26 王子はヒロインに会いたい

「……ということが、昨日ありました」


 王子の執務室で、私は昨日の出来事を身振り手振りをつけながら、熱く語った。

 寝ても昨日の興奮が忘れられず、ロイドには語り尽くしたので(というかその場にいたので)、話す相手がほしかったのだ。

 だからこうして、仕事が終わったあとのティータイムに、王子に話をしたのだった。


 いつも王子の話を聞いているので、お互い様なのである。

 王子だって文句を言うことなく大人しく聞いているので、なんの問題もない。

 これぞ、Win-Winの関係。


「最近、色々と巻き込まれてるよね、ステラ」

「そうだね」


 そんな感想、求めてない。

 もちろん私と同じ熱量の感想までは求めていない。だけど、せめて話の内容に触れるような感想がほしかった。


「私が悪役令嬢だからじゃない? 知らんけど」

「都合良く“悪役令嬢”って単語使ってるよね」

「私としては、恋愛関連の事件に巻き込まれるのは大歓迎だから、特に問題ないんだよ」

「ステラがあまり大きな事件に巻き込まれると、洒落にならないからね?」


 公爵令嬢である私が、誘拐されたり、怪我を負ったりしたら、結構な騒ぎになるのはわかっている。

 だけど、だけど! 規模の大きな事件イベントこそ、恋愛が発展するんだよ。吊り橋効果やら、なにやらで!

 我が身が可愛くて、その場に居合わせられないだなんて、ステラ・ラウントリーの名が泣くじゃないか!


「それに事件に巻き込まれるとしたら、ヒロインの方じゃないか?」

「それは一理あるね」


 悪役に壮大なイベントが頻繁に起こるわけがない。

 ましてや乙女ゲームだ。ヒロイン、というかプレイヤーに美味しい思いをさせてなんぼだ。


「でもまあ、ようやくあのふたりは先に進んだよ。あとは、邪魔者を排除するだけ」


 シンシア王女からタレコミがあった件を片付けないといけない。

 どうせ、証拠固めどころか、告発する準備を終わらせて、その上裁く準備までしてるんだろうから、私のやることなんて残ってないだろうけど。

 私の仕事なんて、アストリー伯爵家に出向いて、告発状を叩きつけるだけ。


「笑顔が怖いよ、ステラ」

「一番怖いのは、貴方の妹でしょうが」


 あの王女、こんなに力をつけて、何を目指してるんだろうか?

 王子から次期国王の座を奪うつもりもなさそうだし。

 他人の野望なんて、その人にしかわからないので、それ以上考えないことにする。


「それで、シンシア王女から何か預かってないの? 預かってるよね?」


 シンシア王女から、私は約束の情報をまだもらっていない。


 この後、ロイドを迎えに行くついでに、シンシア王女と会うのだ。

 それなら、自分で私に情報を渡した方が早いはずだから、王子に預ける必要がないはず。

 あのシンシア王女が、「後ほどお兄様を経由して知らせる」と言ったのだ。私に対して、言葉通り行動しないことなんてするはずがない。


 ということは、だ。

 王子はとっくに情報を受け取っているはずなのだ。

 だけど、渡してこない。これは一体、どういうことなのだろうか?


「明日、執務室に渡しにいくよ」

「今、この場で渡せばよくない?」


 じいと王子の赤い瞳を覗くように見ると、王子は気まずそうに目をそらした。

 理由を答えろ、と圧をかけるように、さらに見つめると、王子は目をそらしたまま、小声でつぶやく。


「……明日は、リネットがいるんだろう?」


 なんだなんだ。そういうことか。そういうことなのか!


