3 悪役令嬢は恋バナが聞きたい
その後は私の出番は特になく、メイド頭のトレイシーが新入りのために、改めて仕事内容を説明したり、仕事の割り振りなどを発表していた。
その説明は、簡潔でわかりやすかった。絶対、教師に向いてる。
トレイシーのおかげもあって、予定より早く顔合わせは終わり、私とロイドは部屋に戻ってきていた。
ロイドが紅茶をいれてくれて、ほんわりと甘い香りが漂う。
「ロイドも一緒にお茶しよう。誰もいないし、問題ないでしょ」
「……そうですね。では、お言葉に甘えて」
一瞬躊躇ったが、ロイドも乙女ゲーム関連について話しておきたいことはあるだろうし、そうなると長丁場になるのは目に見えている。飲み物があって、座って話した方が、ロイド的にも私的にも楽だ。
ロイドが立って何時間も話す様子を、優雅に紅茶を飲みながら聞くなんてこと、私にはできない。
「あれが、ロイドの言う、乙女ゲームのヒロインなんだよね……?」
「そうです。間違いないです」
「あんな、なんていうか、変わってる子が……?」
「ストレートに言わないでください」
「そりゃあ、見た目はいいよ? なんなら声もいい。でも、あの性格というか、態度というか、とにかく、あれはないわー。王道ヒロインとして、終わってるわー」
見た目がいい感じだから、なおさら文句が言いたくなる。
「ゲームだと、もっとまともなんですけどね」
「そうなの?」
ロイドもリネットの性格には驚いたらしい。
「はい。ゲームだと、あんな扉の開け方はしませんし、遅刻の理由を告げるときも、寝坊のことは言いませんでしたし、そもそも寝坊してません」
「ふ~ん。ま、そういうこともあるよね。だって、ここはゲームの世界のようで、ゲームじゃないんだから」
乙女ゲームと似ている世界である、ということは認めよう。だからといって、ゲームと全く同じ設定やストーリーになるわけはないのだ。
現に、私は王子と婚約してないし、我儘でもない。
私は私の意思を持って生きているし、他の人だってその人なりの意思を持って生きている。
つまり何が言いたいのかというと――
「だから、ロイドはそんなに心配しなくていいし、もう乙女ゲームのことを考えるのはやめよう!」
破滅を回避しようと必死になるロイドを止めたいだけ! それだけだ!
ロイドの厳しい厳しい教育は、もううんざりだ!
「甘いです、お嬢様」
「甘くない! リネットだって、私だって、ゲームとは性格違うんだし、大丈夫だって。ロイドが心配しすぎなだけ!」
「心配しすぎも何も、まだプロローグですよ? ゲームはこれからですよ?」
ロイドは引かない。逆にぐいぐいと迫ってくる。なんでこんなに強気なんだ。
「リネットが特定のルートに入るまで、少なくとも気を抜いてはいけません」
「そのルートっていっぱいあるよね? 王子のルートに入る確率の方が圧倒的に少ないよね?」
「でも、王子っていうのは女の子の永遠の憧れなのでは?」
「そうじゃない人もいるよっ! リネットはそういうタイプだって、信じてる!」
「何を根拠に?」
「なんとなく!」
私が自信満々に言うと、ロイドは呆れたようにため息を吐いた。
ねえ、そのため息は何?! なんとなくって大事じゃない?!
「……お嬢様、そういうのフラグですよ。自分で立ててどうするんですか」
「あははは、そんなわけないじゃない。これだけでフラグが立つなんて、ありえないでしょ」
「……また余計なことを」
ぼそりとロイドが漏らしたけど、これ以上何か反論すると話が進まないので、無視することにする。
強引に話を進めてしまえ!
「そんな私が悪役令嬢だとか、破滅しちゃうとか、そういうのはどうでもいいの」
「どうでもよくないんですけどね。もっとお嬢様は当事者意識を持ちましょうよ」
「ロイドもいるし、なんとかなるでしょ!」
完璧主義のロイドがいるなら、多少のことはなんとかなる。私はそう信じている。
そんな私の言葉に、ロイドは口をつぐんでしまった。心なしか、顔も赤い気がする。急にどうしたんだろう?
