29 決闘開始!

 オリヴィアとメレディスの仲を邪魔する奴らがいなくなったところで、いよいよ本日は決闘の日だ。

 騎士団長とサクソン侯爵に根回しをしたおかげで、決闘は騎士団のイベントみたいな感じで開催されることになった。

 オリヴィアもメレディスも実力者だし、そんなふたりの決闘をみることは勉強になるだろう。


 まあ、それ以前にみんなきっと、「やっと付き合うのか~」なんて、思ってるだろうけど(勝利したら相手の言うことをひとつ聞く、と言う条件まで広がっている)

 本人たち以外、どちらが勝ってもふたりが付き合うのは、明白な事実なのだ。


「ねえ、ロイド。どっちが勝つと思う?」

「実力は拮抗してますし、どちらが勝ってもおかしくはないですね」

「つまらない答え」

「事実を述べたまでです」


 そうなんだけどさ。

 ロイドはどっちに勝ってほしいと思っているのか、気になっただけなのに。


 ちなみに私は決められない。

 どっちの相談にも乗っていたし。発破かけたし。

 しっかりと決意をしたオリヴィアに勝ってほしいなと思いつつも、メレディスに男の意地を見せてもらいたいとも思う。

 決闘の申し込みは、オリヴィアさんにかっこよく決められちゃったしねぇ。メレディス本人も、気合いが入ってるのは間違いないだろう。


「というか、ここまで来たのに、本人たちは両思いだってことにまだ気がつかないの?」

「恋は不安がつきまとうものですからね。簡単に信じることなんてできませんよ。あとは、気がつかないふり、をしているとか」


 哀愁漂う表情でロイドが言うものだから、驚いてまじまじと見つめてしまう。

 ロイドったら、切ない恋の経験がおありで?


「お嬢様?」

「……ロイドがそんなこと言うなんてねぇ。貴方に恋を語られるとは思ってなかったわ」


 意外意外、と笑うと、ロイドはむすっとした顔をする。


「乙女ゲーム好きをなめてもらっては困りますね。僕は様々なヒロインと様々なパターンの恋愛をこなして来たんですよ」

「なんだ二次元の話か」

「……それはどうでしょうね?」

「なんでそこを意味深に言う。気になるでしょうが」


 ロイドは笑って誤魔化すだけで、それ以上は言わなかった。

 こんなこと言われたらめっちゃ気になるんですけど。

 自分の執事の恋愛事情とか、気になりすぎて、眠れそうにないんですけど。

 勝手に妄想しちゃっていいかな? いいよね? しちゃえ!


 とまあ、暇つぶしの妄想ネタは、しばらくの間ロイドになりそうだ。


「そろそろ始まるみたいですよ」


 ロイドに言われ、訓練場の中心を見ると、オリヴィアとメレディスが登場したみたいだ。

 真剣な顔つきで、互いに互いのことを見ている。睨んでいるようにも見えるが、それは騎士特有の威圧みたいなものだろう。


 騎士たちは訓練場で見ているというのに、私は訓練場を見下ろせる渡り廊下にいた。

 私も下で見たかったんだけど、「万が一のことがあったらいけないから」と言われ、上から見ることになったのだ。

 特有の緊張感を味わいたかったんだけどなぁ! こればっかりはしょうがない。


「では、両者構え」


 立会人を務めるのは騎士団長だ。

 オリヴィアの父だが、娘に肩入れをするような人ではないし、公平なのは騎士の皆が知っていることだ。

 そもそも、どちらが勝っても結末は大体一緒だろうから、誰が立会人を務めようが変わらないんだけど。


 オリヴィアとメレディスはゆっくりと剣を抜いて、構える。

 相手の出方をうかがうように、睨み合い――


「始めっ!」


 その声を合図に、両者躊躇うことなく駆けていき、剣を交わす。


 脳筋……もといい、戦いに身を置く騎士らしい、思い切りの良さだった。

 両者互角で、攻めたり守ったり、攻防が常に入れ替わる。

 ふたりとも細かい作戦なんかは考えていないようで、思いっきり打ち合い、勝敗を決めるようだった。


「この感じで勝負が進むなら、メレディスの方が有利なのかな?」


 男と女にはどうしても、力の差というものがある。

 力一杯打ち合うのだったら、男であるメレディスが有利だ。

 というか、今現在、メレディスと互角にやりあってるオリヴィアは女とは思えないくらいの力強さだ。あの子、本当に女の子??


