19 外堀を固めます

 外堀を固めること。

 と言っても、小難しい作戦なんかなく、やることは至って単純。

 オリヴィアとメレディスの両親に話をし、本人たちのいないところで婚約を結んでしまえばいいのだ。


 やることが決まってるのだから、あとは行動あるのみ。

 早速私は、ふたりの家に『話がしたい』という内容の手紙を送り、約束を取り付けた。


「ステラお嬢様の行動力はすごいですよねぇ」


 私付きのメイド、パメラ・ヘイゼルが髪をとかしながら、そんなことをこぼす。


「そうかしら?」

「そうですよぅ。だって、侯爵様と騎士団長様を呼び出せる令嬢なんて、なかなかいませんよぅ」


 本日は、メレディスの父であるサクソン侯爵とオリヴィアの父である騎士団長がラウントリー公爵家にやって来るのであった。


「呼び出したわけじゃないのだけれどね……」


 別に私が訪ねてもよかったのだが、どうしてもサクソン侯爵と騎士団長、一緒に話がしたかったので、こうして招待した方が手っ取り早かったのだ。

 もてなすことも存分にできるしね。


「次期国王であるセオドリック殿下の婚約者を無下にすることは、いくら地位のある方々でもできませんよねぇ」

「婚約者じゃなくて、婚約者候補よ。間違えないで」

「たいして変わらないじゃないですかぁ。ステラお嬢様が最有力候補であることには変わりありませんしぃ?」

「変わるわよ。私は候補で終わるの。先には進まないわ」

「旦那様も奥様も、早く婚姻を結んで欲しそうですけどねぇ」


 娘の先行きを不安がるように、パメラはため息を吐く。

 私とパメラ、同い年なんだけど? どうして、年齢差を感じさせるようなため息が出るの?


「……パメラ。また、お父様たちに念を押すようにって言われたのね?」

「はい~。もしくは、別の良い人を見つけてきなさい、と」


 ニヤニヤとしているパメラが鏡に映る。

 お父様たちは、別に権力目当てで、王子と結婚させようとしているのではない。娘の幸せを願って、口うるさく「婚約はまだ?」と言ってくるのは重々承知だ。

 きっと、私が認めた相手ならば、たとえ身分が釣り合わなくても、両親は許してくれると思う。


 そんなことはわかっているけど。


「全く自分の恋愛に興味が持てないのよね……」

「ステラお嬢様はもっとご自身に興味を持つべきです」


 パメラにぴしゃりと言われてしまった。



 *




「サクソン侯爵様、騎士団長様、本日はお越しいただき、ありがとうごさいます」


 ほぼ同時に到着したので、誰かひとりを待っているという構造ができなくて安心した。

 歳の離れた人と世間話をするのは無理難題ではないが苦労する。それに、後からやって来た人が「待たせてしまった」と感じてしまうのも、好きではない。


 ロイドが手慣れた上品な手つきでお茶を注ぐ。彼の顔がいいのは勿論、無駄ひとつない動きは、どこかの美術館に飾られている絵画のようだ。

 そんなロイドの淹れてくれたお茶を味わったところで、私は本題を切り出す。


「お二方、それぞれお忙しいでしょうし、本題に入らせていただきますね」

「本題、というのは、我々の子供たちのことですね?」


 サクソン侯爵が尋ねてくる。

 詳しいことを手紙には書かなかったのだが、騎士団長と呼ばれたということはそれしかない、と考えたのだろう。

 私だって、そう考えるし。


「そうです。何も関係のない私が口を出すことではないと、わかっているのですが、少々じれったくなってしまって……」

「ははは。私もそう思います。オリヴィアもうじうじしてないで、騎士らしく立ち向かえればいいんですけどね」


 貴族平民が入り交じる騎士団の長をしているだけあってか、騎士団長は堅苦しくなく話しやすい。

 とは言っても、どちらも失礼があってはいけない相手。

 招いたのも私だし、砕けた口調が出ないように気をつけないと。


「私、縁あって、それぞれの恋愛相談を受けていまして、ついこの間、双方に発破をかけたのです。このままだととられるぞって」

「ほう。それで……?」

「動くどころか、余計に立ち止まってしまいました」


 手を頬に当てて、ふうとため息を落とす。


「告白するためには、騎士の道理を通さなければならない。すなわち、決闘に勝たねばならない、と言い出して、より訓練に熱中するようになってしまったのですよ」


 衝撃の事実を伝えると、騎士団長は声を出して笑い、サクソン侯爵は目を見開いた。

 やっぱり、驚くよね。そうだよね。それが普通の反応だよね。


「失礼した。だから最近、オリヴィアもメレディスも、いつもに増して熱心に剣を振っていたのか」

「我が息子ながら情けない……」


 愉快そうな騎士団長と頭を抱えるサクソン侯爵。


「それで、もういっそのこと、先に婚約を結んでしまってはいいではないか、と思って、こうしてお招きしたのです」


 あいつらはダメだ。あいつらに任せてたら、結婚するのはいつになるんだって話だ。


「ありがたいお話なのですが、息子の確認をとらずに結んでしまうのは、いささか気が引けます」

「私もサクソン侯爵と同じ考えです」


 この国は貴族だからと言って、政略結婚が当たり前ではない。家柄は気にするけれど、恋愛結婚が認められないわけではないし、自分の相手は自分で選ぶのが基本だ。

 子供の結婚相手は親が決める、と考える貴族は少数派なのである。


「そうでしょうね。ですから、密約、と言えばよろしいのでしょうか。先に両家の間で約束をしてしまえば良いかと思いまして。正式な書類にはしませんし、約束を違えてもなんら問題はありません」


 考え込むふたりに、さらに言葉を投げかける。


「メリットと言って良いのかはわかりませんが、約束をしていれば、オリヴィアやメレディスに婚約を促すことがしやすくなると思います。あとは、私が婚約以前から後押しした、ということがわかれば、両家の抱えているややこしい問題はある程度緩和できると思います」


 王子の最有力婚約者であり、公爵家の令嬢である私が口添えをしたのであれば、ねちねちと文句を言ってくる奴はほとんどいないだろう。


「我々が受けられるメリットはわかりました。元々、ふたりの婚約については、そうなったら良いなと、騎士団長殿とも話しておりました。

 ……ですが、ステラ嬢。貴女は力を貸すことにやって、どんなメリットがあるというのですか? それがわかりません」


 だろうね。

 私はふたりがくっつけば甘々な恋バナが聞ける!みたいな理由でしか動いてないからね。

 政治的なメリットなんて、これっぽっちも考えてないし、見返りも求めてない。


「メリットなんて考えてません。強いて言うなら、メレディスとオリヴィアが結ばれれば、次世代の騎士団の安定が約束される、ということでしょうか」


 にこり、と社交用の笑顔を貼り付ける。


「私はただ純粋に、友人たちの恋を応援したいだけですよ」


 そして、ふたりから幸せな恋バナを聞くことによって、私にメリットが生まれるのだ。

 完全にWin-Winウィンウィンの関係なのだ。誰が何と言おうとそうなのだ。


 私の綺麗事に感動している様子のふたりを見て、心の中でガッツポーズをする。

 そんな私を側に控えていたロイドが冷めた目で見ていた。

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