25 一件落着なのかなぁ……?

「オリヴィア、災難だったな」

「……あ、ああ。う、うん」

「……? オリヴィア。どうかしたか?」


 オリヴィアの反応が悪いのは、あんたのせいだよ、メレディス。

 メレディスは、自分の発言を特に気にしてないようで、オリヴィアの様子がおかしい原因がわかっていないようだ。


 好きな人に褒められ、無条件に信じてもらって、嬉しいやら、恥ずかしいやら。

 オリヴィアは感情が爆発する寸前だろう。

 顔が太陽みたいに赤くなっている。真っ赤っかだ。


「顔が赤いぞ? 熱があるのか?」


 鈍感で天然たらしなメレディスは、そんなことはおかまいなしに、ぐいっとオリヴィアに顔を近づける。

 あああああああ。お前! お前っ!!

 少しは意識しなさいよ!! 意識して、そういうことやりなさいよ!!


「ち、近い」

「あ。ご、ごめん……!」


 オリヴィアに押しのけられ、メレディスは自分の距離が近かったことにようやく気がついたようだ。


 好きな人オリヴィアが目の前にいると意識したので、「いい匂いがするな」とか、「綺麗な瞳だな」とか、そんなことを思っているのだろう。

 勝手な私の想像だけど、きっと当たってる。絶対当たってる。


「その、体調が悪いのかって、心配だったから」

「あ、うん。ありがとう」


 初々しいなぁ……。

 決闘で決着をつけようとしていた人たちとは思えないほど、少女漫画的展開を繰り広げている。


 そうだよ、私はこういうのが見たかったんだよ!!

 どうか、このまま続けてください。なんなら、この勢いで告白しちゃってください!!


