6 恋愛相談をしてくれよ!!(魂の叫び)

 私が恋愛相談室を開設してから――つまり、王城に私室をもらってから、一週間が過ぎた。

 それなのに。それなのに!!



「恋愛相談に来る人が誰もいないってどういうことおおおおお?!」



 私の部屋を恋愛相談目的で訪れる人は誰もいなかった。

 来るのは私の部屋へ掃除に来てくれるメイドさん、仕事の報告をしてくれるメイド頭のトレイシー、仕事を持ってくる王子や王子の専属執事くらいだ。


「そもそもお嬢様に恋愛相談に来る人なんかいないでしょう」

「どうして?!」

「お嬢様は悪役でも、公爵令嬢なんですよ。恐れ多くて恋愛相談なんてできるはずないです。少し考えればわかることだと思いますが」

「私は恋愛相談をしに来てくれた方が嬉しいんだけど?! 遠慮なんてしなくていいんだけど?! 意気揚々とドアをノックしてくれていいんだけど?!」

「そう思ってるのはお嬢様だけです」


 机に拳を打ち付けながら話してる私を呆れた目で見ながら、ロイドは冷静にツッコミをいれてくる。

 冷静すぎて、ムカつくんだけど。なんでこの執事、こんなに冷静なの?


「私は恋バナを聞きたいんだよう。恋バナに飢えてるんだよう」

「恋バナに飢えてる人、初めて見ました……」


 ちょっと引き気味に、ロイドは言う。どうしてそんなに引いてるんだよ。


「そうなの?! しつこく恋バナを聞いてくる人とか、隙あらば恋人の会話に聞き耳を立ててる人とか、周りにいなかったの?!」

「いませんよ。というかお嬢様、やってたんですか」

「ちょっとだけ」

「こういうときのお嬢様のちょっとは信用なりません」


 どうして?! 本当にちょっとだけだったのに。

 前世は恋愛漫画がたくさんあったから、今よりは恋バナに飢えてなかったよ。

 こっちの世界は小説はあるけど、漫画はないし。量もあんまりない。


 ……いやまあ、色々やろうとして、友達に「流石にまずいよ」と止められたことはあったけどさぁ。


「でも、ロイドの言うことも一理あると思うんだよ」

「恋バナに飢えてる人はお嬢様くらいだってことですか?」

「そうじゃなくて」

「もう十分恋バナは聞いてるってことですか?」

「それでもない。ロイド、貴方わざとやってるでしょ」


 ロイドは肯定も否定もしなかった。これは肯定ととっていいんだろう。


「……『私のところに恐れ多くて恋愛相談に来れない』って話」

「ああ、それのことですか」

「白々しい」


 全然、『今気がつきました』って感じがしなかったんだけども?! わざとすぎない?!


「公爵令嬢のステラ・ラウントリーである私が、『恋愛相談に乗ります!』って言っても、何か裏があるんじゃないかって考えちゃうもんね」

「それがわかっているのに、どうして恋愛相談室なんて開設したんですか」

「恋バナが聞きたかったからに決まってるじゃない!」

「ですよね。聞いた僕が馬鹿でした」


 それ以外に何があるっていうんだか、逆に私が聞きたいくらいだ。


「乙女ゲームの世界っていうから、恋バナに溢れてるかと思ったのに!」

「それは偏見ですね。あと都合良いときだけ、乙女ゲームの世界っていうのやめませんか?」


 ロイドは冷静なツッコミ役に徹している。うぐぐ、なんだよ、自分はまともだみたいな雰囲気出しちゃってさ、あんたも十分やばいのにさ!


 恋バナに飢えて飢えて仕方がないから、恋愛相談室を開設したのに、誰も来ないなんて、これ以上悲しいことなんてない。

 行列ができるほど人が来るなんて思ってなかったけど、数人くらいはビクビクしながらもドアを叩いてくれると思ってたのに。どうしても私に相談したいって思ってくれる人がいると思ってたのに……!


「だからロイド、私、やり方を変えようと思うの」

「念のため、詳細を伺ってもいいですか?」

「いいわよ! むしろ聞いてほしいの!」


 組んだ手にあごをのせ、にやりと私は微笑む。


「身分を隠して、下町に恋愛相談店を開店しようと思うのだけれど」

「却下です」


 私の言葉に重ねるようにロイドに却下されてしまった。

 もう少し、私の話を聞いてほしかったんだけど?! スピード却下なんて求めてなかったんだけど?!


