二章 引きこもりとライバル王女の社交シーズン

1 ライバル王女からの頼まれ事

「例の件、上手くいって良かったわ」

「シンシア王女殿下のおかげですわ。私はたいしたことしてませんもの」


 王女専用の談話室で、私とシンシア王女は小さなお茶会をしていた。

 オリヴィアとメレディスのこと、アストリー伯爵などを無事に捕らえられたことを報告するためだ。


「謙遜しなくて良いのよ? 実際、ステラの活躍は耳に入ってくるもの」

「まあ、お恥ずかしい。皆さん大袈裟に話しすぎなんですよ」


 謙遜も何も、あんたが全部お膳立てしたんだろうが。

 私はシンシア王女の駒として動いただけだ。

 それをわかっていて、こんなことを言うなんて、本当性格悪い。


「暴走したって聞いたんだけど、何があったの?」

「え?」

「ほら、決闘のとき」

「え?」


 その話は掘り返すな。

 思い出すだけで、殺意が湧いてくるんだから。


「……何を聞かれても言わない気なのね?」

「すみません。どのような話なのか、わかりかねますわ」


 これ以上聞くなという意味を込め、にっこりと笑うと、シンシア王女は「無理矢理聞く気はないわ。大体は知ってるもの」と呆れたように言った。


 どうせ、シンシア王女なら全部把握していると思うけど。

 決闘の件は多くの人に目撃されていたわけだし、言いふらされたってそんなに問題はない。

 知ってるなら、わざわざ聞くなって話なだけ。


「そういえば、社交シーズンまで二週間を切ったわね」


 優雅に紅茶を飲みながら、シンシア王女はたった今思い出したかのように言う。

 実際、覚えてたんだろうけど、話を切り出すためにそう言ったのだろう。


「そうですね」


 私もシンシア王女の笑顔に答えるようにして笑う。


「アルフィーのこと、お願いしてもいいかしら? そろそろ出てきてもらわないと困るのよ」

「かしこまりました」


 アルフィー・モフェット。

 乙女ゲーム『キラ☆メモ』の攻略対象ならしい。ちなみに登場人物するライバルは、目の前にいるシンシア・ザナドゥ。


 モフェット公爵は宰相を務めており、アルフィーはその公爵家の跡取りだ。

 アルフィーはわけあって、屋敷に引きこもっている。滅多に外へ出ることはない。

 主な行動範囲は敷地内。以前は自室からも出なかったのだから、それに比べればだいぶ進歩したんだろう。重症だけど。

 彼は優秀で、父である宰相の仕事を手伝っているので(書類仕事はほぼアルフィーがやっているらしい)、引きこもりが認められている。


 そんなアルフィーは、シンシア王女の婚約者なのだ。

 婚約、と言っても、この婚約は政略的なものが強い。少なくとも、ふたりの間に恋愛感情なんてない。

 嫌なら破棄しても構わない、というのが両家のスタンスだが、だからと言って破棄するほど相手のことを嫌っているわけでもないので、こうして婚約が続いているというわけだ。


 引きこもりのアルフィーが公の場に姿を見せるのは、社交シーズンだけ。

 王族の婚約者なので、社交シーズンに舞踏会やらパーティーやらに参加しないといけない。


「普段は出てこなくてもいいから、せめて社交シーズンのときには自分から出てきてほしいわね。そうしたら、ステラの手をわずらわせることはないのに」


 はあとため息を吐く、シンシア王女。

 それ、私に借りを作りたくないって意味だよね? アルフィーに文句を言うってより、私に対する不満の方があるんじゃないの?


