15 騎士様はへこむ。へこみまくる。

「いきなり呼んで、悪かったわ」

「いえ、そこは問題ないんですが……」


 リネットは仕事を成功させたようで、メレディスは今、私の目の前に座っている。

 問題がないならはっきりと答えればいいのに、メレディスの答えは歯切れが悪い。


「……つまり、他に何か問題があったということね?」

「メイド――リネットでしたか? 彼女を使って呼び出すのやめてくれませんか?」

「どうして?」


 理由はわかってるけど、あえて知らん顔をして尋ねる。

 メレディスは言いづらかったのか、口をつぐんだが、やがて諦めたように口を開いた。


「……オリヴィアの目線が一段と鋭いんですよ」

「あははっ」


 予想通りすぎて、思わず声を出して笑ってしまう。はしたない、と言う目をして、ロイドが睨んでくるが、笑いを堪えられなかったから、笑ったんだ。何が悪い。

 文句を言うなら、予想通りの行動をしたオリヴィアか、予想通りの言葉を発したメレディスに言ってほしい。


「ステラ様、わかっててやりましたね?!」

「なんのことでしょう?」


 私の爆笑を見て、メレディスは何かを察したらしい。

 今のタイミングで笑い出したら、普通何かは勘づくだろう。


 だけど、私が正直にそのことを肯定する気がないことも同時に察したのか、メレディスはそれ以上は何も聞いてこなかった。


「……あれ、何なんですか? なんで、俺が女性と話すとああやって、目線を鋭くするんですか?」

「さあ?」

「騎士のくせに女関係がだらしないってことですか? 俺、そんなに色目使ってます? 女遊びとかしたことないんですけど。せいぜい騎士団に所属している女性とお酒を飲むくらいなんですけど」

「メレディスの空気がチャラそうなんじゃない?」

「俺、そんなに不真面目そうに見えますか?!」


 メレディスが本気で沈んだ顔をするので、これ以上何かを言うのはやめておこう。

 メレディスは不真面目ではないし、チャラそうでもないけど、愛想がいいし、親しみやすい。そういうところが彼の長所であり、誤解されがちなところなのだ。


 だから、「見えないよ」と否定することはできないのだ。実際、剣の腕を褒めるときは女遊びに慣れてそうな言葉遣いするし……。


 まあ、そんなことは全く関係ない。

 オリヴィアの目線はただの嫉妬だし、メレディスが意外とピュアで一途なのも知ってるし、大体騎士団に所属している騎士は性別関係なくみんな、オリヴィアとメレディスが互いに互いを思い合ってることなんか知ってるので、手なんか出さない。


「……俺が好きなのはオリヴィアだけなのに」

「ごぶほっ?!」


 しょぼくれているメレディスを見ながら、早くくっつかないかな~と考えていると、爆弾発言がいきなり投下された。

 お茶を飲んでなくて良かった。飲んでいたら、メレディスの整った顔に向かって、発射されていたところだ。


「……大丈夫ですか?」


 戸惑いを隠しきれない様子で、メレディスが心配してくるが、「お前のせいだよ」って言ってやりたい。

 お前がなんの前触れもなく、そんなこと言うから! 不意打ち中の不意打ちだったから! 


