3 王子はヒロインと踊りたい
「ステラ君。折り入って相談があるんだが」
やたらと真剣な表情で、王子はそんなことを言ってくる。
半分は悪ふざけだけど、もう半分は本気なんだろう。
「なんだね? 王子君」
だから、私は悪ふざけに乗ることにした。
「……そこは、『セオドリック君』って呼んでほしかったなぁ」
「あれ? もうふざけるの終わり?」
「ステラのせいだよ? 王子君なんて言うから」
そうかなぁ……。
いつもの呼び方に“君”をつけただけじゃないか。
そんなにひどくはなかったと思うんだけど。納得がいかない。
「で? 頼み事って?」
王子が私に頼みたいことってなんだろう?
私から色々と頼むことはあるけど、その逆はあまりない。
王子の周りには私より優秀な人がたくさんいるし。
私が力になれることと言えば、恋愛相談くらいだよね。
恋愛に関することなら誰にも負けない自信がある。
「その、今度のシーズン開幕パーティーで、リネットと踊りたいんだけど……」
「よし任された」
王子の言葉を最後まで聞く前に返事をする。
「まだ言い終わってないんだけど?」
「リネットと踊れるようにすればいいんだよね。この恋愛マスター、ステラ・ラウントリーに任せとけって」
「恋愛マスターとかいうの、初めて聞いたんだけど」
「初めて言ったから当たり前だよ」
恋愛マスターって結構響きがいいな。
今、思いつきで言っただけだったけど、今後も使おうかな。
「協力してくれるのはありがたいんだけど、色々と大丈夫なの?」
ひとつ返事で、というか全部聞く前に、了承されるとは思ってなかった王子は、自分で提案したくせに不安そうな顔をした。
せっかくなんだから、嬉しそうな顔しておけよ。
だけど、王子が素直に喜べないのもわかる。
「リネットと踊ること自体は何の問題もないよ。王子と踊れなかった貴族令嬢の嫉妬のこもった嫌味を少し言われるだけだし」
「それは大丈夫とは言わなくない?」
確かに大丈夫とは言わないよなぁ。うんうん、王子の言うことは正しい。
「でも、将来王子と一緒になるなら、これくらいはなれておかないといけないし」
「さらりと言ったけど、そんな予定ないからね?」
「ないの?!」
「逆になんであると思ったの?! 君、婚約者最有力候補だよね?!」
嘘っ!
てっきり、リネットとくっつく気満々だったのかと思った。
だって、定期的私の執務室に会いに来るし。ふたりとも良い感じだし。
「そんなっ! 私、色々と準備を進めてたのに……」
がくりとうなだれると、「気が早いよ」と王子はため息と共に言った。
「大体、僕はまだ
「早急に諦めてください。やめてください。推しカプより自分の恋を優先してください」
「推しカプを大事にして何が悪いんだ?!」
私から言わせてもらうと、何もかもが悪いです。
恋愛しろよ、くっつけよ。私にそれを見せてよ!!
「推しカプがせっかく目の前にあるのに、あろうことかそれを邪魔する男になるなんて……! くっ、切腹ものだよ」
「重くない? ねえ、重すぎない?!」
推しカプに対する愛が重いんだけど?!
私は勿論、リネットだって私のことを恋愛対象としては見ていない。
王子がそこまで主詰める必要はないのだ。むしろ迷惑なのだ。
「推しカプの愛が重くて何が悪い?!」
「重すぎる男は嫌われるよ! 男に限った話じゃないけども!」
ヤンデレみたいな性格はファンタジーだからいいのだ。萌えられるのだ。
現実でそんな人が恋人だったら、苦労することの方が多いだろう。
王子もそれは重々理解しているようで、反論してくることはなかった。
ずいぶん話がそれてしまった。
この話題はこの辺で終わりにして、本題に戻ることにする。
「私が間に入れば、リネットが嫌味を言われたり、嫌がらせされたりすることは最小限に抑えられると思う。だからそんなに心配してないんだよね」
公爵令嬢で王子の婚約者最有力候補の私がリネットを王子に紹介し、流れでダンスを踊ることになったら、目立ったことはできないだろう。
リネットに何かを言うということは、私に文句を言うことと同じだからだ。
仮に私が間に入らないくても、リネットと王子の関係の邪魔をするなら、要注意人物だけどね。
恋の邪魔をする奴は、いかなる人であろうと許しません。
「それよりも、もっと深刻な問題がある」
ごくり、と王子が唾を飲む音が響く。
「……リネットは果たしてダンスを踊れるのか?」
「……あ~」
「あ~」じゃないよ、「あ~」じゃ!
間抜けな声を出してるんじゃないよ。言った私が言うのもなんだけど!
田舎の男爵令嬢のリネット。
パーティーの参加回数も少ないだろうし、ダンスもあまり踊ったことがないだろう。
ダンスの練習をするよりも、農作業をしている時間の方が長いだろう。
それに加えて、ドジっ娘でアホの娘なリネットだ。
両親に将来をガチで心配されているリネットだ。
貴族令嬢よりも農民の方が似合ってしまうリネットだ。
そんな彼女がダンスを踊れるのか?
疑問に思うのが当然だと思う。
「彼氏としてはどう思います?」
「まだ彼氏じゃない」
「まだ?」
「……いちいち反応しなくていいから」
耳をかすかに赤くしたのを私は見逃さなかった。
幼馴染みって怖いねぇ。こういうの、すぐにわかっちゃうんだから。
ごっほん、と大きめの咳払いをすうると、王子は答えを話し出す。
「僕も正直、リネットが踊れるとは思わない」
「だよねぇ。あの子、基本どころか、『社交ダンスって何それ美味しいの?』って言いそう」
「……否定したいけど、否定するほど間違いと思えないのがなんとも言えないよな」
それでも否定したかったのか、「強いて言うなら」と言葉を続けた。
「『何それ美味しいの?』じゃなくて、『何それ楽しいの? 私にもできるやつ?』って言うと思う」
「どうでもいいところ修正してきたな」
何それ美味しいの?って一種の定型文みたいなもんじゃん。
確かにリネットはそんなことを言いそうだけど、私が言いたかったのはそういうことじゃない。
リネットは社交ダンスをの存在を知っているかどうか、だ。
きっと、彼女ならこう言うだろう。
『あ~、聞いたことある! なんか貴族っぽいの! 私、やったことあったけ?』
やったことあるに決まってるでしょ! 一応、デビュタントは済ませてるはずでしょ!
とまあ、こんな感じにツッコミまで思いついてしまう。
ドジっ娘でアホの娘おそるべし。
「まあ、リネットがダンスを踊れなくても、そもそもダンスを知っていなくても、何とかするから任せといて!」
「やけに自信満々だね。でも、社交シーズン開幕まで、あと二週間だよ?」
二週間。
二週間でリネットを人前に出せるようにするのは、普通なら難しいかもしれない。不可能、と言っても過言ではないだろう。
だけど――
「大丈夫。忘れたの? 私にはチート執事がついてるんだよ?」
「……確かにそれなら心配いらないね」
そう。
私には完璧主義者の心配性、チートな執事、ロイド・バズウェルというカードがあるのだった。
ロイドがいれば何でもできる! 何とかなる!
きっと今頃、ロイドはくしゅんとくしゃみでもしていることだろう。
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