少し心配になったが、これはチャンスだ。会話の主導権を握れるチャンスだ。
「そんなことより、私は恋バナが聞きたいの!」
またそれですか、という顔をロイドはする。
ロイドと出会って十数年、ずっと言い続けてきた言葉だ。私の人生最大の楽しみであり、探求し続けるものだ。
私だって、ロイドの乙女ゲームの話を聞くこととき、同じように「またそれか」って思うし、お互い様だと思う。
「お嬢様、もう十分恋バナを聞いていると思いますが」
お茶会などで、仲の良い友人たちに根掘り葉掘り恋バナを聞いてはいる。だが、それだけじゃ足りないのだ!
私は、恋で一喜一憂する人たちの顔をもっとよく見たいのだ!
「まだまだ足りないよ」
「友人たちが『もう話していないことはない。諦めてくれ』と疲れ果てるまで喋らせ、特に親しくない方にも果敢に挑み、その果てに恋バナを聞き出すというのに、まだ足りないんですか?」
「足りないよ!」
「せめてもう少し躊躇ってから、うなずいてください……」
食い気味に返事をした私を、ロイドは「こいつはダメだ」と言いたげな目で見つめてくる。
失礼な。あんたが乙女ゲームの話をするときより、よっぽどマシだと思うけど!
「というわけで」
「繋がりが全くわかりませんが」
「細かいことは気にしない!
……念願のお部屋ももらえたことだし、私が恋バナを聞くために新たな取り組みを始めたいと思うの!」
ごっほん、と大袈裟に咳払いをし、たっぷりと間をとって、手を横に目一杯広げて告げる。
「ここに恋愛相談室を開設しますっ!」
「……」
あれ? ここで、ロイドから盛大な拍手がもらえるはずだったんだけどな? おかしいな?
不思議に思って、ロイドの方を見ると、微妙な表情をしてこっちを見ていた。
「ロイド、どうしたの? 変な顔してるけど」
「全部お嬢様のせいなんですけども」
「え?」
「心当たりが全くないですって顔しないでください」
「だって、心当たりがないんだもん」
本当に心当たりがないんだから、仕方ないじゃないか。
そんな私を見ながら、ロイドは眉間にしわをよせている。そんなに?! そんなに私が悪いの?!
「王城に恋愛相談室を開設するってどういうことですか?」
「そのままの意味だけど? あ、勝手にやるのはよくないってこと? その辺なら大丈夫よ。王子からの許可はもらってるから」
「なんでそういうところは抜かりないんですか」
「だって、自分の準備不足のせいで、『ダメだ』って言われるのは嫌じゃない?」
というか、こういうこと教えてきたのは、ロイドだったと思うんだけど。
「それはそうですけど」とその部分は納得してくれたらしいロイドだが、それだけで終わるはずもなく。
「そもそも王城に恋愛相談室を開設するって、どういう発想ですか?」
「だって、公爵家よりも王城の方が人が来るじゃない?」
王城勤務の貴族は多いし、王城勤務じゃなくても何かあれば、基本的に貴族は王城に来る。
ラウントリー公爵家も名家だが、来客の数はさほど多くない。そもそも、公爵家に訪れるのは仲のいい貴族がほとんどだし。
「……本気なんですか?」
「冗談で言うと思う?」
「言いませんね」
自分で聞いておいて即答とは、一体どう言うことなんだろう。不思議だ。
ロイドはやれやれとしながらも、
「お嬢様が恋バナのことになると、止まらないことはわかっています。好きなようにやってください。僕はお嬢様についていきます」
と、言ってくれた。
流石、私の執事。話がわかってる!
「ステラ・ラウントリー、恋バナをたくさん聞くため、恋愛相談室頑張っちゃいますよ〜!」
「頑張るところ間違えないでください。お嬢様がまずやるべきことは、破滅を回避することです」
「それもなんか違うと思う」
とにかく私は、楽しい人生を送るために、頑張ろうと決意を新たにしたのだった。
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