 ごほごほ、と咳を繰り返し、息を整え、綺麗な作り笑いを浮かべて、「ええ、大丈夫よ」と言う。


「本当に大丈夫ですか?」

「何の問題もないわ、私はね」

「私は?」


 そう、私は何の問題もない。少しむせっただけだ。


「貴方には問題ありよ! 大ありよ!」

「どうしてですか?!」


 自覚がないなんて、たちが悪すぎる。


「なんで直接言わないのよ?!」

「無茶言わないでください! そんなの恥ずかしいじゃないですか?!」

「どの口が言う?!」


 私の前では、流れるように「好き」と言えるくせに、どうしてオリヴィアの前では言えないんだ。

 本人に言うのは確かに恥ずかしいかもしれない。緊張するかもしれない。不安にかられるかもしれない。


 だが、こいつに限っては別だ。

 人に照れもしないで「誰々が好き」って言える奴が、本人にも言えないわけないだろう。

 他人に言うときだって、多少なりとも照れるはずだ。そうあるべきだ。


「大体、恥ずかしいのはみんな一緒よ。それに打ち勝たないといけないの」

「経験したことのように語りますけど、ステラ様は誰かに告白したことあるんですか?」

「勿論ないわっ!」

「流石お嬢様、即答ですね」


 ロイドが淡々と言う。私的には褒め言葉なのに、ロイド本人には褒める気が全くなさそうだ。


「ないに決まってるじゃない。だって、私は人の恋バナを聞くのが好きなの。自分の恋愛は後回しでいいの」

「はあ」

「でも心配しなくていいわ。私自身は経験がないけれど、経験は豊富だもの」

「矛盾してますけど、間違ってはいないんですよね。不思議ですね」


 棒読みでロイドが口を挟んでくる。

 確かに、私の発言は矛盾してるかもしれない。でも、矛盾なんてひとつもしてないのだ!


「恋バナを――経験談をたくさん聞いている私に不覚はない! それに、微力ながら両片思いの人たちに協力して、成果だってあげてるんだから!」


 勿論、今世だけでなく、前世も同じことをやっているから、単純計算で人の二倍は経験があるということになる。私は恋バナ好きだったから、二倍どころじゃないと思うけど。


 メレディスは信じてないようで、ちらりとロイドに視線を送る。

 ロイドは無表情で頷いた。どういう心情だ、それ。


「そういうことだから、協力することもできるわ」


 メレディスが半信半疑ながらも頷いた。

 まあ、なんだかんだ言いながらも、オリヴィアと恋人になりたいって思いはあるのだろう。

 それならさっさと男を見せろって話なんだけどね。


「で、聞きたいことがあるんだけど」

「お手柔らかに」


 お手柔らかにってなんだよ。私が拷問するみたいじゃないか。失礼な。


「オリヴィアからもらったハンカチをリネットにあげたのはどうして? オリヴィア、怒ってたわよ」


 怒ってたよりへこんでたって言った方が正しいのかもしれないけど、わざと言い間違える。

 オリヴィアに発破をかけたけれど、こいつにも発破をかけないといけない。じれったいんだよ、お前ら!


「……流石にオリヴィアの前であげたのは、まずかったですかね?」

「オリヴィアがいてもいなくても、あげること自体間違っていると思うわ」


 普通、好きな人からもらったものは、手放したくない、手元に大事にとっておきたい、と思うはずだ。


「仕方ないじゃないですか!」


 どん、と机に拳を振り下ろす。本人は悔しそうな顔をしていて、もう少しで涙をにじませそうだ。



「俺には可愛すぎるんですよ!!」



 あー。なるほどね。

 オリヴィアは可愛いものが好きだ。刺繍だって大好きだ。

 好きな人にあげるからって、一段と気合を入れすぎて、男が持ちづらいものになってしまったのだろう。

 それでも持ち歩いてるメレディス、流石だ。


「……あと、なくなったら、またもらえるかな~って下心も少し」

「確かに一理あるわね」


 刺繍の腕は上がっているだろうし、もっと持ちやすいものがもらえるかもしれない。そういう期待を持つのは何もおかしいことではない。


 ふむ、と考え込むフリをして、私は最後の仕上げに入る。


「……実はオリヴィアね、好きな人いるのよ」

「え?!」

「結構前からなんだけどね。うじうじしてて情けなかったから、この間ついに発破をかけてあげたの」

「は?!」

「今頃、オリヴィアは好きな人に告白してるかもね」

「ま、え?!」


 してないけど。思い人本人が滅茶苦茶驚いてるし。


「貴方もうじうじしてたら、とられちゃうんじゃない?」

「そんなっ! 協力してくれるって言ったじゃないですか!」

「揃って同じ反応するのね」

「……? どういうことですか?」

「こっちの話よ」


「ま、そう言うわけだから、メレディスもせいぜい頑張りなさい」


 これで、告白まで秒読みなのでは?! すぐにくっついちゃうのでは?!

 私って、もしかしなくても天才?


 へこんでいるメレディスなんか気にせず、私はこれからの展開に胸をときめかせるのだった。

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