16 三歩進んで四歩戻ってる感じ①

「どうしてこうなったああああああ?!!!!」


 私は執務室で頭を抱えていた。


「……お嬢様、もう少し声を抑えてください」


 隣に立っていたロイドが、遠慮がちにそう声をかけてくる。

 荒ぶる私を嗜めないのは、ロイドにも私の驚いている気持ちがわかるからだと思う。


「どうしてこうなった?! どうしてこうなったの?!」

「……僕にはわかりません」

「私にもわからないよっ!」


 というか、こんな展開になることをわかっている人がいたら、今すぐ私の前に現れてほしい!


 どんどんどんと机を叩きながら、事の発端を思い出すのだった。



 *



「え? オリヴィア様とメレディス様の様子ですか?」


 メレディスに発破をかけて、丸一日。

 何も浮いた噂が聞こえてこなかったものだから、丁度私の執務室に来ていたリネットに様子を尋ねることにしたのだ。


 あれだけふたりに「告白せよ」という圧をかけたのに、まだ動きがないのだ。

 仮に告白成功しているのなら、私のところに報告が来るはずだし、報告にこなくたって、騎士団の中で噂くらいは流れるだろう。



 ――――この期に及んで、まだ告白をしていないの?



「そうですね……。ええと、おふたりとも、訓練に一生懸命ですよ」

「それはいつものことじゃない?」

「そうではなくて。いつもより一生懸命というか、熱が入っているというか……。近くに大会か何か、あるんですか?」


 リネットの問いに、「ないはずよ」と言葉を返す。そしてその言葉の意味を考え始める。


 いつもより熱が入っている? ふたりそろって? 大事な大会や試験があるなんて話は聞いてない。


 気を紛らわすために、剣を振っているだけ? あり得なくもないけど、思い人が誰かにとられそうなのに、無心で剣を振れるほど、ふたりが器用だとは思えない。



 現状が読めないし、他人のことは考えてもわからない、と結論を出した私は、翌日、『リネットの様子を見る』という名目で、騎士団の訓練場を訪れることにした。



「今日はどうした?」


 オリヴィアは休憩時間も、休むことなく剣を振っていた。


「人と話すときくらい、素振りはやめたら?」


 話しかけても、オリヴィアは素振りをやめるどころか、私の顔を見る気配もなかった。


「ごめん。でも、見逃してくれると嬉しい」

「そんなに切羽詰まって、どうしたの? 何もないよね?」

「あるっ!!!!」


 何気なく尋ねると、オリヴィアは大声を上げて、今日初めて私の方を見てくる。


「うわ、びっくりした」


 オリヴィアは剣を鞘に戻すと、ずかずかと無言で寄ってきて、顔を近づけた。オリヴィアの息が顔にかかって、くすぐったい。


「あるんだよ」

「えーと、色々と聞きたいことはあるんだけど、とりあえずこの距離で話すのをやめてくれる?」

「あるんだよ!!」

「わかった、わかった」


 ぐいーとオリヴィアを押しのけながら、適当に相槌を打つ。

 騎士団で訓練を積んでいるだけあって、オリヴィアの体はしっかりしていて、私なんかじゃ完全に押し切ることはできなかった。


 最終的にロイドが私からオリヴィアを丁寧に剥がしてくれた。

 流石、完璧執事。頼もしい。


 オリヴィアが落ち着いて、私の隣に腰を下ろすと、さっそく口を開いた。


「考えたんだ」

「はい?」

「私は、プレイステッド伯爵家の令嬢である前に、ひとりの騎士。オリヴィア・プレイステッドという騎士だ」

「それがどうしたの?」


 全く話が見えてこない。


「だから、ひとりの騎士として、筋を通すべきだと思った」

「はあ?」


 すう、とオリヴィアは深呼吸をして、そして一息で言った。


「決闘、決闘だ! 騎士として、決闘で決着をつけなければならぬのだっ!」

「はい?」


 決闘ってそう言うものだっけ?

 ロイドに目配せをするが、ロイドも困ったような、あるいは呆気にとられたような顔をしていた。


 だよね。そういう答えが返ってくるとは思わないよね。


「メレディスの隣に立つのにふさわしい女であるべきだと。それは騎士として、彼に勝る腕を持っていないといけない。彼を支えられるような、彼に恥をかかせないような、そんな騎士おんなでなければならないと!」


 混乱している私たちを置き去りにして、オリヴィアはどんどん熱く語り始める。


「だから、決闘をするんだ。メレディスに圧勝して初めて、私は彼に堂々と告白できる。

 メレディスとは実力は同じくらい……、いえ、彼の方が少し上。今すぐ決闘をしても、負けるのは目に見えている。寝る間も惜しんで剣を振り続けなきゃ、進化し続けるメレディスには勝てない」


 そこまで言い終えると、オリヴィアは鞘から剣を抜き、また素振りを始めた。


「色々とツッコミどころ……、聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「剣を振りながらでいいなら、答える」

「では、お言葉に甘えて」


 おっほんとわざとらしく咳払いをして、私は口を開く。


「つまり、告白する心の準備として、決闘を申し込むと?」

「そういうことだ」

「告白するために、剣を振っていると?」

「そういうことだ」

「雰囲気のある告白スポットを選んだり、おしゃれの勉強をするんじゃなく?」

「こっちの方が大事だ」


 ……違う。違うよっ!?

 ねえ、違うんだけど?! 恋する乙女として、間違ってると思うんだけど?!


 ここはさ、「告白するぞ」という決心とともに、ドキドキしながら、おしゃれをしたり、告白するときの言葉を考えたり、するんじゃないの?! というか、してください!!


 普段とは違う雰囲気になったオリヴィアを見たら、イチコロなんじゃないの?!

 いやもう、すでに惚れてますけども!


 とにかく違う。違うんだよ。恋する乙女として、間違ってるよ。


 と、ここまで、約二秒。

 私はまくし立てたいのを我慢して、


「……オリヴィア。貴女のやりたいことはわかった」


 とだけ、言っておく。よく堪えた、私。

 私がどうこう言ったところで、オリヴィアが考え方を変えるとは思えないし。


「やりたいようにやるといい」

「応援してくれるのか?!」

「ただしっ!」


 目を輝かせた気がする(剣を振っている横顔を見ているので、いまいち表情がよく見えない)オリヴィアを、一蹴するように私は叫ぶ。


「私も私のやりたいようにやらせてもらうから!」

「ステラが言うと、とっても不安なんだが」

「そういうことだから、覚悟しておきなさい」


 そう啖呵を切ると、私はオリヴィアに背を向け、その場を去った。

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