13 悪役令嬢と女騎士は気合いを入れる
私たちの話がひと段落つくのを見計らったように、こんこんとドアがなった。きっとオリヴィアが来たのだろう。
ロイドがドアを開けると、そこには騎士団の訓練服からシンプルなワンピースに着替えたオリヴィアがいた。
「さっきぶりだな、ステラ」
「よく来てくれたわ、オリヴィア」
軽く挨拶をすると、ロイドがオリヴィアをソファーに案内する。一息をつくと、私は早速話を切り出した。
「オリヴィア、リネットのことで聞きたいことがあるんだけど」
オリヴィアは「それは誰?」と首を傾げる。
顔を合わせたくらいだし、名前を知らなくても当然だけど、ここまであっさりしてると、びくびくしてたリネットが可哀想に思えてくる。
「何人目かの貴女の被害者」
「人を犯罪者みたいに言わないで」
「オリヴィアの嫉妬でたくさんの人が怯えてるかわかる? 自覚ないと思うけど、嫉妬してるときのオリヴィア、目がすっごく怖いんだよ」
人を殺せそうとまでは言わないが、明らかな威圧行為だ。普段は穏やかな顔をしているから、余計にだ。
本当に自覚がないようで、オリヴィアの首はどんどん曲がっていくだけだ。
当の本人に自覚がないのだから、改善されることはないんだろうなと思いつつも、一応「気をつけなよ」とだけ、言葉をかけておく。
「それで、リネットのことなんだけど」
「どんな子?」
「赤髪でお団子をしている子。あー、転んで頭から水をかぶった子って言った方がわかりやすい?」
「ああ。あの天才的なドジっ娘か」
頭から水をかぶった子のことは覚えていたみたいだ。名前を知らなかっただけ、ということだろう。
良かったね、リネット。貴女、存在は認識されてたみたい。
「その子がリネットっていうのか。なるほど」
「急にどうしたの?」
オリビィアは何かを考え込むようにうなずいた。
「……ドジっ娘――リネットにハンカチとられたんだよ」
「はい?」
「この言い方だと悪意があるな」
まるで、「悪意をこめるつもりはなかった」と言っているようだが、今の発言に悪意がこもってない方が驚きだ。
出来心でほんの少しの悪意を混ぜただろ。
「メレディスが私のあげたハンカチを、リネットにあげたんだよ」
どんっ、と机に拳を叩きつけるオリヴィア。心底悔しそうだ。
そういえば、リネットも「ハンカチをもらった」みたいなこと言ってたな。
「一生懸命刺繍もいれたのに! 信じられない!」
「頑張ったんだ」
「頑張った」
何を隠そうこのオリヴィアという女、普段は騎士団できりっとしたかっこいい雰囲気を纏っているくせに、可愛いものが大好きなのだ。しかも手先が器用で、刺繍は勿論、自分でぬいぐるみや小物を作ってしまう。
ギャップ持ちで、嫉妬深いという、なんとも面倒くさい女、それがオリヴィア・プレイステッド。
ロイド曰く、ゲームでもこんな性格だったようで、メレディスを攻略するのは、少なからず心が痛んだそうだ。
「頑張ったのに。メレディスにとって、私からのプレゼントなんて、気軽にあげられるくらいのものだったんだ。他の女から貢がれるものと変わらなかったんだよ……」
「自分が他の貢いでる女とは違うみたいに言ってるけど、違わないからね? むしろ同じ部類だよ? 少しは距離が近いかもしれないけど、恋人でも婚約者でもないんだからさ」
「そんなことわかってる! わかってるから、言わないで!」
オリビィアは涙目で訴えてくる。
オリビィアとメレディスは、実は婚約者でも恋人でもない、ただの仲の良い同僚なのだ。
一歩間違えれば、プレゼントを渡してきたり、勝手に嫉妬してきたり、迷惑な女なのだ。そんなこと、メレディスは思ってないから、今の状態でも良好な関係が築けているんだろうけど。
というかね、ふたりが両思いなのは、騎士団にいる人ならみんな知ってる事実だ。みんな揃って、「はよくっつけ」と思っている。
気づかずうじうじしているのは、当人たちだけだ。
「プレゼントを渡す勇気があるなら、告白すればいいじゃん」
「プレゼントと告白は全く別物なんだよ」
「はいはい」
「そうなんだからな?!」
「そういうことにしておこうね」
