4 王子流・乙女ゲームの楽しみ方
「そろそろ休憩にしようか」
「そうだね~。私も丁度終わったよ」
う~んと伸びをしながら、私は王子の言葉に賛同を示す。
私が今いるのは、王子の執務室。そこで私は、王子の書類仕事を手伝っていた。
王子の仕事は量が多い上に、機密事項も多い。だから、家柄も頭も良く、婚約者候補の私が手伝う羽目になっている。
「王子はコーヒーでいいの?」
「うん、ありがとう」
王子の希望を聞き終えた私は、部屋の外で待機していた衛兵に、コーヒーとミルクティーを頼む。ミルクティーは私のだ。
外に待機している衛兵が近くのメイドに伝達してくれ、それで部屋に飲み物が届く、というシステムだ。
自分たちで取りに行ったり、用意したりした方が早いと思うけど、一応貴族なので、どっしりと構えていないといけない。面倒くさい。
普通なら、メイドや執事などが側に控えていているのだろうが、仕事の内容が内容だし、何よりただ控えているだけの人がいると集中できない。
学校の定期テストの監督の先生の視線が普段より気になる感覚に近いので、緊張もする。
何より、ふたりでしか話せないこともあるので、徹底的に人払いをしているのだ。
未婚の男女がふたりきり、というのは問題だろうが、私たちは何の問題もない。むしろ、そういう噂のひとつやふたつあった方が、それぞれの両親に喜ばれるってもんだ。
最近、婚約の催促がうるさくなってきたしな……。私も王子も、婚約する気はさらさらないから、なんとなく流してるんだけどね。
「ねえ、王子。最近、また仕事増えてない? 私に対する嫌がらせ?」
執務用の机から、休憩用のソファに移動して、私は不満を漏らした。
「僕に文句を言わないでよ……。父上がやたらと回してくるんだよ」
王子が私の正面に座って、呆れたように言ってくる。
「まあ、王子は優秀だもんね。よ、次期国王」
「……自分が次期王妃に一番近いってこと、忘れてない?」
「大丈夫、ならないから!」
「その自信はどこから湧いてくるのか……」
そんな感じで、雑談をしながら、飲み物が来るのを待った。
*
メイドさんが飲み物と軽食を並べ終え退出すると、さっそく王子が口を開いた。
「そういえば、ステラ。ヒロインに会ったんだってな?」
「そういえばも何も、今日ずっと、それを聞きたそうにしてたじゃん」
今日の王子はどこかそわそわしていて、それを指摘するとうっと気まずそうに目をそらした。
「そんなに聞きたかったなら、すぐに聞けば良かったのに」
「先に聞いてたら、話が長引いて、仕事が終わらなかったかもしれない」
「そこまで盛り上がる内容でもないと思うんだけど」
ミルクティーを飲む私を見て、王子は信じられないという顔を浮べる。
「ヒロインが来たんだよ?! 乙女ゲームが始まるんだよ?! 興奮しないわけない……!」
「そんな噛みしめたように言われても、私はやってないし。感動はわからなくもないけど」
私だって、好きだった漫画の世界に転生して、いよいよ本編が始まるってなったら、夜も眠れないほどドキドキするだろう。
え、いいな、それ。私も乙女ゲームの世界より、漫画の世界に転生したかった……! 恋する主人公たちを影で見守りたい!
「乙女ゲームのストーリー自体は、そんなに興味ないんだけど」
「うん、知ってた。そんなことだろうとは思ってた」
王子は生粋の百合オタだ。百合至上主義がすぎる、百合オタだ。
そんな王子が、乙女ゲームなんて、男女がくっつく乙女ゲームをやるはずがない。
「……そういえば、どうして王子は『キラ☆メモ』やってたの? 乙女ゲームなんて、進んでやるものでもなくない?」
付き合いができて十数年。未だに聞いたことの問いをとうとうしてしまった。
聞かなかった理由はただひとつ。
――――絶対、話が長くなるやつだから。
「最初は妹に薦められて」
「律儀にやるいいお兄ちゃんだったんだ」
「キャラが多くて面白そうだったし、キャラデザ可愛かったし、何より『お兄ちゃんなら、脳内百合補正できそうなゲームだから』って言われたから。妹に言われたとおりだったよ」
「……妹さん、それで良かったのかな?」
「妹、オタクなことを隠してたから、語り合える相手があんまりいなかったんだよね。だから、百合補正してもいいから、ゲームやってくれっていつも頼まれてた」
「……本当にそれで良かったのかな?」
本人がそれでいいならいいんだけど、この百合至上主義の王子だぞ?
