5 完璧執事争奪戦
「さてと、そろそろロイドを迎えに行くか」
書類仕事をして失った気力を取り戻したので、ソファから立ち上がって伸びをした。
「こういうときって、ロイドが迎えに来るのが普通じゃないの?」
私が迎えに行かなければいけない理由を知っているくせに、王子は茶化しながら聞いてくる。
「あのねぇ、私が迎えに行かなきゃ、いつまでたっても帰ってこないでしょ」
正確には帰らせてもらえない、だけど。
「そんなことないと思うけどな。だって、ステラの執事なんだし」
「他の人ならそこまでしないけど、あの子だけは別。何を仕出かすかわからないわ」
「確かにそうだけど」
あははと笑いながら、王子も立ち上がる。私に着いてきてくれる、ということだろう。
「貴方の妹のことなんだけどね?」
そう。ロイドは、この国の第一王女、シンシア・ザナドゥから、大層気に入られてるのだ。
こうして、私と王子が仕事をしている間、ロイドはシンシア王女の相手をして待っているのだ。
今となっては、私を待っている間にロイドが王女といるのか、ロイドが王女といる間の私が仕事をしているのかわからなくなってるけど。
「そんなにとられたくないなら、すぐに自分のものにしちゃえばいいのに」
「何を言ってるの? ロイドはもうすでに私の執事よ?」
「そういうことじゃなくてさ」
「……? どういうこと?」
首を傾げる私の様子を見て、王子はやれやれとため息を吐く。
「そのうちわかるよ」
「そういう曖昧な言い方はずるい!」
そんな会話をしながら、私たちは執務室を出た。
*
ロイドとシンシア王女は、談話室でチェスをしていた。
ロイドと王女の表情を見るだけでも、ロイドが圧倒的に有利だとわかる。チェス盤を見ると余計にその事実が浮き彫りになる。
なんでも、ロイドは王女とチェスをして、無敗ならしい。チェスだけじゃなく、他のゲームでもそうだというのだから、恐ろしい奴もいるもんだ。
「シンシア王女殿下。仕事が終わりましたので、私の執事を迎えにあがりました」
「あら、もう来たの? もっとお兄様との時間を大切にしてくれても良かったのよ?」
縦ロールにした腰まである茶髪をふさりと揺らし、不敵な笑みを浮べるシンシア王女。
強キャラ感溢れる彼女は、勿論乙女ゲームのライバル王女ならしい。主に出てくるのは、王子ルートじゃなくて、彼女の婚約者ルート、ならしいけど。
「乙女ゲームの登場人物とはなるべく接触を避けよう」とか言いそうなロイドだが、自らが進んで接触してるとは、どういうことなんだろう。
そもそも、乙女ゲームの攻略キャラやライバルの立ち位置にいる令嬢たちのほとんどは、身分が良いから付き合わないといけないのだ。
だからロイドも、「接触を避けましょう」とは言えなかったのだろう、きっと。ファン心には抗えなかった、なんて理由ではないはずだ、きっと。
「いえ、私と王子はそういう関係ではないので。シンシア王女殿下にはわかっていただいていると思ったのですが」
「知ってはいるけど、多くの人がおふたりの婚約を望んでることはご存じでしょう? わたくしもそのひとりですわ」
いかにも『私はそう思ってます』と言う顔をするが、どの口が言うんだろうか。
この王女はただロイドともっといたかっただけなのに!
私と王女の相性はすこぶる悪く、特にロイドが絡むと私たちの間には火花が飛ぶ。
女と女の負けられない戦い、いわば戦争なのだ。
「そのようなことを思っていただけるとは光栄です。仮に婚姻が成立すれば、シンシア王女殿下とは、義理の姉妹になるというわけですね。
「あら、そうね。
にこにこにこと笑顔を浮べ、言葉を選びながら、王女とのバトルを繰り広げていく。
疲れるけど、これが女貴族の戦い方。ボロを出して、負けるわけにはいかない……!
「私には兄弟がいないので、妹なんて考えることもできませんし、接し方もわかりません。今のままが気が楽なのです」
「少しずつ慣れていけば良いのよ。今だって、姉妹みたいなものでしょう?」
「
「
そんな調子で、ああ言えばこう言い、こう言われればああ言いを繰り返している。
途中王子にも止められたが、「黙ってて」と止められてしまった。止めたのは私と王女両方で、何故かこういうときだけ息が合ってしまうのだ。
王子ももう少し頑張って止めてほしいものだ。
そんな私たちの争いを止められるのは、ただひとりしかいない。
「王女殿下。そろそろ、チェスの方を進めていただけませんか?」
ロイドが申し訳なさそうに言う。
私と口喧嘩をしている間、王女はチェスを打つのをやめていたのだ。
「そう言えば、チェスがまだ途中でしたね。私に構わず、決着をつけてくださいませ。その一戦が終わったら、ロイドは返していただきます」
「……わかったわ」
妥協案といったところだ。私は今すぐにでもロイドを返してほしかったし、王女はもっと一緒にいたかったのだろう。とはいえ、十分一緒にいたような気がするけど。
王女もそれをわかっているからなのか、しぶしぶと了承した。
「どうして、シンシアとはあんなに険悪なんだ?」
言い争いをやめた私に、王子がそんな問いかけをしてくる。
「隙あれば私の執事を奪おうとするからよ」
「僕的にはもっと仲良くしてほしいんだけどね」
「あの子がロイドを諦めたら考えるわ」
ロイドが絡まなければ、今よりは仲良くなれそうな気がするのだ。あくまで今よりは、だけど。
この子は中々腹黒いから、どこまで仲良くなれるかわからないけど。
「諦めるのも時間の問題だと思うけどね」
「そうであってほしいわ、本当に。こういう腹を探り合うようなことは好きじゃないもの」
「そうだな。ステラには似合わない」
「でしょ?」
「認めるのか」
「認めるわよ」
その会話が可笑しくて、ふたりではははと笑いを漏らしていると、
「チェックメイト」
というロイドの声が聞こえてきた。
早くない? いくらなんでも早くない?
来たときには、まだ中盤くらいだったよね? 少なくとも、こんな短時間で決着がつくような展開ではなかったはずだよね?
「そうなるよね」
不思議そうな私とは反対に、王子は納得したような表情を浮かべていた。
どういうこと? 王子にはあの展開から、短期で決着がつく方法がわかってたってこと?
王子と私のチェスの実力は、同じくらいだったはずなのに。
頭にはてなを浮かべていると、ロイドがこちらにやって来る。
「お嬢様、終わりました」
「早かったわね」
「お嬢様を待たせるわけにはいきませんから」
笑顔を浮かべるロイドに、私は少しぞっとしてしまう。
笑顔でとんでもないことをやってのけるなよ。
「……ロイドって、チートよね」
「そうですか?」
「無自覚なのも、チート持ちの特徴よね」
「そうですかね?」
ともあれ、ロイドがさっさと終わらせたので、この場にいる理由もない。
書類仕事に、王女との口喧嘩、色々と疲れたので、早く我が家に帰ってゆっくりしたい。
「まあ、良いわ。帰りましょう。
……では、私たちはこれにて失礼しますわ」
ぺこりと一礼をして、私たちは談話室を後にするのだった。
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