「お嬢様、顔が気持ち悪いですよ」

「ド直球に言ってきたわね」


 自覚はある。

 こんなの見せつけられて、ニヤニヤするなと言われても、無理がある。


「もう少し、まともな顔をしてください。ここは自室じゃないんですから」

「それなら、公衆の面前でイチャイチャしてるあのカップルに言ってください」


 あれがなければ私だって、もっとちゃんとするし。

 何もなければ、ニヤニヤなんてしないし。


 すべては、急にイチャイチャし始めたオリヴィアとメレディスが悪い。


「お嬢様?」

「……わかりました。気をつけます。ニヤニヤしなきゃいいんでしょ」


 にっこりとロイドが圧をかけてきたので、うなずくことしかできなかった。

 これじゃあ、どっちが主人だかわからないよねぇ……。

 ロイドは色々と気にしすぎなんだよ。


 そんなロイドは相も変わらず、にっこりとしているので(注・目は笑ってない。口角が上がってるだけだ)、私は頬を叩いて気を引き締める。


 ……初々しいカップル(仮)を見て、ニヤニヤしてただけなのに、気を引き締めないといけないって、どんな状況よ。


 いつも通りの表情に戻ったのを確認すると、ロイドは満足そうに首を縦に振った。


「……お前が恥ずかしいことを言うからだっ!」


 すると、タイミングよく、オリヴィアが大声を出した。

 先程よりも顔が赤くなっている。まだ赤くなるのか。すごいな。


 ロイドと話をしていたので、どんな会話をして、オリヴィアが声を荒立てたのか、わからなかった。


 まあ、予想はつくんだけど。

 大方、メレディスがオリヴィアの顔が赤い理由を聞き出そうとしたのだろう。

 そんなこと自分の口から言えるはずがないので、どうにか誤魔化そうとしたのだろう。

 そんなふたりの攻防が続き、ついに「お前のせいだ」と叫びたくなったのだろう。


「恥ずかしいこと?」

「……心当たりが全くないという顔をされても困るのだが。ひったくり犯に言った言葉を思い出せ」


 オリヴィアにそう言われ、しばらく考え込んだら答えが浮かんできたらしく、メレディスはかあああと顔を赤く染めた。

 ふたりそろって、顔が真っ赤っか。お揃いだ。


「……わかったか?」

「……はい」


 目を合わせないように、ふたりとも下を向いている。

 そんなふたりを見て、心の中で、「告れ! 付き合え! くっつけ!」と唱えていた。

 決闘なんかしなくていいから、もうここで付き合っちゃえよ。その方がいいよ。そうしようよ。


「お嬢様、余計なことを考えてますね?」

「……前から思ってたんだけど、ロイドって私の心、読めるの?」

「そんなことできるわけないじゃないですか。長年共に過ごしているから、なんとなくわかるんですよ」

「私はロイドの考えてることわからないんだけどね」


 心が読めても読めなくても、ロイドがチートなことには変わりがないようだ。

 残念ながら、私にはロイドの考えていることがわからない。

 ロイドが難しいことを考えているだけなのか、私が未熟なだけなのか。


「お嬢様、そろそろ助け船を出してあげた方がいいのでは? オリヴィア様も訴えかけるようにこちらを見ていますよ」


 熱い視線は感じていたのだけど、私としてはもう少し見ていたかったので、気がつかないふりをしていたのだ。

 放置してたら、空気にのまれて、告白するかもしれないしね!


「えー。このままじゃダメ?」

「ダメです」


 一刀両断。綺麗に却下された。

 オリヴィアも困っているようだし、告白する空気は全くないし、仕方ないか。


「そういえば、どうしてメレディスは下町にいるの?」


 この気まずい空気をどうにかするべく、話題を変えることにした。


「あ、えっと。俺、今日はたまたま下町の見回り当番だったんです」


 騎士の仕事は、王族や貴族の護衛、国の重要な施設の警備が主な仕事だが、こうして下町の巡回をすることもあるのだ。

 最近、下町の空気が悪いようだし、下町の見回りが強化されているのかな?


「貴族のメレディスが?」

「人がいなかったんですよ」


 貴族が下町の巡回をすることは、皆無ではないが珍しいのだ。

 身分差の問題や差別というわけではなく、単純に平民出身の騎士の方が土地勘があって、何かあったときに対処しやすいからだ。

 逆に、王族なんかの護衛は、幼い頃から接し方を学んできた貴族出身の騎士がやることが多い。

 適材適所ってやつだ。


 だから、侯爵家の長男であるメレディスが下町にいるのは、珍しい。

 彼は優秀だから、どこでも実力を発揮できるんだろうけど。


「ふ~ん」


 話題を逸らすために聞いただけだったので、たいして興味があるわけでもなかった。

 そもそも、ふたりの照れた姿を見ていたかったので、話をふるつもりがなかったし。


 いい加減、進展しないかなぁ。

 まだ、決闘も申し込んでないんでしょ?

 根回しは完璧に済んだというのに。


 あ、そうだ。

 もういっそのこと――


「ねえ。そう言えば、決闘ってどうなったの?」


 私の質問に、ふたりわずかに目を見開いた。

 相手に悟られないよう、大っぴらに表情に出さないあたり、流石、貴族であり、騎士であるなと感心してしまう。


 さっきまでの照れた様子は何だったんだよ、と言いたくもなるけど、言わないのがお約束だろう。


「そう言えば、そのあとどうなったか聞いてないなぁと思って」


 無邪気を装って、私は言葉を続ける。

 隣にいたロイドが呆れた表情をしているような気もしたが、気にしたら負けだ。


「待て、ステラ」


 先に言葉を発したのは、オリヴィアだった。

 決意を固めたことがわかる声音だ。表情も騎士の威厳が出ている。


「ここから先は、私が言う。これ以上、先延ばしにするつもりはない」


 この数日で、オリヴィアはオリヴィアなりに、色々と考えたのだろう。

 そして、決断をした。


 ――――恋という名の戦争に、勝ってみせると。


「メレディス。お前に決闘を申し込む。勝った方が負けた方のいうことをひとつだけ聞く。勿論、受けてくれるよな?」


 挑発するような笑みを浮かべる。

 そんな笑みに、メレディスも答えるように笑った。


「勿論、断る理由なんてない。喜んで受けさせてもらう」


 こうして、思いをかけた決闘が行われることになったのだった。


 なんだか、格好をつけているようだけど、君たち遅すぎるからね? 遠回りしすぎだからね?

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