4 王子、登場
私がロイドに、前世の記憶のことを話して一週間が経った。
ロイドは本当に容赦なく、これでもかってほどの完成度を要求してくる。本当、心配性だ。
私の頑張りもあって、どんどん成長している、気がする。あくまで気がするだけだ。
「本当はこの倍のペースで行きたんですけどね」
「あんたは一体、私を何にしたいのかしら?」
楽しそうにそんなことを言うロイドに、私はため息交じりに告げるのだった。
* * *
「お嬢様、準備はよろしいですか」
「はいはい。大丈夫だって」
ロイドの何回目かの確認。いい加減めんどくさくなってきたので、適当に返事をする。
ここまで来ると、ちょっとうざい。
今、私たちがいるのは王宮のある一室。見た目も豪華、座り心地も抜群なソファに、私はぐで~としていて、その後ろにロイドが立っている。
本日、私は王子と会いま~す。そして婚約しま~す。
王子との婚約なんてどうでもいいし、出来ればしたくないので、私はこうやって緊張することなく、くつろいでいるのだ。
ロイドを始め、家族とか使用人とかは、かなり緊張してるみたいだけど。まあ、王族と婚約だもんね。そりゃあ、それなりに緊張するわね。
当の本人が一番緊張感ないって、どういうことなの。ちょっと笑える。
「……お嬢様」
「ん~?」
また同じ事聞かれるのかなぁ、なんて油断しながら、足をぷらぷらさせる。
それがいけなかった。
「お嬢様、いくらなんでも緊張感がなさすぎです」
ぴりっとしたロイドの声が、部屋に響く。
え、やべぇ。ロイド怒ってるよ……。でもどうして?
「なんですか! その姿勢と言葉遣いはっ!」
「いいじゃない。ここには、私とロイドしかいないんだし」
「駄目です! もっと公爵令嬢らしく、ぴしっとしてください。足を開いて座るなんて論外です。大体お嬢様は……」
そうして、くどくどとロイドの説教が始まる。こうなるとロイドは中々止まらない。だんだん脱線して、昔のことも怒り出すのだ。
説教の長い教師の典型的なタイプだ。ロイド、もしかして前世は教師だったのかな……? ありえる。そして似合う。
だけど、私はロイドの説教というか、長ったらしい話は慣れてるので、悠々と聞き流すことができる。これに関してはプロを名乗れる自信がある。
でも、今は王城の一室にいる。いつ王子がやって来るかわからない。
ほどほどのところで止めなければいけない。こんなところ、王子に見られちゃ駄目だよね。
「ロイド、わかったから、このくらいにしましょ」
「本当にわかってるんですか?!」
「わかってるわよ。……多分」
「そういうところが不安になるんですよ」
なんで! ちゃんと言葉遣い直したし、ちゃんと華麗に座り直したじゃないっ!
こういう姿勢でいるの、いくら公爵令嬢でも疲れるんだよ。公爵令嬢だからってなんでもできるわけないじゃない。
「とにかく落ち着いてよね! みっともないところ王子に、見られる訳にはいかないでしょう!」
「あの~」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「大事にしたのは、ロイドでしょうが!」
「お嬢様がだらしないのがいけないんですよ」
「あの、すみません」
「「なんですかっ!」」
「わお、そこは息ぴったり」
言い争いに夢中になっていると、誰かが部屋に入って来たようだった。
なんか流れで言葉を返しちゃったんだけど、誰だろう……?
ロイドも同じ事を思っていたらしく、私たちふたりは同じタイミングで、入室者の方を見た。
そこにいたのは…………。
「こんにちは。貴女が、ステラ・ラウントリー様ですか?」
笑顔を浮べている黒髪赤眼の美形な少年。彼こそが、セオドリック・ザナドゥ――――この国の第一王子であった。
…………であったじゃねーよ。
ロイドと喧嘩してるのめっちゃ見られたじゃん。
普段通りの喋り方で、王子に見せるようなものじゃ決してなかったんだけど?!
これ、結構やばくない……?
あ、でも、王子と婚約する気さらさらないから、別にいいのかな!
むしろ、こういう令嬢だってバレた方が、婚約白紙に戻るかもしれないし!
そしたら、破滅なんてものとは無縁だろうし!
結果オーライじゃん!
「はい。私がラウントリー公爵家の一人娘、ステラ・ラウントリーです」
雑になることもなく、上品すぎることもなく、丁度いい感じで私は王子に挨拶をした。
「なに認めちゃってるんですか?!」
すると、ロイドが困惑した顔で、そんなことを言った。
「認めるも何も、私がステラ・ラウントリーよ?」
「そうじゃないですよ。今までの荒声が、全部お嬢様のものだって認めたことになるんですよ」
「……何か問題でもあるの?」
実際、荒声あげてたのは私だし。半分はロイドのだけど。
「問題ありまくりじゃないですか。王子と婚約しようとしている公爵令嬢が出すものじゃないですよ」
「いいじゃない。別に王子と婚約したいわけじゃないし」
「そうなんですか?」
私の発言に、ロイドの声じゃない穏やかな声が反応する。
…………あ、いけない。王子がいることすっかり忘れてた。
「……し、失礼しました。セオドリック王子殿下」
とりあえず謝っておく。ちょっとやり過ぎちゃった気がするし。
ロイドにも、謝れという視線を送る。
「この度は不快なものを見せてしまい、大変申し訳ありませんでした。重ねて、名乗り遅れたことも謝罪いたします。私は、ステラ様の専属執事、ロイド・バズウェルと申します」
私の視線の意味に気がついたロイドは、完璧な謝罪をくりだした。
……前世の記憶があるとはいえ、ここまでできるとちょっと引くわ。しかも見た目、八歳児だし。
王子もかなり困惑したようで、なんて言葉を返していいかわからなかったようだ。
大丈夫。前世の記憶があって、精神年齢はかなり上の私にもわからないし。
誤魔化すように咳払いをした王子は、ゆっくりと口を開いた。
「気にしないで。私の方こそ名乗ってませんでしたね。知っていると思いますが、私はセオドリック・ザナドゥ。この国の第一王子です」
「温かい言葉、感謝いたします」
とりあえず、それっぽい言葉を返しておく。
「それで、早速なんだけど、ステラ。ふたりで話せないかな?」
「構いませんが、完全にふたりきりですか?」
「そうだよ」
「わかりました。ロイド、貴方は退出しなさい」
王子の言葉を受けて、私はロイドにそう命じる。
ロイドも逆らう気は全くないらしく、あっさり部屋を出ていった。
…………さあて、王子とふたりきり。一体、何の話をするんだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます