14 恋愛事情には聡い(考えるな、感じろ!)

 オリヴィアと私が決意を固めた、その翌日。

 思い立ったが吉日と言わんばかりに、私はリネットを執務室に呼び出していた。


「リネット。貴女に提案があるのだけど」

「ひいいいいいい。な、な、なんですか?」


 私の軽い空気とは反対に、リネットは真剣な空気を醸し出していた。

 てっきり、そわそわしながら、早く教えろと急かしてくるのかと思った。


 あー。そう言えば、「解雇しないでください」って突撃してきたんだった、この子。


 それにトレイシーから、リネットの失敗報告もかなりの割合で報告されている。

 担当場所が、身分にこだわらない人が多い、騎士団の訓練場ということもあって、まだ決定的な怒りを買っていないようで、こうしてまだ働いている。


 本当に、よく持ってるなぁ。


「……ちなみに、どんな提案がされると思ってるの?」

「私がセオドリック様を好きになってしまったから、解雇されちゃう、とかですか?」


 自分の失敗を真っ先にあげないあたり、流石リネットと言ったところだ。


 それにしても、ドジっ娘でアホの娘にしては、色々と自覚している部分があるんだ。

 一応乙女ゲームのヒロインだから、自分の恋には敏感なのかな?惚れっぽいだけって可能性もあるかも。


「どうでもいいけど、貴女、手を差し伸べてくれた人が王子だと知ってたのね」

「噂で知りました!」


 知らなかったんかい。

 田舎から出てきたばかりで、王子の姿を見たことないだろうし、まさか王子が騎士団の訓練に参加していて、自分に手を差し出してくれるとは思わないだろう。

 まあ、リネットの場合、知るきっかけがあっても忘れてそうな気がするから、関係ないと思うけど。


「自己紹介もろくにしないで立ち去っていったときは?」

「知りませんでした。かっこよくて、優しそうな人だなぁ、くらいの印象でした」

「それで済ませられちゃうのがすごいと思うわ」

「えへへ」

「褒めてないわよ」


 なんで褒められたと思うんだろう? どう解釈しても、褒めてるようには聞こえないと思うんだけど。

 これがゲームの強制力ってやつか?! このプラス思考がゲームの強制力ってやつなのか?!

 絶対違うけど、このアホの娘っぷりはゲームの強制力って言われた方がまだ納得できる。


「……あの、私、解雇されちゃうんですか? せめて、あと三日待ってください!」

「どうして?」

「三日で二週間です。せめて二週間は働かせてくださいっ!」

「まだそれ言ってるの」

「ステラ様にはどうでもいい話でしょうけど、私には大事な問題なんです!」


 三日なんて、どんぐりの背比べでしかないと思うんだけど。

 でも彼女は彼女なりに真剣なようで、ふんすふんすと鼻息を荒くして、私に訴えてくる。


 鼻息荒いのは恋する乙女として終わってると思うんだけど。

 そんなことを考えながら、リネットの疑問に答えることにした。それが本題だし。


「解雇なんてしないわよ」

「本当ですか?!」

「むしろ逆よ」

「逆?」


 肩につきそうなくらい首を曲げて、「なんのことかわかりませーん」と表現する乙女ゲームのヒロイン(仮)

 曲げすぎだよ、曲げすぎ! 控えめでいいんだよ、そっちに方が断然可愛いんだよ!


