4 気合いで乗り切れ!!

 王子と話をした翌日、その日はちょうどリネットが来る日だったので、さっそく話を切り出すことにした。

 絶対、タイミング狙って言ったよね、あの王子。


「リネット。話があるからそこに座りなさい」

「ひえっ。解雇、解雇ですか?!」

「どうして、私が話をしようとすると解雇だと思うのよ?」


 失礼しちゃう。

 私、無慈悲に首を切るような、そんなお貴族様に見えてるの? ショックだわ。


 リネットはびくびくしながら、ソファーに腰を下ろした。


「だって、私、ドジばっかりしてますし……」

「自覚があるのは結構だけど、それならもうとっくに解雇してるわよ」


 ドジの自覚はあるけど、戦力外の自覚はないらしい。

 ただの役立たずではなく、仕事を増やす役立たずだ。


 それなのに解雇されないのは、本人はあくまで一生懸命やっていること、いつどんなときでも元気ハツラツでバカみたいに素直な性格が少なくとも嫌われていないからだろう。

 あとは、私が直々に面倒を見てる、というのもあるのかな?


「あ、確かに!」


 リネット自身もその説明に納得したらしく、明るい笑顔を浮かべた。

 喜ぶのはいいんだけど、純粋に喜べる言葉じゃないからな?

 いなくても支障はない、的な意味合いもこもってるからな?


 真っ直ぐなのはいいことなんだけど、もっと自分の脳を使ってあげてほしい。

 たぶん、脳みそさん泣いてると思う。


「私個人としても、そう簡単に解雇するつもりないから、安心なさい。決して手放すもんですか」

「うへえええ?!」


 リネットが顔を真っ赤にして奇妙な声を上げた。

 変な虫でもいたんだろうか?


「……? どうしたの、そんなに驚いて」

「今のはお嬢様の言葉選びが悪いです」


 ロイドに指摘されて、自分の発言を思い出す。


「ああ。リネット、貴女、変な意味で捉えたのね?」

「へへへへ、変な意味って! じゃあ、どういう意味なんですか!」


 さらに慌てふためくリネット。

 言葉が足りなかった私も悪かったけどさ、そこまで驚く必要なくない? 慌てすぎじゃない?

 そんなんで、王子の口説き文句に耐えられるの? 心配になってきた。


「王子と貴女には幸せになってもらわないといけないの。貴女が完璧な令嬢になるまで、逃がしはしないわ」

「お嬢様、その笑顔が怖いです」


 優しく微笑んでいたつもりなのに、他人から見るとそうではないらしい。

 恋愛が絡んでるから、ニヤニヤしてたのかな? 反省反省。


「とにかく、そういうわけだから、しっかりと肝に銘じて精進しなさい」

「わかりました! 頑張ります!」


 単純なことに定評のあるリネットは、さっさと切り替えて元気よく返事をした。

 その速さは本当にすごいと思う。


「それで、話なんだけど」

「はいっ! なんでもかかってきてください! 今の私なら、どんな山だって登れそうです!」


 どうして山登りの話になるんだよ。

 過酷なのはわかるけど、貴族令嬢としてもっとたとえをしてほしい。


 とはいえ、「なんでもかかってこい」という言質はとった。

 これで逃げることなんてできない! 


「……言ったわね?」

「ひえっ。もしかして、私、はめられました?!」

「人聞きの悪いこと言わないで。勝手にはまったんでしょ」


 計画的にリネットの発言を引き出したわけじゃない。

 ぽろりとリネットが口をすべらせただけだ。

 本当、この娘貴族に向いてないんだよな……。


「でもまあ、リネットにとっても悪い話じゃないから、大丈夫」

「そうなんですね! わあ、なんだろう?」


 納得するの早すぎだろ。

 せめて、一回くらいは「本当ですか?」と聞き返してほしかった。


「今度の開幕パーティーに出席して、王子とダンスを踊ればいいの」

「かいまく、ぱぁてぃい?」


 そこからか。

 パーティーという単語から引っかかるのか、この娘。


「パーティーと言ったら、パーティーよ。出たことはあるでしょ?」

「一応はありますけど、身内のみのパーティーだけです! 他のパーティーはお留守番でした!」


 予想通りの答えだ。

 リネットの両親の判断は賢明だ。こんな娘を社交の場に出すなんて、危険すぎる。

 会う機会があったら、ねぎらいの言葉は絶対かけよう。そうしよう。


「社交のマナーってどれくらい覚えてる?」

「勉強はしましたけど、寝たら忘れました!」

「ダンスはどれくらいできる?」

「領地のお祭りで踊るダンスなら完璧ですよ!」

「貴女、本当に向いてないのね」

「ステラ様、わかってくれますか?!」


 どうしてこの娘は、共感されて喜ぶんだろう……?


「でも、それはそれ。これはこれ。向き不向きは関係ないわ」

「ええ?! 無理です無理です!!」


 顔の前でぶんぶんと手を振るリネット。

 正直、私も無理だと思う。思ってた以上に重症すぎる。


 だけど、できるできないじゃないのだ。

 やらねばならぬのだ。

 そう、みんなが幸せになれる未来のために!


「リネットっ!」

「はいっ!」


 腹から声を出して彼女の名前を呼ぶと、勢いよく立ち上がって返事をした。


「貴女、王子とダンスを踊りたくないの?」

「踊りたいです!」

「この機会を逃したら、いつ踊れるかわからないわよ?」

「それは嫌です!」

「王子と距離を縮めたいんでしょう?」

「勿論です!」

「だったら、今気合いを入れなくてどうするの!」

「その通りです、ステラ様!」


 かっと私が叫ぶように言うと、負けじとリネットも返してくる。

 どこの軍隊だよ、これ。

 でも、こうしてリネットのやる気を引き出せてるわけだから、良しとするか。


「気合いがあればなんとかなるはずよ」

「はい!」

「大丈夫、私たちにはロイドがついてるわ!」

「はい!」

「開幕パーティーまで二週間。気合いを入れて頑張るわよ!」

「はい!」


 めらめらと燃える私たちを見て、「やっぱり僕が頑張るんですか……」とロイドがため息を吐いていた。

 そう。貴方が頑張るんだよ! 全てはロイドにかかってると言っても過言じゃないんだから!


「頑張って」と言う意味を込めて、私はロイドを見て、ウィンクをした。

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