「なんで?! 素敵な案じゃない!」

「では、お嬢様、つまらぬことをお聞きしますが」


 ロイドの茶色の瞳が、ギラリと光る。

 あ、これマジのやつだ。質問攻めが来るやつだ。


「開店のための資金はどれくらいあるのですか? 開店する場所は? 外装や内装をどこに頼むのがいいのか調査済みですか? そもそも利益ってどのくらいでるのでしょう? 店員はどれくらい雇うつもりですか? それから、普段行っている仕事への支障はどれくらいでるのでしょう? あとは……」

「ストップ、ストップ! そんなに一気に質問されても、答えられない」


 噛むことなく早口で言うロイドを必死になって止める。

 ロイドは喋ることはやめたが、鋭い目は相も変わらず私のことを見ている。そして、一言。


「では、ひとつひとつ聞いて、お嬢様は答えられたのですか?」


 とどめの一撃。

 私の心臓を見事に射貫いてくれた(悪い意味で)


「それは……」

「それは?」


 ずいっと迫ってくるロイド。真剣だからか、距離感が上手くつかめていないようで、私が顔の前から手をどければ衝突事故を起こしてしまうだろう。


「近い、近いよ。少し離れて」

「……あ、すみません」


 ロイドの顔に手を当て、押し返してやる。ロイドは自分の距離の近さに気がついて、頬を少し赤く染めながら離れた。


 んん、と喉を鳴らして、ロイドは改めて問うてきた。


「それで、どうなんですか?」

「無理に決まってるでしょ。さっき思いついたんだから」

「そんなことだろうとは思ってました」


 だろうね。ロイドにバレないわけないよね。

 そんなロイドはまだ何かを言いたげで、「言いたいことがあるならどうぞ」と言うと、ロイドはすぐに口を開いた。


「思いつきにしても、お嬢様の案は現実的ではありません。第一王子殿下の婚約者候補でもある公爵令嬢が下町で、わけのわからない店を出すなんて、許されるはずがありません」

「それはそうだけどさ、こっそり。本当にこっそりやれば大丈夫じゃない?」

「バレるに決まってます」

「……だよね」


 下町をぶらつくのと(私は結構行ってる)、お店を出すのとでは、また話が違ってくるのだろう。

 土地を借りるのに偽名を使ったら問題だし、運良く出せても私を知っている人にお店の存在がバレるのは時間の問題だろう。


「本気なのであれば、もっと計画を練るべきです。それは微力ながら、僕も手伝います」

「そこまで本気にはなれないかな。計画練るのに時間がとられちゃって、いつも以上に恋バナ聞けなくなりそう。あと、正直色々と面倒なこと多そうだし」

「僕もそう思います。ですので、今は恋愛相談室を広めることから始めるべきだと思います」


 なんだかんだ言いながらも、しっかりと案を出してくれるあたり、できる執事って感じだ。


「……あー、もうすぐ春の社交シーズンか」

「そうです。そこで思い切り宣伝すれば、相談者も増えるのでは?」

「そうだね。流石、ロイド!」


 この国の社交シーズンは年に二回ある。花が見頃な春と、食べ物が美味しい秋だ。

 シーズン開始は、王城に貴族が集い、大がかりなパーティーを行う。そこから様々なパーティーが開かれ、一ヶ月くらいでシーズンは終わりを迎える。

 そんな春の社交シーズンが、今年もやって来るのだ。


「……はあ、社交シーズンか。今年はより一層、『婚約はまだですか?』なんて言われるんだろうなぁ」

「第一王子殿下とお嬢様、不仲ってわけでもないですから、余計に不思議なんですよ」

「良き友人ってだけなのにねぇ」


 両親からも、『そろそろいいんじゃないか?』と毎日のように催促されるし、きっと他の貴族からの圧力もすごいんだろうな。

 そう考えると、恋バナがたくさん聞けて嬉しい社交シーズンも、憂鬱なものに変わってくる。


 なんとかならないかなぁ、なんて考えていると、ドタドタドタとすごく大きな足音が近づいてきているような気がした。

 誰かが走っているのだろうか? この王城を? こんな品もなく?


 不思議に思ってロイドと顔を合わせていると、


「助けてくださあああい」


 と、ドアが勢いよく開いた。

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