22 恋は戦争だ! 戦え!
「えーと、オリヴィア?」
絶望のどん底にいるような、あるいは疲れ切った顔をしたオリヴィアが、私の執務室を訪れていた。
この間まではやる気に満ちあふれていたのに、急にどうした……?
どうやって話を切り込んでいいのかわからず、私もロイドもたいした声かけをできずにいた。
オリヴィアから話題を切り出してくれると助かるんだが、当の本人は暗い顔で深いため息を繰り返すだけ。
こっちまで、気分が沈むので、やめてもらいたいところ。
「……もうダメかもしれない」
ため息とセットで(というかため息の方が大きかった)、オリヴィアはやっとのことで呟いた。
「ダメって何が?」
「メレディスとの決闘……」
「恋する乙女として、そこは告白って言ってほしい」
切実な願いだ。
「それとも、メレディスに負けそうなの?」
「そんなことはない。多分、勝てる」
「だったら、告白って言おうよ?!」
おいおいおい。
決闘じゃなくて、告白がメインなんだよ?
……メインだよね? 私、間違ってないよね?
「メレディスにその気がないんだったら、勝っても負けても変わらない。そもそも本気で戦ってくれるかもわからない」
そんなことは100%ないから、安心して大丈夫です。
メレディスはオリヴィアのことが大好きです。
メレディスの好きな人を伝えてもいいんだけど、そんな野暮なことはできない。好きな人の思いは好きな人の口から聞きたいだろう。
それ以前に、私が言ったところでオリヴィアが信じるとは思えない。
「メレディスが誰のことをどう思っていようと、決闘には本気で挑んでくれると思うけどね。オリヴィアは信じられないの?」
真っ直ぐにオリヴィアを見つめるけど、彼女はまたうつむいてしまった。
「……わかってる。メレディスは本気でぶつかってくれるって。でも、怖いんだ」
「何が?」
「……っ」
あくまで淡々と尋ねる。
私がオリヴィアの言葉を代弁したって意味がない。
オリヴィアがオリヴィアの言葉で、その思いを形にしないといけない。
「……負けるのが」
「だからそこは、振られるのが怖いとか、関係が変わるのが怖いとかって言おうよ?!」
騎士としては正しいのかもしれないけど、恋する乙女としては不合格だ。
恋愛小説を読んで、出直してきてほしい。
「……? 意味は変わらなくない?」
確かにそうだ。
決闘に負けるということは、メレディスが圧倒的に有利になる。
まだ決闘を申し込んでないので、正式な報酬なども決まってないけど、得られるメリットは大きいだろう。
オリヴィアは負けたら、メレディスにどんなことを要求されるのか、ひやひやしているのだろう。
まあ、どっちが勝っても、告白するはずだ。それで、ハッピーエンド。
この、迷走に迷走を重ねているふたりが、すんなりとハッピーエンドになるのか?
不安になってきた。負けた方が、「あなたに私はふさわしくない」とか言いそう。
……というのはともかく。
「そうだね。意味は変わらないね。でもね、全く違うんだよ!!」
「意味がわからない」
きょとんとしているオリヴィアに、一度きちんと説明しないといけない。
恋する乙女の在り方について!!
