20 王子はヒロインを諦めきれない
「ステラ、サクソン侯爵と騎士団長を呼び出したんだって?」
「……言い方は問題ありだけど、その通りだよ」
王子直筆のサインが必要な書類を渡す私に向かって、王子はそんなことを聞いてきた。
一体どこから聞いてきたんだろう……? 王子だから、色々な情報網はあるんだろうけどさ。
王子に書類を渡したことで本日の仕事が終わった私は、ソファに腰を下ろす。
「だって、オリヴィアもメレディスも迷走してるんだもん。本人たちが焦ってなくても、私が焦らされてるんだよ。あれだけ両思いを見せつけられて、何の焦らしプレイなの?」
「そんな理由で、それなりの地位にいる彼らに根回しをする令嬢なんて、ステラくらいしかいないよ」
私から受け取った書類にサインをしながら、王子はため息を吐いた。
「そっちは上手くいったから大丈夫」
「そこは別に心配してないんだけどね」
書き終わった王子は、向かい側のソファに腰を下ろした。
サインを書くだけとはいえ、結構な枚数があったぞ。仕事早いな。
「というかさ、ステラ。君、僕の最有力婚約者候補っていう地位を上手く使ってるよね」
「使えるものは存分に使わないと」
「でも、僕の婚約者になる気はないんだろう?」
「あら、王子だって、私を婚約者にする気はないんでしょう?」
王子の嫌味に、ふふふと悪い笑みを返す。
「ぼ、僕は別にステラと結婚しても問題ないんだけどね」
「ふ~ん? リネットに惚れちゃった王子が何を言ってるのかな? それと、ステラ×リネットが推しカプなんじゃないの? あれ、私と結婚していいのかな~?」
私の反論に言葉を詰まらした王子は、ごほんごほんとわざとらしく咳払いをした。
やった、私の勝利だ。
「……そうだね。確かに僕も、ステラと結婚する気は全くない。君とは良き友人でいたいしね」
「そう言ってもらえてなにより」
「でも、今日の君は、少し当たりが強いよね。何かあるのか?」
「……知ってて聞くの、やめてくれる?」
そもそも、「何かあったのか?」ではなくて、「何かあるのか?」と聞いてくる時点で確信犯だ。
「ささやかな仕返しだよ」
悪意を微塵も感じさせない、清々しい笑顔を王子は向けてくる。
簡単にリネットに惚れちゃうようでも、王子であることには変わりないのだ。王子をからかったときに、こういった仕返しも覚悟しておくんだった。
「この後、シンシア王女とのお茶会だと思うと、ねぇ」
実は王子の仕事の手伝いが終わったら、シンシア王女とお茶会なのだ。招待してきたのは、シンシア王女。
毎年、わけあって、二度ある社交シーズンが始まる前に、シンシア王女にお茶会に招かれるのだ。
「嫌なら断ればいいのに。一方的に貸しを作ろうとしているのは、シンシアだろう?」
「シンシア王女とは気が合わないけど、彼女が持ってくる情報は役に立つから、余計に悩みどころなの」
社交シーズンのとき、シンシア王女はとある理由から、私に一個借りができる。だから、先に貸しを作って、それを相殺してしまおうとするのだ。
仮に私がシンシアの立場でも同じことをするだろう。借りなんてあったら厄介だし、気が合わない相手なら尚更だ。
シンシアの気持ちがわかるし、私にとっても有益なものなので、お茶会を断ることはしないのだが……。
「嫌なものは、嫌なのよねぇ」
ソファに寄りかかって脱力する私を見て、王子は笑いをこぼし、こんなことを言ってきた。
「だったら、時間稼ぎに僕の質問に答えてくれないかい?」
「いいよ。そっちが本題なんでしょ」
「よくわかったね」
「隠す気なかったじゃん」
「ステラにとっても悪い話じゃないからいいだろ?」
王子の言うことはその通りなので、私はしぶしぶとうなずいた。
聞かれることなんてわかりきっているけど。
「リネットを専属にしたって本当かい?」
ほら来た。
「専属じゃない。お部屋に週三で通ってもらうだけ。礼儀作法とか落ち着きとか色々と教えてあげることにしたの」
「でも、専属みたいなものだろう? 他のメイドからの文句は出てないのか?」
