24 ひったくり犯はいい仕事をしました。
オリヴィアの買い物が終わると雑貨店を出て、外で待っていたロイドと合流する。
そして、メレディスへのプレゼントの材料を買うべく、私たちは下町探索を始めた。
*
「いい材料が見つかって良かったね」
戦利品が入った紙袋を嬉しそうに抱きしめているオリヴィアを見ながら、私は声をかける。
下町の色々なお店を回るつもりだったが、紹介した一件目のお店で、布も糸もいい物があっさりと見つかってしまった。
メレディスの橙色の髪を少し暗めにした色の布。オリヴィアが「メレディスみたい……」と呟いたので、即決だった。
すぐに見つかったのは良かったけど、私としてはもっと色々と見て回りたかったので、消化不良だ。
まあ、プレゼントの材料だけを探しに来たわけじゃない。あくまで用事のひとつだ。
気を取り直していこうじゃないか!
「ステラのおかげだ。ありがとう」
それにオリヴィアが大満足なので、ぐちぐち言う気にもなれないしね。
「というか、お腹空いたよね。何か食べよう。食べ歩きがしたいけど、屋台出てるかな?」
「朝市は終わってしまってるので数は少ないと思いますが、あると思いますよ」
屋台が賑わってるのは、やっぱり朝市がピークのようだ。
お祭りなんかがあれば、また別だけどね。
うーん。やっぱり朝から来ればよかったかな。
屋台で出してるものって、普通に食べるより何故か美味しいんだよね。
それに普段だったら、食べ歩きなんてはしたないことできないし。
そもそもさせてくれないし。
「公爵令嬢が食べ歩き……」
「え? オリヴィアまさか、食べ歩きをしたことがない?!」
「私は仕事の都合ですることがあるけど、ステラは生粋のお嬢様だろうが」
確かに普通の令嬢は食べ歩きなんてしないよね。
それこそ、「はしたない」って白い目で見られる。社交シーズン中、ずっと笑われそうだし。
「生粋のお嬢様でも、食べ歩きくらいしたいの。いいじゃん。こうして平民の格好してるんだし。ついでだよ、ついで」
「無理矢理だな」
「無理矢理でもいいんだよ。さ、というわけで、食べ歩きをしましょう!」
オリヴィアとロイドの手をとると、私は屋台が並ぶ大通りの方へ歩き始めた。
お昼時だからなのか、それなりに屋台は並んでいて、十分楽しめそうだった。
そよ風にのって運ばれてくる肉や野菜、調味料など、色々なものが混じった匂いが食欲を刺激する。
でも、やっぱり匂いが強いのは肉かな? これは期待できそう。
何を食べようかと、三人でゆっくり歩きながら、きょろきょろと見回していたときだった。
「ひ、ひったくりっ!!」
すぐ後ろで、そんな叫び声が聞こえた。
私たちが後ろを振り返るのと同時に、顔を隠すようにしてローブを羽織った人――ひったくり犯が、オリヴィアにぶつかった。
ぶつかったものの、少しバランスを崩しただけで、ひったくり犯はまた走り出した。
「今のが犯人ですか?」
「は、はい」
被害者の女性に素早く問いかけるオリヴィア。
流石、騎士様だ。こういう場面には慣れているのだろう。
「貴女は自警団に知らせてください。私たちが犯人を追いかけます」
手短に指示を出すと、オリヴィアは犯人をすぐさま走り出す。
その速いこと速いこと。
ロイドは涼しい顔をして追いかけたけど、私はそのスピードに追いつくのがやっとだった。
ふたりとも、足速すぎです。もっと手加減してあげなよ。
現役の騎士が追いかけっこで負けるはずもなく、ひったくり犯にあっさりと追いついてしまった。
ひったくり犯も曲がり角なんかを使って上手く逃げていたみたいだけど、そんな小細工通用するはずもないよね。
「君、ちょっといいか?」
オリヴィアがひったくり犯の腕を掴み、引き留める。
「な、なんですか」
ひったくり犯はこちらを振り返って尋ねてくる。
ローブの隙間から見える顔や声質から、ひったくり犯は女性のようだ。
女性のひったくり犯って珍しいなぁ。
オリヴィアが犯人を捕まえたので、私の心に少しばかり余裕ができた。
「その大事そうに抱えている荷物、君のものじゃないよね?」
「な、何を言ってるんですか。これ、私のですよ」
「本当に?」
オリヴィアが握る手に力を込めたのか、ひったくり犯は表情を歪める。
「本当、ですよ」
「じゃあ、被害者の女性が嘘を吐いていると?」
「被害者……? なんのことですか?」
あくまで知らないふりをするつもりらしい。
そんなふりをしても、オリヴィアがその手を放すことはないだろうけど。
「その、私、急いでるので手を放してもらってもいいですか? 痛いですし」
「申し訳ないが、自警団が来るまではこの手を放すことはできないな」
ぶれない態度で接するオリヴィアを見て、チッと舌打ちをしたひったくり犯は、
「きゃ、きゃああああああああ」
いきなり叫び始めた。
どうすることもできない状況に気が狂ったのだろうか?