「負けるのが怖い。それはわかった。騎士であるオリヴィアがそういう表現を使うのもわかる」
「だったら……」
「だけどねっ!」
どん、と机を叩くと、オリヴィアの肩がぴくりとはねた。
「オリヴィアの場合、告白云々よりも、決闘の方が大事だと思ってない? 思ってるよね?!」
「うん」
「告白でふられることよりも、メレディスに勝負で負けるのが怖いんだ」
「うん」
汚れひとつない顔で、うなずくな。
「仮にふられたとしても、それが正々堂々と負けた結果ならいいんでしょ。悔しいってより、清々しい気持ちになるんでしょ」
「うん。よくわかるね」
つまりオリヴィアは、決闘の勝敗なんかどうでもいいのだ。
大事なのは前提条件だ。
オリヴィアが勝って告白をしても、メレディスにふられてしまえば、それは勝負に負けたことになる。
逆に負けたとしても、告白されたり(彼女の頭にこんな考えはないだろうけど)、努力や力量を認められたりしたら、それは勝負に勝ったことになる。
前提条件は、メレディスがオリヴィアのことが好きということ。もしくは好きな人がいないこと。
この時点で、オリヴィアはすでに勝っていると言えるのだけど……。
オリヴィアはメレディスが自分のことを好きだなんて、微塵も思ってないからねぇ。
加えて、メレディスがリネットと仲良くしているところを何度か見てるし(大体は私の仕込んだことだ)、不安になってしまったんだろう。
剣を振る理由が、メレディスに勝つ理由が、わからなくなるほどに。
少し悪いことをしたなぁとは思うけれど、なかなか先に進まないオリヴィアたちが圧倒的に悪い。
だって、こうでもしないと、絶対先に進まないだろうし。
「それじゃダメなんだよ! 負けて、ふられて、でもそれが真剣勝負の結果なら、仕方がないって思うのなんて」
「どうして……? だって、どうしようもない」
オリヴィアとメレディスの場合、諦める必要なんてないんだけど、その真っ直ぐで綺麗な心持ちは、恋の争いには不要だ。
「どうしようもなくないの。どんな手を使ってでも落としてやるって思わないと。一回ふられたくらいで、諦めちゃダメなの。諦めが悪くないと、恋愛戦争になんて勝てないよ」
「恋愛、戦争」
「そう。恋は、戦争だ! 戦いだ! 自分の使えるあらゆる手を使って、意中の相手を落とす。自分のことを好きにさせる。ただ一度の敗北で、諦めてはいけない! 作戦を練り、攻撃し、相手に
「恋は戦争……」
私の演説を、オリヴィアは噛みしめるように聞き入る。
若干一名、冷めた目でこちらを見てくる人がいるけど、気にしない気にしない。
「どう? 騎士のオリヴィアなら、得意じゃない?」
「……うん。戦いは得意だ。粘ることも得意だ」
オリヴィアの表情に光が戻る。
「そうだ。そうだよな。ふられたくらいで諦められるほど、私の思いは軽いものじゃない。告白して関係が変わるほど、私たちの積み上げてきた関係は柔じゃない!」
「そう。そうなんだよ、オリヴィア!」
オリヴィアと私は立ち上がり、熱く力強い握手を交わす。
「私は負けない! やすやすと引き下がってたまるか!」
「よく言った、オリヴィア! オリヴィアなら、勝てる!」
そんな私たちを見て、ロイドが「どうして少年漫画風味なんでしょうね……?」と呟いていた。
オリヴィアには聞こえてなさそうなので、私も聞こえないふりをした。
「そうと決まればオリヴィア。気分転換も兼ねて出かけよう。一番近い休みはいつ?」
「えーと、明後日」
「明後日ね。下町に降りるからそのつもりで」
「……その言い方だと、下町に降りるのは日常茶飯事なのか?」
オリヴィアの問いにうなずくと、「公爵令嬢が……」と呆れた顔をされてしまった。
公爵令嬢でも前世は平民だし、下町の雰囲気は肌に合う。
安くていい物が手に入るし、掘り出し物を見つけられるし。楽しいんだよね。
「護衛は?」
「え? いる?」
「……まさかとは思うが、いつもロイドとふたりで?」
「そうだけど?」
私は自分の身を守れるし、ロイドはチート執事だ。大抵の敵なら、すぐに打ち倒せる。
今回同行するのも、実力のある騎士のオリヴィアだし、三人でも問題ないだろう。その方が気楽だし。
「まあ、ステラとロイドなら……。いやでも、王子の婚約者の最有力候補であるステラに何かあったら……」
ぶつぶつとそんなことを言っているオリヴィアに、ロイドがこんな一言。
「何を言ってもお嬢様は引き下がりませんよ。それに、お嬢様をか弱い令嬢に育てた覚えはないので、心配無用です」
完全に保護者的発言だった。三歳しか変わらないのに……。
なんでこんなに私の執事は大人びてるの……? ねえ?!
オリヴィアが何かを察したような顔をしたので、盛大な咳払いをして場の雰囲気を一転させる。
「告白しようとしている乙女の掌が
さっき握手をしたときに、オリヴィアの手にはたくさんの肉刺があった。
今までもかなりの訓練を積んできて、手の皮は十分に固いはずなのに、まだ肉刺ができるとか、どんだけ負荷をかけたの……?
決闘を申し込む前に、オリヴィアの体が限界を迎えそうだ。
「徹底的に英気を養うわよ! おー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます