閑話 オリヴィアとメレディス

「着いてきてない?」

「尾行されてる気配はないぞ」


 待ち合わせ場所の広場から少し離れたところで、オリヴィアとメレディスは後ろを振り返って、状況を確認した。

 例の恋愛が大好きなあの人は見当たらず、その執事が上手く止めてくれたんだな、とふたりは心の中で感謝した。


「やはり、事前にロイドさんに頼んでおいて正解だった」

「そうだな。あの人はロイドさんにしか止められない」


 ステラが尾行を試みることは、彼女の好きなものを知っていれば容易にわかることだった。

 オリヴィアもメレディスも、ステラが好きなものを知っていたし、そのためならば手段を選ばないことはよく理解している。

 自分たちも彼女を楽しませる演目のひとつだったのだから。痛いほど知っているのだ。


「ステラの暴走、もう少しマシになるといんだけど」


 ステラがこの会話を聞いていたら、「あんたたちに言われたくない、脳筋カップル!」と言いそうだ。

 この場にいないから、彼らが知るよしもないけれど。


「ああ。決闘を邪魔したアストリー伯爵の息子いただろう? ステラ様に殺されかけたらしいしな」

「それ、ステラから聞いた」


 改めてお礼を言おうと、オリヴィアがステラの執務室を訪れたときのことだった。

 決闘の話になるのは当然の流れで。


『私、アストリー伯爵のバカ息子のこと殺そうかと思ったんだよね。神聖な決闘の邪魔をしたんだし、殺してもいいかなって思ったんだけど。ロイドに止められちゃった』


 と、笑顔で話してくれたのだ。

 冗談じみた話し方だったが、その殺意は本物だった。


「ロイドさんが止めなきゃ殺されてたはず」

「ステラ様らしいというか、なんというか」


 下心があるとは言え、自分たちのために怒ってくれたことを、オリヴィアもメレディスもわかっていた。

 真剣勝負の決闘を邪魔されたことへの怒り。純粋な思いに汚い野望をかなえるために横やりをいれようとしたことへの怒り。


 オリヴィアもメレディスも腹が立っていたし、一発ぶん殴ってやりたいところだった。

 だけど、ステラがと聞いて、ぶん殴りたいという気持ちはどこかに行ってしまった。

 どうせ、ステラが犯人に同情するくらいの仕返しをしただろうから。


「まあ、こうしてオリヴィアと手を繋げているのも、ステラ様のおかげなんだよな。うじうじしてた俺たちの背中を押してくれて。自分も楽しむためとは言え、お節介な人だよ」

「急にそんなこと言わないで。照れる。

 ……でも、本当にその通り」


 繋いでる手を見て、オリヴィアはつぶやいた。

 こうして、好きな人と手を繋げるなんて、夢にも思ってなかった。


「でも、メレディスもステラに相談してたなんて、気づかなかった」

「俺たち、ステラ様の掌でころころ転がされてたんだな……」


「予想外の行動をしたのは、あんたたちじゃない。むしろ私が振り回されたわよ」と、ステラがこの場にいたら、間違いなくそう文句をたれているだろう。

 そんなことはつゆほどにも思ってないふたりである。


「あ、そうだ。メレディス」

「どうかしたか?」


 そう切り出したものの、やっぱり照れくさくなって、オリヴィアは「あの、その」と言葉を探していた。

 メレディスはオリヴィアをしっかり見つめながら、文句を言わずに待つ。

 そんな彼の視線に耐えられなくなったオリヴィアは、「どうにでもなれ!」と半分やけになって、鞄から袋を取り出す。


「あの、これ! 忘れないうちに渡しておこうと思って。受け取ってほしい。よかったら、使ってほしい」

「あ、ありがとう。開けてもいい?」


 メレディスの問いかけに、こくこくと首を縦に振るオリヴィア。顔がタコみたいに赤くなっている。


 かさかさと袋を開ける音が聞こえないくらい、オリヴィアの心臓はうるさかった。

 気に入ってもらえるかな、いらないっていわれないかな、とそんな心配が心を支配して、手が微かに震えていた。


 情けないな。そう思ったとき、いきなりメレディスに抱きしめられた。


「え?! ちょっと、メレディス?!」

「ありがとう。すごく嬉しい。大事に使う」


 状況が上手く飲み込めなくて、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。

 メレディスの体温と匂いと、そしてうるさい心臓。

 オリヴィアの心臓も高鳴っていたが、それに負けないくらいメレディスの心臓も音を立てていた。


 オリヴィアも抱きしめ返そうかと思ったが、周りの視線が刺さり、ここが大通りだということを思い出す。

 慌てて、メレディスを押しのける。


「公衆の面前、だから!」


 顔を真っ赤にして言うと、メレディスもそれに反応するように顔が赤くなった。


「ご、ごめん。嬉しくて、つい」


 手には新品のハンカチが握りしめられていた。

 メレディスの髪のような色に、シンプルだけど凝った刺繍が施されている。ご丁寧に、『メレディス』と名前まで縫ってあった。


「喜んでもらえたなら良かった。前のは可愛すぎたみたいだから……」

「大事に使う」

「そうしてくれると私も嬉しい」


 にっこりと笑みを交わすと、ふたりは再び手を繋いでデートを再会するのだった。







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