23 騎士様の職業病

「ステラお嬢様~。できましたよぅ」


 満足そうにパメラはそう言うと、手に持っていたくしをおいた。


「ありがとう、パメラ」


 お礼を言うと、私は椅子から立ち上がり、くるりと一回転。

 ふわりとカーキ色をしたシンプルなスカートが浮かぶ。


 今日はロイドとオリヴィアと下町に向かうので、地味で軽めな服装だ。

 素材は良い物を使っているので、儲かっている商人の令嬢風だ。

 私的にはもっと平民よりでいいんだけど、変装してても公爵令嬢なので、ロイドもパメラも許してくれないのだ。

 隠密行動的な特殊な理由があれば、もっとラフな格好もできるんだろうけど(というか、しなきゃいけないんだろうけど)、ただ下町に遊びにいくだけだしねぇ。


「これくらいの服装の方が動きやすいし、快適だし、いいんだけどね」

「貴族令嬢に生まれた宿命だと思って、諦めてくださいねぇ」


 下町に行くたびに私が、「普段からこんな服装で過ごしたい」と言うもんだから、パメラはすっかり慣れてしまって、「はいはい」と流すだけだ。

 最初の方は、「お嬢様って変わってますよねぇ」だとか、「私はドレスに憧れますけどねぇ」とか、驚きと共に色々言葉を返してくれたんだけど、今ではさっぱりだ。


 私が言いすぎただけなのか、パメラのレパートリーが少ないだけなのか。

 私的には前者であってほしいけど、どう考えたって後者なんだよなぁ。

 公爵令嬢の私付きになるだけあって、パメラは優秀だし、会話の盛り上げ方だって上手いのだ。


 私の周りには優秀な人が多すぎる。困る。


「ステラお嬢様、楽しんで来てくださいねぇ。でも、あまり油断しすぎないでくださいねぇ、とも付け加えさせてください」


 ふわふわした雰囲気から一転、パメラは真面目な声を出す。

 こうした切り替え、本当に上手いよなぁ……。いつもながら、しみじみと思ってしまう。


「どういうこと?」

「どうも最近、物騒なことが多いようです。大きな事件はまだ起こってないようですが、軽犯罪が増えているようで」

「……嫌な世の中ねぇ」

「下町が若干ぴりぴりしているのは確かなので、油断なさらないようにしてください」


 その言葉にこくりとうなずくと、パメラはにっこりと微笑む。

 だから、私とパメラ同い年なんだけど? 

 どうして、可愛い妹が心配で助言をした姉とそれを素直に聞き入れた妹みたいな雰囲気になってるの?! どうして?!


「まあ、ステラお嬢様とロイドさんならよっぽどのことがない限り、大丈夫でしょうけどぉ。それに今回ご一緒するのは、オリヴィア様ですしねぇ」

「どう考えても九割九分は痛い目見るのは相手よね」

「あはは。そうですねぇ」


 パメラにつられて笑いながらも、浮かれていた気分を引き締める。

 楽しむのも大事だけど、それで油断して何か起こりました~だと笑えないからね。


「でも、何が起こるかわからないしね。気をつけるわ。ありがとう、パメラ」

「いえ~。あまり気にせず、楽しんできてくださいねぇ」

「それは勿論っ!」


 気を張って楽しめないだなんてそんな間抜けなこと、ステラ・ラウントリーがするわけないじゃない!



