2 引きこもりは悪役令嬢の弟

 シンシア王女と会った翌日、私はさっそくモフェット公爵家を訪れていた。

 私がモフェット公爵家を訪れるのは、一種の恒例行事と化していて、使用人たちは「ご苦労さまです」となれた様子で出迎えてくれる。


「いつも思ってるんだけど、こういうのってヒロインの仕事だよね?」


 廊下を歩きながら、そんなことを言ってみる。

 もうすっかり慣れたものだから、案内の使用人はいない。


「そうです。アルフィールートでは、ヒロインがアルフィーの元に通いますね」

「なんで別ルートの悪役令嬢の私がアルフィーになつかれているんだろうね?」


 別にいいんだけどさ。

 アルフィーは健気で可愛いし、こうやって出向くのも苦じゃないし。


「僕にもわかりませんよ。でも、お嬢様がアルフィーを変えたのは事実ですし。見事な手腕でした」

「たいしたことしてないけどね?」


 お父様と仲の良いモフェット宰相に、「アルフィーの話し相手になってくれないか」と頼まれ、アルフィーと会い、色々あって仲良くなった。


「たいしたことしたんですよ、お嬢様は」

「そうだね。ロイドは未だに仲良くないもんね。むしろ会うたびに険悪になってるよね。何かしたの?」

「それは、まあ、その……」


 あはは、と笑って誤魔化した。

 ロイドが笑って誤魔化すなんて、珍しい。


「そんなに複雑な事情がおありで?」

「複雑ではないんですよ。ですが、お嬢様に説明をするのが難しいと言うか、恥ずかしいと言うか」

「ふ~ん? よくわからないね」

「わからなくて大丈夫です」


 はっきりと言ってきたので、私はそれ以上聞かないことにした。



 アルフィーの部屋につくと、ノックをし、「ステラだよ。アルフィーいる?」と声をかける。

 すると、がさがさと紙が落ちる音がし、その後すぐにばたばたと激しい足音がした。


 ……アルフィー、また片付けしてないな。


「ステラ姉様?!」


 扉が勢い良く開いたと思ったら、私は腕を引っ張られて中に引きずり込まれる。

 こいつ、また力強くなったなぁ、なんてのんきに考えていると、ドアがばたんと閉まった。

「お嬢様?!」と驚いていたロイドは中に入れてもらえなかったらしい。

 どうしてそんなにロイドが好きじゃないんだろうか? 変なところはたくさんあるけど、基本的にはいい人なのに。


「ステラ姉様、お久しぶりです!」

「久しぶり、アルフィー。ちゃんと外に出てた?」


 仕事に熱中したり、めんどくさかったりすると、アルフィーは部屋の外に出ないどころか、日光に当たらない。

 だから、「定期的に散歩をするように」と言いつけてあるのだ。


「三日に一回くらいなら」

「一日一回は出てほしいな?」

「……多くない?」

「多くない」


 人間、日の光を浴びないのはダメだ。

 心身共に健康であるために、一日一回は外に出てほしい。

 引きこもってることをとやかく言うつもりはないから、健康的な引きこもりを目指そう。


「ご飯は?」

「使用人が運んできてくれる」

「一日一回くらいは、両親と食事をとってるよね?」

「……」


 何故そこで黙る。

 昼食は難しくても、朝か夜なら時間を合わせやすいだろうに。


 人と会話しないのもダメだ。

 人との話し方を忘れてしまう。よくない。


「そして、この部屋。せめて本や書類をまとめて脇に寄せるくらいはしようよ」

「……どこに何があるかはわかってるから大丈夫だもん」


 本当にわかっているんだろう。

 部屋が汚くても物がある場所はわかる、というのはわりとあるあるだ。


「まあでも、本当に元気そうで安心したよ」


 色々小言を言ったけれど、十分変わったのだ。

 出会ったとき、彼は部屋の隅でうずくまっていた。まともな食事もとっていないし、水しか飲んでいないと言っても過言じゃなかった。

 だからこうして、私と話してくれるアルフィーを見ると、ほっとするのだ。


 頭をなでると、照れくさそうだけど嬉しそうにアルフィーは笑った。


「ステラ姉様のおかげだよ」

「それは違う。アルフィーが頑張ったからでしょ」


 そう言ってまた頭をなでると、アルフィーは不満そうに頬をふくらませた。


「それで、ステラ姉様。今日はどうしたの?」

「どうしてのって……。私が来た理由くらいわかるでしょ」

「俺、わからないよ?」


 わかってるくせに、アルフィーはにっこりと笑みを浮かべるだけだった。

 そんなに私の口から説明を聞きたいの? 意味がわからないんだけど。

 変な趣味をお持ちのようで、お姉ちゃん心配だよ。


「シンシア王女殿下がそろそろ出てきてほしいって」