 アルフィーは何故か私になついている。

 すっごくすっごくなついている。

 少し手を差し伸べたことはあったけど、それだけでこうもなつかれるものなのか。


 アルフィーが心を許しているのは、両親と私だけ。両親と並ぶなんて、恐れおおすぎる。

 シンシア王女ともそれなりに上手くやっていて、自分の意見をはっきりと言う。はたから見ると、喧嘩友達、ケンカップル、そんな感じに見える。

 ロイドとは結構険悪そうだが、なんやかんやそこも上手くやっている。


 まあそんなわけで、社交シーズンが近づくと、私はシンシア王女に頼まれて、アルフィーを迎えに行くわけなのだ。

 これが私の貸し。


 シンシア王女にいつか言おうと思っていたこと。

 タイミングを見計らっていたが、今がその瞬間だろう。

 そう思ったので、シンシア王女の赤い目を真っ直ぐ見つめる。


「シンシア王女殿下」

「改まってどうかしたの?」

「アルフィーのことはお任せください。ですが、私から言っておかないといけないことがあります」

「言ってみなさい」


 シンシア王女も真剣さを感じとったのか、私のことをしっかりと見つめ返してくる。


「私がアルフィーにしてあげられることは、もうこれ以上ありません。多少は変わるかもしれませんが、それは根本的な解決にはならないと、はっきりと断言できます」


 シンシア王女の瞳が揺らいだ。

 彼女だって、どこかでわかっていたはずだ。だって、彼女はバカじゃない。


「シンシア王女殿下なら、できることはまだあります。いえ、貴女様にしかできないと私は思っています」


 シンシア王女とアルフィーは似ている。

 性格は全く似ていないし、正反対だと言い切ってもいいだろう。しかし、根本的な部分が似ているのだ。

 きっと、彼を本当の意味で救うことができるのは、シンシア王女だけなのだ。



 ――――彼の苦しみを私は理解してあげられないけど、シンシア王女になら痛いほどわかるはずだから。



「助ける気があるのなら、そろそろ動き出してください。その気がないのなら、さっさと婚約は破棄をするべきです」


 救う気がないなら、さっさと切り捨ててあげてほしい。

 中途半端な立ち位置にいることが、一番よくない。


 シンシア王女は唇を噛むだけで、何も言わなかった。


「それでは、私はそろそろ失礼させていただきますわ。よくお考えになってくださると嬉しいです」



 *



「お嬢様、珍しく厳しいことを言いましたね」


 一歩下がって歩いているロイドが、そんなことをこぼした。


「珍しいって何よ。珍しいって」


 シンシア王女にはいつも厳しいはずだけど。

 肘で「えい」とロイドをつつくと、困ったように笑った。


「本当に珍しいじゃないですか。お嬢様があんなに真剣に助言をするなんて。しかも、シンシア王女殿下に対して」

「……否定はできないねぇ」


 なんだかんだ助言をするときは、冗談めかして言うことが多い。

 そもそも馬の合わないシンシア王女に助言をするなんて、夢にも思ってなかった。

 しかも、恋愛に関係ないのに! 


「今言っておかないと、いけないと思ったから」

「どうしてそう思ったんですか?」

「直感、ていうのもあるけど」


 そこで一旦言葉を句切る。


「乙女ゲームが始まってるってロイドも言ってるし?」

「信じてくれたんですか!」

「完全に信じたわけじゃないけど、可能性を考慮して」


 乙女ゲームのシナリオ通りに進んだとして、アルフィールートに入るとは思えないんだけど。

 ヒロインであるリネット、王子に惚れてるし。


「アルフィールートって、シナリオ重そうだし、バッドエンドだったら絶対アルフィー救われないでしょ! そんなのダメ。絶対ダメ」


 アルフィーには、幸せになってほしい。

 私にとって、弟みたいなものなのだ。


「ヒロインが優秀ならともかく、あのリネットよ? アホの娘よ? 状況をかき回すだけかき回して、いいことひとつも起こらないわよ。上手くいく未来になんて見えない!」

「あはは……」


 ロイドも否定することなく、苦笑いを浮かべる。


「シンシア王女に頼んだ方がマシだと思ったの」


 それに、シンシア王女なら、きっと本当の意味で救えると思ったから。


「僕もそう思います」


 何故だか嬉しそうに、ロイドが笑った。

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