「や、やめて。放してください!!」
そんな叫び声に歩いていた人たちが足を止め、こちらを見てくる。
どうした、何事だ、とだんだんとざわめきが広がっていく。
――――ああ、そういうことか。
この状況だけを見るなら、オリヴィアがひったくり犯をどうにかしようとしているようにしか見えない。
オリヴィアが加害者で、ひったくり犯が被害者だ。
このひったくり犯、なかなか頭が回るようだ。
もしかすると、こういう犯罪はお手のものなのかもしれない。
流石のオリヴィアもこうなることは予想外で、混乱しているようだ。
まあ、手は握りしめたままだけど。意地でも放そうとしないところが、流石オリヴィアというか、騎士というか……。
ひったくり犯は驚いて手を放してくれることを期待したんだろうけど、そうならなかったので、必死に抵抗していた。
そんなことをしても、オリヴィアに勝てるはずない。
人が集まり、騒動が大きなものとなっていく。
この騒ぎ、どうやって収集つけたらいいんだろう?
私にはわからないので、とりあえず見守っていることにした。
このひったくり犯、余計なことしてくれたよね。
屋台めぐりをしようとしたところでひったくりをするし、捕まったと思ったら無駄な抵抗をするし、空気読んでほしい。
そもそもひったくりをするな。
最悪、ロイドがどうにかしてくれるだろう。
そんなことを考えていたときだった。
「こんな騒ぎになってどうした?」
と、そんな声が聞こえてきた。
なんだか聞き覚えのある声。下町にそんなに親しい人はいなかったと思うんだけどなぁ?
その声の主を最初に見たのは、ひったくり犯だったようで、
「き、騎士様! 助けてください!」
と、涙声で言った。嘘泣きだろ、お前。
でもまあ、そんなひったくり犯の声は騎士様には聞こえていないようだった。
何故なら――、
「……オリヴィア?」
「え、メレディス?」
その騎士はメレディスだったからだ。
そりゃあ、メレディスの声なら聞き覚えがあるし、いの一番にオリヴィアに目がいくよな。
「それに、ステラ様に、ロイドさんまで? 一体、どうしてこんなところに」
「息抜きだよ」
「息抜きって」
私の答えに、メレディスは苦笑いを返した。
下町に公爵令嬢がいることが公になるといけないと思ったのか、詳しいことは言及してこなかった。
できる騎士だ。見直したよ。
「それで、この状況は?」
「きゅ、急に、腕を捕まれて。私……」
私たちが知り合いだということに焦りを感じたのか、ひったくり犯はすかさず言葉にする。
この状況で何か言えるって、すごいと思う。その根性だけは認めてあげよう。
「そうなのか、オリヴィア?」
「いや、違う。こいつに荷物をひったくられたという女性がいて、それで捕獲しただけだ」
「嘘よ。この女、嘘を吐いてるの。騙されちゃだめ」
嘘を重ねるひったくり犯に、オリヴィアは呆れたようで、はあとため息をつくだけだった。
いやあ、オリヴィアが怒ったり、焦ったりしなくて良かったんだろうけど……。
その代わりに、彼氏さん(仮)が激おこのようである。
いつもにこにこしているのに、その顔からは笑みは消えている。
怖っ。メレディスさん、怖っ。
「そこにいるオリヴィアはそんなことをする人間じゃない。オリヴィアはお前のように、曲がったことが嫌いなだし、正義感に溢れているできた人間だ。そんなオリヴィアをお前の罪を隠すために、侮辱しないでもらえるか」
「……っ」
「それにオリヴィアも騎士だ。こんな人がたくさんいるところで、悪事を働くなんて、馬鹿な真似はしないだろう。もっとも、オリヴィアはそんなことしないがな」
そこでようやく、ひったくり犯は自分が逆鱗に触れてしまったことに気がついたようだ。
顔が可哀想なくらい真っ青。ご愁傷様です。
それからすぐに、自警団がやって来て、ひったくり犯を連行していったのだった。
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