「とりあえず、首を戻して」

「はいっ!」


 小学生のように力いっぱい返事をして、首をぐいんと勢いよく戻す。

 元気ありあまってるな。見てるこっちが酔いそう。


「端的に言うわ。リネット、週三回、私の部屋にいらっしゃい」

「え?」

「ロイド、詳しく説明してあげて」


 アホの娘リネットに上手く説明できる気がしなかったので、ロイドに投げる。


「つまり、お嬢様の部屋担当に任命したい、ということです」

「……私が、ですか?」

「そう。リネットさんが、です」


 リネットは目をアホみたいに大きく開けて、驚いている。


「私でいいんですか? ドジってものを壊す自信しかないんですけど!」

「自覚はあるのね。それは良いことだわ」

「えへへ」

「褒めてないわ」


 出会ってまだ一週間も経っていないのに、このやり取りを何回かした気がする。


「仕事の出来は別に期待してないわ」

「……? なおさら、わけがわからないです」


 不思議そうにするリネットを見ながら、私はこほんと咳払いをし――


「リネット・エイデンっ!」

「は、はいっ!」


 活を入れるような声で名前を呼ぶ。

 すると、リネットはぴしっと姿勢を正し、表情も少し堅くなった。


「私が貴女を王子にふさわしい完璧な令嬢にさせてみせるわ!」

「はい! ……って、えええええええ?!」


 返事をしたものの、流れでしたようで、すぐに耳を塞ぎたいような大声を出し、リネットはソファーから立ち上がった。


「そんなに驚くこと?」

「はい、だって、だって、ステラ様って、セオドリック様のことが好きなんじゃないんですか?!」

「違うわよ」

「ええええええええええ?! 違うんですか?!」

「そこに一番驚かれても困るわ」


 どうしてみんな、私と王子が好き合っていると思うのだろうか。

 ただの良きお友達なのに。王子だって、そう思ってるのに。


「だってだって、仲良いじゃないですか! 良すぎじゃないですか!」

「一応、幼馴染みだし、気が合う友人だしね」

「嘘?!」

「貴女に嘘を吐く理由なんてないわ」


 はあ、とため息を吐くと、私は反論に出る。


「大体ね、私と王子が恋仲だったら、もうとっくに婚約は成立してるわよ。まだ婚約してないのが、なによりの証拠じゃない」

「え、婚約してないんですか?! てっきり、してるもんだとばかり……」

「してないわよ」


 吐き捨てるようにリネットの言葉を否定する。

 田舎にいて知らなかったとは言え、私たちが婚約してないという情報くらい、すぐに入ってきそうだけど。

 この子、どんだけアンテナ低いんだろう。都合の良い情報しか耳に入ってなさそう。


「まあ、今のところ、お嬢様が最有力候補ということには変わりないんですけどね」


 ロイドが驚くリネットをフォローするように言った。

 私が「それ言わなくても良くない?」とじとーとした目で見つめると、ロイドは「あまりいじめすぎないでください」と言うように、にっこりと笑った。


 ……いじめてないんだけど。リネットが勝手に驚いてるだけなんだけど。


「やっぱりそうなんですね。お似合いですもん、ふたり」

「そうね。今のところ、王子の隣に堂々と立てるのは私しかいないわ」


 羨ましそうに言うリネットを、サイドポニーテールにした髪を払いながら、じっと見つめる。


「だから、貴女には私を超えてもらわないといけないのよ」

「え?! ……で、でも」

「あら、無理って弱音を吐くのかしら? 貴女にとって、この恋はその程度なの?」


 悪役令嬢顔負けの意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

 私って、もしかしなくても、悪役令嬢の才能あったりする?


 恋を応援するためだったら、悪役令嬢になるのだっていいかもしれない。

 ライバルがいないと、恋は盛り上がらないしね!


 すると、ロイドがとんとんと肩を叩いてきて、「良からなぬことを考えないでください」と耳元で囁く。

 疑問じゃなくて、断定だったのが、ロイドの怖いところだ。なんでわかったんだろう。


 今のところは悪役令嬢になんてなる気はない。

 それにロイドがどんな理由であれ、必死に悪役令嬢になることを阻止しようとしている。それを無下にするわけにはいかないだろう。



 ――――だって、ロイドの主は私なんだから。



「……やります。私、やってみせます! 田舎魂、みせてやりますっ!」


 リネットはしばらく考え込んでいたが、勢いよく立ち上がって、宣誓する。


 恋する乙女の決意、それはとても尊いものだけど、田舎魂は余計だ。

 庶民が言うならいいんだけど、この子は一応、信じられないけど、一応、貴族の令嬢なのだ。

 残念だけど、これは減点の対象だ。


「やる気になってくれて嬉しいわ。遠慮なんてしないから、覚悟してなさい!」

「はいっ! どこからでもかかってかかって来てください! 今の私なら、熊とだって素手で戦えると思います!」

「……戦う相手が違うし、頑張る方向性も違うわよ」


 田舎の思考ってよりも、もはや狩人や古代人の思考に近い。

 熊と素手で戦える貴族令嬢がどこにいる。


「今日は話だけで終わりよ」

「はいっ!」


 話が終わったのでさっさとリネットを帰そうかと思ったのだが、ふとそこであることを思いつく。


「あ、そうだ。これから仕事に戻るのよね?」

「そうです。それがどうかしましたか?」

「メレディスを呼んできてほしいの」

「メレディス様、ですか?」

「そう。貴女にハンカチをくれたメレディス」

「わかりました」

「よろしくね」


 手を振りながらそう頼むと、リネットは手を握って、「頑張るぞ~」と意気込んでいた。

 そこまで真剣な頼み事じゃないんだけど、まあいいか。


 リネットは気合いを入れながら、執務室を出て行った。


「……お嬢様って、発破をかけるの、上手ですよね」

「恋愛のためならなんでもやる、それが私、ステラ・ラウントリーだからねっ!」


 リネットが激しい音を出して閉めるドアを見ながら、私たちはそんなことを言い合った。

 ドアを普通に閉められないのはなんとなくわかっていたので、ロイドも私もあまり気にしなかった。気にしないことにしたのだ。


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