17 三歩進んで四歩戻ってる感じ②

 オリヴィアとの会話が終わると、私たちは仕事をしているリネットの元に向かった。

 リネットは掃き掃除をしているところだった。彼女がドジっても、あまり被害の及ばなそうな仕事だ。


「リネット」

「あ、ステラ様。どうされたんですか?」


 ほうきを片手にぴょんぴょんとはねて、リネットは楽しそうに手を振ってくる。

 やめてやめて! そんなことしたら、転ぶでしょ!


 リネットは予想を裏切ることなく、何回かはねたところで、顔から思いっきり転んだ。

 絶対痛いやつだ。


「……えーと、大丈夫?」

「えへへ。またやっちゃいましたっ!」


 彼女にとって、どうやら慣れっこなことらしく、痛くもかゆくもなさそうだ。

 見てるこっちの方が痛そうにしてるってどういうことなのさ……。


 リネットが平気そうなのを見て、さっさと用を済ませることにした。


「リネット。仕事よ」

「え? 今日は騎士団の訓練場の日じゃ……?」

「大丈夫よ。簡単で、すぐ終わる仕事だから」


 にやりと悪い笑みを浮かべる私を見て、リネットは首を大袈裟に傾げた。

 だから、そんなに首を曲げなくていいんだって。


「いい? 今から、メレディスを呼んできなさい」

「はい! わかりました!」


 そのまま探しに行こうとするリネットの肩を、がしっとつかんで引き留める。


「人の話は最後まで聞きなさい」

「えへへ。気合いが入っちゃいました」

「……笑って誤魔化せると思ってない?」

「えへへ」

「肯定するように笑うのやめないさい」

「えへへ」


 頭をかきながら、リネットは明後日の方向を見ている。

 これがリネットの処世術なのか。そうなのか。なんて単純なんだ。


「ここからが大事なのよ。ちゃんと聞きなさい」

「はい!」


 リネットが聞く態勢になったところで(基本的に単純なので、話を聞かせるのもわりと簡単)、私はリネットの耳元でささやく。


「いい? メレディスを私の執務室まで、連れてきなさい。そのとき、周りに見せつけるように腕を組んでいるのがベストね」

「え? 今呼んで来ちゃった方が早くないですか?」

「それじゃダメなの。とにかく、腕を組んで、仲よさげに話ながら、メレディスを連れてきて頂戴。簡単でしょ?」


 そう聞いてもリネットの反応はいまいちだったので、ある手段を使うことにした。


「リネット。こんなことを言いたくはないんだけど、この仕事を失敗したら、速攻解雇よ」

「ええ?! そんな?!」

「こんな簡単な仕事ができないなんて、もうかばいようがないわ」


 わざとらしくため息をつくと、リネットは目をぐるぐるさせてパニックになっている。

 ちょっと、やりすぎたかな……?


「やります! やりますから、解雇はしないでください! 二週間までもう少しなのにいいいい!」

「二週間が過ぎれば解雇されてもいい、みたいな言い方はやめてくれる?」


 二週間で解雇も十分やばいから。

 そんな低い目標を掲げないでくれるかな?!

 仮にも貴女、ヒロインでしょ?!


「ま、そういうわけで、よろしくね」

「お任せくださいっ!」


 ぴしっと敬礼を決めて、リネットは気合い十分な返事をした。

 貴女はどっかの軍隊に所属してるの……?