軽く流されたので、オリヴィアはむすっとする。
「大体、私たちが結婚だなんだってなると、ややこしくなるんだよ」
「結婚したいと思ってるんだ」
「話の腰を折るなっ」
冗談はさておき、オリヴィアとメレディスの縁談をまとめるとなると、いささか面倒くさくなるのは、その通りなのだ。
メレディスは侯爵家の子息であり、伯爵家のオリヴィアよりも位が高い。だが、彼が所属している騎士団で、その団長がオリヴィアの父だ。
どちらが婚姻を申し出てもいいのだが、どちらが婚姻を申し出てもまずい状況になる。メレディスとオリヴィアの婚姻に文句がある――そこが結びつくとまずいと考える貴族にとって、いちゃもんをつけやすいのだ。
それに現状から考えるとメレディスが婿入りするだろうし、そうするとメレディスは身分が下がることになる。
貴族の結婚ってややこしなぁ、と毎度のことながら思ってしまう。
「言いたいことはわかるけど、結局言い訳だよね?」
「言い訳なんかじゃない」
「そんな風に先延ばしにしてたら、知らない女にとられるわよ。例えば、リネットとかね」
可能性はゼロではない。だって、リネットは乙女ゲームのヒロインで、メレディスは攻略対象なんだから。
まあでも、リネットは王子に一目惚れしたっぽいし。メレディスはオリヴィアのこと好きだし。問題はない。
けれど、いい加減にこいつら進展させないと。
私が恐ろしい可能性を匂わせると、オリヴィアは一気に顔色が悪くなる。
「まさか、協力してくれとでも頼まれたのか?!」
「どうだろうね?」
冷静に考えれば、行儀見習いに来ているメイドが、公爵令嬢の私にそんな頼み事はしないとわかる。だが、今のオリヴィアは冷静とはほど遠い。
「恋愛に関することなら進んで協力してくれると言ったじゃないか!」
「それは両思いのときの話。残念だけど、リネットとメレディスが両思いなら、迷わずそっちを応援するわ」
「そんなっ?!」
「メレディスが誰かにとられるところを想像してショックを受けるくらいなら、そろそろ覚悟を決めなさい」
そう言い放つと、オリヴィアは口をつぐみ、真剣な顔で考え込む。
そうだ、オリヴィア。それでいいんだ、オリヴィア。
大事なのは、一歩を踏み出す勇気だよ……!
オリヴィアは覚悟を決めたのか、戦場に向かうような緊張感のこもった空気を醸し出す。
そして、敵を射るような目つきで、私を見てきて、
「……わかった。告白、する」
と、宣言した。
「こうなったら、やる。私はやるぞ!」
「気合いが入ってるね、オリヴィア! その意気だよ!」
更に活を入れようと、オリヴィアに負けじと私も声を張る。
やっと、やっと、告白する気になったのか! 長かった、長かったよ……!
「そういうことだから、まずは準備を始めないと」
拳を固く握りしめて、オリヴィアは立ち上がる。
急に闘志が上がってどうしたんだろうと思うけれど、本人がやる気になったんだから、つっこむのは野暮だろう。
告白は乙女の一大行事。念には念をいれないとね!
「そういうことだから、私は帰るぞ。こうしている時間がもったいない」
「わかってるよ、オリヴィア。頑張ってね」
「やってやる」と呟いて、オリヴィアは執務室を出ていった。
そんなオリヴィアの背中を見ると、ふふふと私は笑い出す。
「お嬢様、急に笑い出してどうしたんですか? 怖いですよ」
私とオリヴィアの会話中、空気のように控えていたロイドが、「嫌な予感がする」と言いたげな表情を浮かべていた。
「……ねえ、ロイド。オリヴィアの友人として、少しくらい手助けをしてもいいよね?」
「お嬢様がやると、少しにならないと思うんですが」
「いいに決まってるわ! そうと決まったら、私も気合いを入れなくちゃ!」
「僕の話を微塵も聞いてませんね……」
はあ、とロイドはため息を吐く。
「お嬢様、自分が楽しみたいからって、そんなに気合いを入れて……。自分の欲に忠実すぎませんか?」
「そこはせめて、お節介焼きって言ってくれない?!」
かくして、私のオリヴィアの告白支援大作戦が始まるのだった。
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