「ああ。もうそんな時季?」

「あからさまに知らないふりしないで?」


 モフェット宰相の仕事を手伝ってるんだから、書類の提出日とかで今が何月何日くらいかは把握できるはず。

 アルフィーは優秀だから、期限とか気にしないことが万が一あったとしても、公爵夫人が社交シーズンに向けて忙しくし始めるんだから、知らないなんて言わせないぞ。


「社交シーズンほど憂鬱なものなんてない。人と腹を探り合うような会話をしないといけないし、好奇の目にさらされるし。人をはめるための情報収集だし、こんなシーズンで大事なつながりが作れるとも思わない。どうしてこんな行事があるのか意味がわからない。時間とお金の浪費でしかない」


 ぼろくそ言いやがった。

 その通りと言ったら、その通りなんだけども。

「これだから無能は」と言いそうな雰囲気を出すのはやめてほしいかな……。


「でも、そんなこと言いつつも参加するんだから、アルフィーは偉い偉い」


 本日三回目の頭よしよしタイムだ。

 アルフィーの頭は形がいいし、海のような青い髪はさらさらしていて気持ちが良い。

 ついつい頭をなでたくなってしまうのだ。こればっかりは仕方がない。


「……ステラ姉様、俺のこと子供扱いするよね」

「そうかな? 可愛い弟だから、仕方ないでしょ~」

「……弟」


 不満そうにアルフィーはつぶやく。


「私の弟、嫌だ?」


 貴族にしては珍しく、私は一人っ子だし、兄弟のようにいつも一緒にいるロイドは年上なので、弟というよりもお兄ちゃんだ。

 下の兄弟がほしかったので、アルフィーにはお姉ちゃんぶってしまうのだ。


「俺だって姉様って呼んでるし、こんなお姉ちゃんがほしかったのも事実だから、不満じゃないんだけど……。でも……」

「でも?」

「ううん。何でもないよ、ステラ姉様! ステラ姉様は血がつながってなくても、僕の姉様だよ!」


 何を言いかけてたのかはわからないけど、アルフィーがそう言ってくれたのは嬉しかったので、深く追求しないことにした。

 やっぱり、アルフィーは可愛いなぁ~。


「そっか。でも、嫌だったら遠慮なく言ってね? すぐには変えられないかもだけど、努力はするから」

「嫌じゃないから大丈夫。俺の方こそ、ステラ姉様って呼ばせてほしい」

「いいよいいよ、大歓迎!」


 嬉しさが爆発してしまって、アルフィーを抱きしめて頭をなでる。

 アルフィーは顔を真っ赤にして、「ステラ姉様っ!」と抵抗していた。

 うふふ、照れちゃって可愛いこと。


 そんなことをしていると、ドアが静かに開いた。


「お嬢様?」


 口角は上がっているけど、目は笑ってないロイドが降臨していた。

 ロイドを廊下に放置していたことをすっかり忘れてた。ごめんなさい。


「話は終わりましたか?」

「お、終わったよ!」


 アルフィーを抱きしめるのをやめると、私はそう答える。


「これから部屋の掃除をしようって話してたんだよね」

「そうだね」


 何故だかむすっとしたアルフィーが合わせてくれる。

「邪魔しやがって」とつぶやいていたけど、もっと抱きしめてほしかったんだろうか?

 恥ずかしいけれど嫌ではなかったようだ。お姉ちゃん嬉しい。


「掃除のプロもいることだし、さっさと終わらせちゃおう」

「ロイドはいなくていいよ? 先帰ってれば?」


 棘のある声で、アルフィーは言った。

 私と話したときとは一転して、笑うことなくロイドを睨んでいた。


「いえ。そういうわけにもいきません。僕はお嬢様の専属執事ですから。お嬢様と共にいるのが仕事なのです」


 たいしてロイドは笑顔を浮かべて太刀打ちしている。目は笑ってない。


「そもそも勝手に入ってくるの、どうかしてるよ」

「僕は護衛も兼ねているので、お嬢様の身に何かあったら大変ですから。ふたりで部屋に入ったきり、何の反応もなかったものですから、心配したんですよ」


 うわ。めっちゃ雰囲気悪いんですけど。

 このふたり、どうしていつもこうなんだろう。

 アルフィーが喧嘩をふっかけて、それにロイドが応戦する。ロイドは受け流す方法がわかってるくせに、しっかりと喧嘩を買っている。


 どうにかならないんかな、これ。

 私はどっちも好きだし、結構気があうと思うから、仲良くしてほしいんだけど。


「まま、それくらいにして、部屋の掃除をしよう。そうしよう!」


 私が止めないと言い争いは続くし、下手したらロイドが打ち負かす。

 だから、私が止める役になっているのだった。勘弁してほしい。



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