 そんなリネットに見送られながら、私とロイドは一足先に執務室に向かう。


「……お嬢様、破滅を回避する気ありますか?」

「あるある」


 ロイドが疑いの目を向けてくる。

 破滅する気はない。全くを持ってない。


 ……まあ、今の状態じゃ、そう言っても説得力皆無だけど。


「全くそのように見えないんですが。進んで悪役令嬢やってません?」

「恋バナを聞くのに必要だったら、悪役令嬢でもなんでもやりますよ。破滅しない程度に!」

「曖昧なのが一番危険です」


 と、言うわけで、執務室に向かう道中と、執務室に着いてからもメレディスがやってくるまでの間、長々とロイドに説教をされるのだった。



 リネットは言いつけ通り、メレディスと腕を組んで、楽しそうにお喋りをしながら、執務室を訪れた。

 メレディスの目が若干泳いでいるような気がしたが、気のせいじゃないだろう。


 これだけリネットとくっついていたら、オリヴィアにも見られているはずだ。

 顔が真っ青になるどころの話じゃないだろう。


 リネットはメレディスを送り届けると、自分の仕事に戻っていった。


「訓練中に呼び出してごめんなさいね?」

「申し訳ないと思っているなら、リネットを使って俺を呼び出すのやめてくれませんか? というか、前も言いましたよね? そして、どうして今日はスキンシップが激しかったんですか?」


 終わったと言わんばかりに、メレディスは頭を抱える。


「貴方がいつまでたっても告白しないからよ」

「いつまでたってもって、まだ一日ですよ?!」

「決意した次の日には告白しなさいよ。情けない」


 メレディスだけが悪いんじゃないけどね。

 今まで嫉妬するだけして、うじうじしていて、告白の決心をしたと思ったら、「決闘だ」と言い出すオリヴィアも悪いんだけどね。


「……ちゃんとけじめをつけないといけないって思いまして」

「けじめ?」


 なんだろう、すごく嫌な予感がする……。


「はい。俺は侯爵家を出て、騎士団に入ったんです。俺は騎士なんです」

「それがどうしたの?」

「騎士として、きっちりとけじめをつけて、そうして初めて、思いを告げられるんです。こんなときにけじめをつけないと、流れに身を任せて生きていると思われてしまいます」


 ぐっと力強く手を握りしめ、メレディスは宣言する。


「つまり、決闘! 決闘なんです! オリヴィアに決闘で勝ってこそ、俺は堂々と彼女の隣に立てるんです!!」


 お前もか!!

 もういいよ。早くくっつけよ、脳筋カップル!!


「そんなことやってる隙にオリヴィアとられても知らないよ? そこまできたら私どうしようもないよ?」

「大丈夫です! オリヴィアも同じ考えですから」

「はい?」

「ここのところ、オリヴィアもいつにも増して、一生懸命訓練に励んでいます。つまり、オリヴィアも同じことを考えているはずなのです」

「相手に勝ってからじゃないと、告白できないって?」

「はい」


 どうしてそこまでわかってて、オリヴィアの思いは理解できないんだよ!!

 鈍感どころの騒ぎじゃないぞ!!

 もうやだこの脳筋カップル! 早くくっつけよ! なんでくっつかないんだよ!


「だから、猶予はあるはずなんです。オリヴィアが仕上がる前に、俺が仕上げて告白します。なんなら、オリヴィアの思い人に勝負を挑んで、勝ってみせます!」


 オリヴィアの思い人はあんたなんだけどね。自分自身と勝負するってことだね。難しいね。


「……もう好きにすれば?」

「どうして、そんなに疲れてるんですか?」

「公爵令嬢の私には騎士の超理論にはついていけなくてね」

「……? 超理論ってなんですか?」


 告白するために決闘をするとか、そういう脳筋な考え方だよ!!!

 異次元過ぎて、もはや別の生き物かと思ったよ!!


「なんでもないわ。大事な鍛錬の時間を奪ってしまって申し訳ないわ」

「それはいいんですけど……。本当にもう、二度と、絶対に、リネットを使って呼び出すのはやめてください」

「それは貴方次第ね」

「お願いです、約束してください」


 しょうがないじゃん。リネットを使うと、オリヴィアにもメレディスにも効果は抜群なんだから。

 彼女ひとりでここまでかき乱せるって、すごいよね。


「私は私のやりたいようにやるだけよ。貴方が告白するために決闘を挑もうとするようにね」


 メレディスは言葉を詰まらせる。


「大丈夫。悪いようにはしないから」


 にこりと笑うと、メレディスは不承不承ながらうなずいた。



 *



 そうして、メレディスが去ったあと。


「どうしてこうなったああああああ?!!!!」


 と、私は執務室で絶叫することになったのであった。

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