」

「今までと何も変わらないじゃないですか」

「そう。変わらない。変わらなくていいんだよ! だって……」


 間を置いて、ロイドの瞳をじっと見る。


「これが、私のやりたいことなんだから!」


 なんの問題もなし! 


「もしそのせいで、破滅フラグやらゲームの強制力やら、面倒なことになったとしても、大丈夫。まとめて相手をしてあげるから。いつだって、愛は勝つんだよ!!」

「……お嬢様らしいです」


 呆れたように、ロイドはため息を吐いた。でも、口元は微笑んでいたのを、私は見逃さなかった。

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