ほうほう。つまり、特別扱いをされているリネットが同僚からいじめられていないか、心配なんですなぁ。
そうだよねぇ、好きな人がそんな目にあってたら嫌だもんね。ましてや、自分の住んでいる王城で。
ニヤニヤと見ていると、「なんだよ」と王子は頬を赤く染めている。
恋する乙女も可愛いけど、恋する少年も可愛いよねぇ。
「それで、どうなんだ?!」
照れていることを誤魔化すように、王子は語調を強めて聞いてきた。
「その辺は大丈夫みたいだから、安心していいよ?」
「本当なんだな?」
乙女ゲームのヒロインだから、いじめられる可能性は高いから、余計に心配なんだろう。
まあ、ゲームで主犯的な立場にいた
「他の子だったら、嫌がらせみたいなのがあったかもしれないけど、リネットだから大丈夫なの。
あの子、ドジっ娘でアホの娘でしょ? あそこまでくると、嫉妬というより哀れみの方が強くなるらしくて、ほとんどの子が『少しはマシになるといいね……』と納得してるらしいわ」
リネットを特別扱いしたことに変わりはない。
だから、それが原因でいじめが起こってないか私も私なりに心配していて、トレイシーに確認したところ、そんな報告が返ってきたのだ。
意外な反応ではあったけど、どこか納得もできた。
貴族の令嬢なのに、あそこまで礼儀がなってないなんて、色々と悲惨なことを想像しちゃっても、無理はないだろう。
結果、リネットはいじめられることなく、平和に仕事をしているのだ。毎日、ドジを繰り返してるらしいけど。
「……なるほど?」
王子も納得できるようなできないような、不思議な感覚に陥ったようだ。
「そういうことなので、愛するリネットは元気ですよ」
「愛するとか言うな?!」
「でも、好きなんでしょ? 恋愛的な意味で」
「好きだけど」
即答いただきました!
いいな、楽しいな。幼馴染みの王子の恋バナ聞けるって楽しい。
「でも、僕には推しカプが……」
「他のカップリングを推してください。もしくは、二次創作で満喫してください」
「そもそも、百合に挟まる男って罪じゃないか……」
「もともと、百合でもなんでもないから大丈夫」
この男、めんどくさいな。
自分が好きなものに切実なのはいいけど、自分の恋愛感情くらいは大事にしてほしい。
好きなカップリングは貴方の中で、大切に生かしておけばそれでいいじゃない。
「だから、安心して、リネットとくっついてよ。そうじゃなきゃ、なんでリネットを教育するのかわからないじゃない」
「え?」
「私がリネットにあれこれ教えるのは、王子の隣にふさわしい令嬢にするためなんだから」
「……ステラ」
王子は衝撃の事実に、真っ直ぐに私を見つめてきて――
「結局は自分が恋バナを聞きたいだけだよね?」
「その通り。よくご存じで」
おかしいな?
ここは王子が私の支援に目をうるうるさせるところなんだけど。
そういう雰囲気だったよね?
私も私で、下心丸出しな提案だったから、何も言えないけど。
「僕の気持ちに整理がついたとしても」
「気持ちの整理くらいさっさとつけてほしい」
「身分的な問題があるから、なんとも言えないんだけどね」
「それはその通りね」
いくら恋愛結婚が認められているとはいえ、王族の結婚はどうしても政略的なものが関わってくる。
そうしないと国を守っていけないことも、どうしようもない事実だからだ。
王族の王子と田舎の力を持たない男爵令嬢の結婚は、なかなか難しいものだ。
それでも、諦めてほしくないんだけどね!
「まあ、僕なりに頑張るよ」
「その言葉忘れないでね?」
王子も覚悟を決めたようだ。本当に決めたかどうかは怪しいところだけど。
「それでステラ、ひとつ頼みがある」
「どうしたの?」
「たまに、執務室に行ってもいいかい?」
「頻繁じゃなければどうぞ」
私が許可を出すと、王子の顔がぱああと明るくなる。今日一番の嬉しそうな顔だ。
「せめて、
「……勝手にすれば」
私にはリネットとイチャイチャする未来しか見えないですけれども。
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