 *



 とまあ、楽しむことと油断しないこと、両立させるつもりだったのだが。

 いつもよりちょこっとも警戒する必要なんてなかった。むしろ、いつもより楽しむことに集中して大丈夫だった。


 理由は単純。

 私にはロイドがついているから。

 完璧主義者で、心配性で、チートな執事、ロイド・バズウェルがついているから。


 下町がちょっとよくないことになってるのは、ロイドの耳にも入っているはずだ。

 そんなことを聞いて、警戒をしない男じゃない。あいつは警戒しすぎる男だ。


「……ロイドはどうして店の中に入って来ないんだ?」


 目の前に広がるファンシーな小物を見て、珍しく浮かれているオリヴィアが不思議そうに尋ねてくる。


「いくらロイドでも、入りづらいでしょ」


 女性向け、しかも“可愛い”に極振りした雑貨を取り扱う店に、私とオリヴィアはいる。ロイドは外で待機している。


 男性禁制なわけではないけれど、パステルカラーやレースなどそういった“可愛らしい物”たちが男性が近づきがたい雰囲気を醸し出している。

 まあ、ロイドなら何食わぬ顔でドアを開け、可愛らしい雑貨を買い、帰っていきそうだけど。


「そうじゃない。確かに入りづらいかもしれないが、ロイドさんは気にしないだろう?」

「よくご存じで。私もそう思うわ」

「私が聞きたかったのはそういうことじゃない」


 オリヴィアの質問の意図がわからなかったので、「どういうこと?」と聞き返す。


「ロイドさんはステラの護衛も兼ねてるんだろう? それなら店の外を警戒するのではなく、共に店内にいて、側についているのが普通ではないか?」


 オリヴィアも言葉が足りないと思ったのか、より詳細に話してくれる。


 ああ、なるほど。そういう疑問か。

 オリヴィアも、下町の状況は多少なりとも知っているのだろう。

 だからこそ、騎士として護衛の仕方に疑問を持ったというわけだ。


 職業病じゃないの、これ。

 休日くらい騎士の考えから離れましょうよ。


「普通はオリヴィアの言うやり方が適当なんだろうけど……。ほら、私って強いじゃない?側にいるオリヴィアだって強いし」

「だからってこと?」

「そう。私が自分の身は自分で守れるから、ロイドはこうして外を見張っているわけ」


 こうなるのは久しぶりだけどね。

 普段なら私とロイド、ふたりで下町へ来ることが多いから、一緒に入る。

 外で待っててもらうって、居心地悪いし。


 オリヴィアは私の答えに満足したらしく、また目の前にある可愛い小物たちに集中し始める。


 え? 何この、『今のは他愛のない雑談ですよ』的な雰囲気。

 オリヴィアにとって、今のはただの雑談だったの? マジで?


 ……騎士様、恐るべし。


 でも、可愛い雑貨を見ながら、護衛云々の話をするべきではない。

 何のための休日だ。何のためのお出かけだ!


 というわけで、私は仕掛けることにした。


「こういう可愛い雑貨見てるのも楽しいけどさ、メレディスにプレゼントするハンカチか何かの材料、探しに行かなくていいの?」

「きゅ、急に何を言うんだ?!」


 かああああと音が聞こえてきそうなくらい、一気に顔を赤く染めるオリヴィア。


「え? プレゼント、渡さないの? 告白するときにプレゼント、渡さないの?」

「そ、その前に決闘があるだろう!」

「でも、勝つんでしょ?」

「それは勿論」


 そこは変わらず自信満々なんだよな……。


「だったら、プレゼントくらい用意しておかないと! 手作りだったら女の子ポイント高いし、勝つことを見越して用意してたなら騎士ポイントも高いでしょ!」

「そ、それは……。で、でも、め、迷惑かもしれない……。だって、私のあげたハンカチ……」


 そう言えば、メレディス、リネットにハンカチをあげてたんだっけ。

 もらうこと自体は嬉しいんだろうけど(だって好きな人からのプレゼントだし)、可愛すぎるから、もらった後が困るんだろうな。


 あげてしまったメレディスが全面的に悪いけど、気合いが入って可愛くしちゃうオリヴィアもオリヴィアだよな……。

 こいつら、不器用っていうか、なんというか。


「だったら、メレディスに似合う物とか、好きそうな物をあげればいいんじゃない? 可愛い刺繍がほどこされたハンカチは持ちづらいんじゃないの?」

「……確かにそうだな。つい気合いが入って、可愛くなっちゃったかもしれない。満足感であんまり気にしてなかった」

「オリヴィアらしい」


 普通の恋する乙女だったら、彼に似合う物を考えて作るんだろうけど、オリヴィアは普通の恋する乙女じゃない。脳筋で一直線な恋する乙女だ。

 常識みたいなものがぽろぽろこぼれ落ちてても、不思議じゃない。


「そうと決まれば、さっそく材料を探しに行こう! いいお店、紹介するから」

「ちょっと待って」


 気合いの入った返事が返ってくるかと思いきや、実際にオリヴィアの口から漏れたのは制止の言葉だった。


「その前にここでの買い物をすませてしまうから」

「あ、はい」


 流石、騎士様。

 まずは目の前の獲物から狩りつくすらしい。

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