5 ダンス練習のお時間です
パーティーまで残り二週間。
私たちにのんびりしている時間なんてない。
というわけでさっそく、今日から練習を行うことになった。
王子がダンス練習にふさわしい場所を使っていいと言ってくれたので、存分に励むことができる。
言い出しっぺなんだから、これくらいは協力してもらわないとね。
でもさぁ……。
「……なんでいるの?」
練習に付き合えとまでは言ってない。言うつもりもない。
社交シーズン前だもん、仕事は増えているだろう。
なのに、どうしてやる気満々で待機してたわけ?
絶対、忙しいはずでしょうに。
「いてはダメか?」
悲しそうに王子は言うけれど、私は流されないぞ。
「ダメも何も、やらなきゃいけない仕事たくさんあるはずでしょ」
「うん。あるね」
「それ、どうしたの?」
「どうすると思う?」
表情を一転させて、にこにこ笑う王子。
うわぁ、嫌な予感。嫌な予感がぷんぷんする。
「えーと、頑張って?」
「できる限り頑張るよ。ところで、ステラ。重ねて頼みがあるんだけど……」
「お断りします」
「最後まで聞いて」
「どうせ、『手伝って』って言うんでしょ?」
「それは勿論」
そう言ってうなずく王子の姿は、とても清々しかった。
「というか、本当に手伝ってほしいんだよ」
「他に理由があるの?」
「父上が押しつけてきた仕事、ステラが手伝うことを前提とした量なんだよ」
「うわぁ……」
何をしてくれてるんだ、王様!
私、王子の婚約者じゃないですけど? ただの候補にすぎないんですけど?
そうやって、外堀を固めようとしてるのか。そうなのか。
でも、私はそんなことには決して負けない!
王子とは結婚しない。そして、王子とリネットをくっつける!
それが私の使命だ! なすべきことだ!
「だから、手伝ってほしいんだ」
「手伝ってあげたいんだけど、手伝ったら負けな気がする」
「結婚に一歩近づくよね」
王子も王様の思惑に気づいていたらしく、はあとため息を吐いた。
普通に考えて、王子と私が結婚するのが安泰だもんね。
家柄と仲も良いし、ロイドのおかげで私は優秀な令嬢に仕上がったし。
気持ちはわからなくない。
だけど、うなずくかどうかは別の話。
「わかってるなら頑張ってよ。優秀なんだからできるって」
「さっきも言ったけど、ステラが手伝うことを前提とした量なんだよ。つまり……」
「二人分以上は確実にあるわけね?」
「そう言うこと」
普通の二人分なら、王子ひとりでもなんとかできただろう。
でも、私たちの二人分は二人分じゃない。
「メイドたちの指揮はメイド頭がとるから、ステラの仕事はないだろう? 端的に言えば暇だろう?」
「暇じゃない」
「ステラの場合、パーティーに向けての準備はさっさと終わらせるんだろうし、リネットの指導はロイドがするんだろう? ほら、暇じゃないか」
「…………」
決して逃がすものか、という圧を感じる。自分だけ暇なのが許されると思うなよ、と。
王子は笑っているが、その笑顔が怖い。
追い詰めるときに笑うのやめてほしい。怖いから。
「……仕方ない、か。観念して手伝うよ」
「ありがとう、ステラ。これで仕事は終わるし、練習を見に来る時間も作れる」
この仕事量も死ぬ気でやれば終わらせられる、みたいに聞こえたけど、流石にそれは可哀想なので、聞こえないふりをしておこう。
王子が社畜とか笑えないしね。
そんなこんな話していると、リネットの準備が終わったらしく(ロイドが念入りに準備体操をさせていたのだ)、いよいよダンスの練習が始まる。
「まずはどれくらい踊れるか見せてくれますか?」
「無理です」
やる前から諦めるなと言いたいところだけど、本当に無理なんだろうなぁ。
でも、どれくらいできるのかわからないと、練習メニューが立てられないし、頑張ってもらうしかない。
「王子、相手してあげて」
「ひええええ?!」
踊れなくて焦っていたリネットの顔に、さらに焦りがにじみ出る。
「どうしたの、そんなに驚いて? 王子と踊れる機会なんて滅多になんだから、喜んだら?」
「い、いきなり本番なんですかぁ?!」
「本番? これは練習よ?」
「でも、でもっ! セオドリック様と踊るなんて、そんなっ! 本番じゃないですかっ!」
焦っている顔が赤みを帯びてくる。
よくもまあ、こんなにころころ表情が変わるものだ。
どうでもいいけど、言い方がちょっとエロいね。
「本番通りにできるんだからいいじゃない。それに王子は上手だから心配いらないと思うわ」
「でも……」
そこで言いよどんだので、このまま押し切ろうと思ったので、私は口を開こうとした。
けれど、それより先にリネットが、何かを思いつくのと同時に言葉を発した。
「そうですよ! セオドリック様じゃなくても、いいはずです! ロイド様、お相手をしてください!」
「何を言ってるのかしら、リネット」
そこでかちんとくる私。
間髪いれずに反応する。
「私の執事を代替品みたいに言わないでもらえるかしら?」
「ひえっ」
「ロイドは貴女にもったいないくらい、ダンスが上手なのよ」
まあ、このチート執事はダンス以外も上手だし、うまくこなす。
そう、ドジっ娘でアホの娘なリネットとは全く違うのだ。
優秀なんだよ、私の執事は!
「そもそも、貴女がどれくらい踊れるのか把握するためにも、ロイドは見てた方がいいのよ。一から教えてくれるのはロイドなんだから」
いい加減、覚悟を決めてほしいものだ。
そりゃあ、好きな人の前で失敗するのは恥ずかしいかもしれない。
でも、リネットの場合はとっくに失敗だらけだし、ドジっ娘でアホの娘なことは知られてるんだし、今更だ。
王子と踊れる機会なんて滅多にないんだから、普通に喜べばいいじゃないか。
好きな人と踊りたくないのか!!
恋を叶えたいという気合いが足りないんだよ、気合いが!
「大体ね――」
「お嬢様、それくらいでお願いします」
一回きちんと言っておかないとダメだ、と思ったが、そこでロイドに止められた。
「練習が進みません」とロイドが言って、そこではっとなる。
そうだよ、リネットには時間がないんだよ。
「セオドリック殿下、お相手をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「勿論。我儘を言ったのは僕だしな」
ロイドの頼みを王子は嬉しそうに承諾した。
王子に手をとらえれたリネットは、焦りながらもどこか嬉しそうだった。
うんうん、いいじゃないか。いいじゃないか。
そうして、ゆっくりと王子とリネットは踊り出した。
最初からこけるんじゃないかと心配したけれど、流石は王子。そんなへまはしなかった。
乙女ゲームのヒロインと攻略対象なだけあって、絵になるなぁ。
「お嬢様」
「どうしたの?」
いつの間にか隣に来ていたロイドが声をかけてくる。
「言い過ぎだー」「破滅しますよー」というのは聞き飽きたのでやめてほしいところだ。
今回は私もかっとなってしまったので、甘んじて受けいれるつもりだ。
「さっきの言葉、嬉しかったです」
「え?」
「どうしたんですか、そんなに驚いて」
間抜けな顔をしているであろう私の顔を見て、ロイドがくすくすと笑った。
「いや、てっきり説教されるのかと」
「確かに言い過ぎでしたけど。うるさく言わないって約束しましたから」
「そうだったね」
いつもと違う流れだからか、私の心臓は少し早く鳴っていた。
悪役令嬢は今日も今日とて恋愛相談を待っている。 聖願心理 @sinri4949
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