乙女ゲームの趣旨を無視しして、ゲームを楽しみそうな男だぞ?
妹さんが求めていた語り合い、本当にできたのだろうか……?
今はもう、確かめようのない事実だけど。
「それで、『キラ☆メモ』をやったんだけど、ハマっちゃったんだよ。ルートごとにライバルポジションの令嬢が変わるってのもいいよね。乙女ゲームで、こんなにカップリングが作れたのは初めてだよ」
「楽しみ方は人それぞれなんだね」
それなら乙女ゲームなんかやらず、素直に百合ゲームやれって話だけど。事情が事情だし、ツッコミをいれるのはやめよう。
「ただ、ライバルポジションにいる令嬢たちとの絡みが少なかったのが残念だったな。だから勝手に妄想して、二次創作してたけど」
「百合を目的にしたゲームじゃないからね。あくまで、ヒロインと攻略対象の恋を描くものだからね」
むしろそんなことにがっかりしてるプレイヤーがいるなんて、制作側は考えているのだろうか? 絶対、考えてない。断言できる。
「僕が中でも好きなカップリングは、ステラ×リネットなんだけど」
「なにそれ初耳」
「初めて言ったからね」
なんか色々と衝撃的だ。
それを組み合わせて、萌えることのできる王子、人間とは思えない……。
「……あからさまに、『私、引いてます』って顔しないでくれる?」
「この話をして引かないと思われない根拠を教えてほしい」
ゲームのステラと現在の私が違うとは言え、仮にも本人に直接言うことじゃないでしょ。
「引かれると思ってたから、今まで言わなかったんだよ。でも、もう潮時かなぁって」
「ばりばり私とステラの絡みを楽しむつもりなんだね。だから、頑なに婚約しないのか。納得したわ」
「そうそう。ステラも婚約したくないんだし、
「……王子の協力のおかげで、こうして婚約を回避できてるわけなんだけど、素直に感謝できないのはどうしてなんだろうね?」
その問いに、王子はにっこりと微笑むだけで何も言わなかった。そういうところで黙るの、本当にずるいと思う。
「それで、リネットとの出会いイベントはどうだったんだ?」
イベントという言い方に違和感を覚えなくもないが、わざわざ指摘するのも面倒だったので、気にしないで質問に答える。
「リネット・エイデン、端的に言うと、変な奴だった」
「変な奴?」
私の答えに、王子は首を傾げる。
まあ、そういう答えが返ってくるとは思わないよね。でも、事実だから仕方がない。
「顔も声も可愛いんだけど、行動が変だったんだよね。遅刻してきたのに、扉を思いっきり開けるわ、遅刻した理由に寝坊なんて余計な理由付け加えるわ、真っ直ぐで元気が有り余ってる子?って言えばいいのかな」
「ヒロインってそんな子だった?」
「ロイドも違うって言ってたから、違うんでしょ?」
ちなみにロイドと王子は、互いに前世の記憶を持っていることを知っている。私が知っている前世の記憶を持ちは、この三人だけだ。
「そうだね。ドジっ娘要素はあったけど、アホの娘要素はなかったはず」
「性格が少し違うだけなんだから、気にすることないでしょ」
私がそう言っても、王子は納得していないようだった。
なんでロイドも王子も、そんなに乙女ゲームのことを気にするんだろうね?
悪役令嬢の中身も、攻略対象である王子の中身も違うんだから、イレギュラーのひとつやふたつはあるでしょ。
「そんなに気になるなら、自分の目で確かめればいいんじゃない? 王子だって攻略対象のひとりなんだし」
ステラ×リネットが好きなら、自分のルートは散々やりこんだはずだ。
その知識を辿っていけば、簡単にリネットと会えるんじゃないの?
「…………てない」
王子は頭を抱えて、何かを呟く。小声で何を言っているのか聞こえず、「はい?」と聞き返してしまう。
「よく覚えてないんだよっ!」
「なんでよ?!」
「僕が見たかったのは、リネットと絡む令嬢たちだ。男なんていらないから、記憶から抹消しちゃったんだ」
「攻略対象たちが不憫なんだけど?!」
「だから、
「ここまで来ると、尊敬できるわ」
ここまで邪道な乙女ゲームの楽しみ方はあるのだろうか。ないだろう。
というか王子は、必死になって攻略対象のキャラ設定やら、ストーリーやらを作った制作委員会に謝った方がいいと思う。
「……まあ、王城のどこかにはいるんだし、そのうち会えるんじゃない?」
混乱する王子に私はそんな言葉をかけることしかできなかった。
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