「はは~ん」

「そんなあからさまにニヤニヤしないでくれ」

「いいじゃんいいじゃん。だって、楽しいんだもん」


 幼馴染みの恋愛事情って、他の人の話を聞くより、わくわくする。

 余計なおせっかいもかきたくなる。


「そういうことだから、よろしく」

「喜んで」


 にたあと笑うと、「やめてくれ」と照れた。こんな表情、十数年付き合ってきて、初めて見た。


「私と王子の仲なんだし、口実なんかなくても、普通に遊びに来ればいいのに」

「……いいのか?」


 そう問うてくる王子の目はマジだった。

 リネットがいる日は毎日通ってきそうなほどに。

 大事な予定がなかったら、そうするつもりだろ。


「……ほどほどならいいよ」


 恋愛好きの私とは言え、自分の執務室を逢い引きの場所にされるのは、少々複雑な気分なので、遠慮してほしいところだ。



 *



 そして、翌日。

 ドアをノックする音がした。王子がやって来たのだろう。


「誰でしょうか? 珍しいですね!」


 私の執務室には、滅多に人がやってこない。

 一日の終わりに、メイド頭のトレイシーがその日の報告にやって来るだけだ。


 恋愛相談室を開設しているのに……。

 誰も来てくれないなんて、寂しすぎる。

 私に恋バナを聞かせてほしい。


「リネット、お出迎えしてあげなさい」

「私でいいんですか?!」

「ドジっ娘の自覚があるのはいいことだけど、今回は特別に大丈夫なのよ」


 リネットがドアを開けたら、王子は死ぬほど喜ぶだろう。

 どんなドジをやらかしたとしても、笑って許すだろう。「可愛いなぁ」とか言って。

 恋って恐ろしいよね。


「はい。どちら様ですか!」


 リネットは元気いっぱいにドアを開ける。

 幸運なことに、少し下がったところで待っていたらしく、ドアに額をぶつけるなんてことにはならなかったらしい。


 本当に幸運だ……。

 感動的な再会(?)の場面なのに、ギャグ漫画みたいなことになったらどうしようかと思ったよ……。


 乙女ゲームのヒロイン、そうところは運があるのかもしれない。


「えっ! セオドリック様?!」

「リネット……?」


 思いもよらず好きな人に会えて、ふたりとも驚きながらもどこか嬉しそうな顔をしている。

 そして、その流れのまま、見つめ合いに突入。


 こいつらの見つめ合いって、出会ったとき限定じゃないんだ。

 会話するよりも相手の顔をじっと見ていたいなんて、なかなか粋だよねぇ。


「ねえねえ、これってどのくらい続くと思う?」

「そんな実験をする必要はないです。中にいれて差し上げてください」


 確かに、王子をいつまでも外にいさせるわけにもいかない。

 ドアは空いているし、メイドと見つめ合ってたなんてことが知られたら、少々厄介なことになるだろう。


 この実験は、また別の機会にしよう。


「おーい、王子。入らないの? リネットも、入り口を塞がない」

「あ、うん。入るよ」「あ、すみませんっ!」


 ふたりは同時に答えた。

 息ぴったりだな……。



「はい、これ。遅くなってごめん」

「ありがとう」


 色々と必要なものが入っている封筒を王子から受け取る。


「何ですか、それ?」

「知りたい?」

「知りたいです!」

「リネットが知りたくても、教えないけどね」

「えー、ひどいです」


 リネットはこの封筒の中身について、興味津々だ。

 下手に知られても困るので、きっちりと釘を刺しておくことにする。


「教えてもいいけど、この情報をもらしたら、解雇どころじゃないわよ?」

「ひえ?!」

「口が滑らない自信なんてないでしょう」

「はい! ないです! 絶対、誰かに喋っちゃいます!」


 自信満々な返事をする。

 こういう返事はもっと別なところでしてほしかった。


「でしょ? だから、知らない方がいいのよ」

「確かにその通りですね」

「それに、貴女はこの封筒の中身より、知りたいことあるでしょ?」

「え? それはいっぱいありますけど……」


 ちらちらと王子の方を見ながら答えるリネット。

 そうだよね。せっかく好きな人がいるんだし、話したいよね。


 気の利いた私は、彼女の願いを叶えてあげるために、こんなことを言う。


「これも何かの縁だし、王子とお話でもすればいいんじゃない?」

「「え?!」」


 リネットはともかく、どうして王子が驚くんだろう。

 リネットに会いに来たんでしょ? まさか、姿を見ただけで帰ろうとしてたの?


「ここなら誰も見てないし、好きなだけ話せるでしょ」


 王子とリネットは好きな人と話せるし、私はそんなふたりを眺められるし、素晴らしい提案だ。


「お嬢様……」


 満足していない人が、私の隣にいるけど。


「ふたりの仲が深まれば、お嬢様が破滅する可能性は高くなるんですよ? わかってますか?」

「わかってる、わかってる」

「わかってませんよね?」


 疑いの目をロイドは向けてくる。

 まあ、そう見えても仕方がない。仕方がないんだけど……。


 ロイドってやっぱり、心配しすぎだと思うんだよね。


「いいじゃん。こうしてふたりが幸せそうなんだから! そんなふたりを見て、私も幸せ! 幸せに満ちてるんだよ!」


 何を言っても今は聞かないと思ったのか、ロイドは深いため息を吐くだけで、それ以上は何も言ってこなかった。


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