「どうでしょうね? オリヴィア様が戦法を変える瞬間を見計らっているとしたら、一気に決着がつくと思いますよ」

「確かに」


 オリヴィアの強さ――というか、女騎士の強さは、戦法の多さにある。

 力がない分、それを補うために、色々な技や体の使い方を覚えるのだ。その手の多さは、男の騎士を翻弄する。


 オリヴィアは力がある上に、得意とする戦法も多いはずだから……。


「この先、わからないね! 楽しみだ!」


 メレディスが隙を見せず力で押し切るか、オリヴィアが意表を突くか。

 どっちにしてもわくわくしてしまう。


 しばらく打ち合い、このままでは決着がつかないと思ったのか、ふたりとも一旦距離をとり、呼吸を整える。

 汗も流れ落ち、疲れているようなのに、その顔はとても楽しそうだ。


「もっと早く決着がつくと思ってたぞ」

「私もだ。だが、ここからだぞ!」


 にやりと不敵に笑い、ふたりは言葉を交わす。

 熱い、熱いねぇ! いいね、いいね!

 告白するための決闘じゃなくて、もっとこう命をかけるような決闘だったら、なお、かっこよかったのに!!


 そして、再びふたりが動きだそうとしたときだった。


「お嬢様、あちら見てください」


 ロイドが耳打ちをしてくる。

 指し示された右を見ると、そこにはひとりの騎士がいた。よく見えないが、この決闘を不快に思っている雰囲気は伝わってきた。

 その手には剣が握られていて、今にも下にめがけて投げそうだった。


「あの野郎っ!」


 この決闘を邪魔するつもりか!!

 そんなこと、このステラ・ラウントリーが許せない。


 考えるより先に、私の足は動いていた。


「お嬢様っ!」


 慌てて追いかけてくるロイド。

 そんな私たちの様子に気がつき、騎士はこちらを向いて意地悪そうに笑う。


「勘のいいお嬢さんたちだ。でも、手遅れだ」


 そうして、思いっきり訓練場めがけて剣を投げる。

 その先にいるのは、オリヴィアだった。


「オリヴィアっ!」


 その声にオリヴィアが反応したが、よけるのには間に合わなそうだった。

 目を大きく見開いたオリヴィアを助けたのは、彼女よりも速く反応していたメレディスだった。

 鮮やかに剣をはじき返し、決闘そっちのけでオリヴィアを抱きしめた。


 ひゅうひゅう。おふたりさんお熱いねぇ~。


 オリヴィアが無事なことを確かめると、私は逃げようとした騎士に駆け寄る。護身用に持っていた剣を抜きながら。


 彼を捕まえると、胸ぐらを掴み、喉仏に剣先を突きつける。

 たらり、と血が流れる。


「お前、何したかわかってるのか?」


 そこで初めて騎士の顔を見た。彼は、アストリー伯爵の息子だった。


「なんだ、お前は連行されなかったのね」

「父上があんなことになったのは、あいつらのせいだ! あいつらさえいなかったら!」


 自分勝手な言い分だが、あながち間違ってないんだよねぇ。

 オリヴィアたちの邪魔をしなければ、悪事が表沙汰になることはなかった。

 いつかはバレていたとは思うけど、もう少し先の話だっただろう。


 不運だったよね。

 人の恋路を汚い理由で邪魔するから、こういうことになるんだよ。


「他人に責任をなすりつけるの、やめてくれるかしら? 不快だわ。実力がないから、騎士団長になれないのに。こんなことをしている暇があったら、己の実力を磨いたらどう?」


 さらに剣を突きつけると、「ひえ」と騎士は顔を青くした。

 この顔が青い感じ、親子そっくりだな。


「お前はしてはならないことをした。万死に値すると思うのだけど、どう思うかしら?」

「……っ」

「どう思うかって聞いてるのだけど?」


 ガクガクブルブルと震える姿の滑稽なこと。

 こうして、決闘の邪魔をするなんて許せない。

 楽しんでたのに。ふたりだけの真剣勝負だったのに。


 マジでありえない。何考えてるんだろう、こいつ。


「お嬢様。それくらいにしてください」

「殺したいんだけど」

「お嬢様が手を汚す価値のあるものとは思えません」


 良い笑顔を見せるロイド。

 そんな爽やかな顔で言う台詞じゃないよ、それ。


「……それもそうね」


 確かにこいつを殺して、罪に問われたり(どうせもみ消されるだろうけど)、私の評判が落ちたりするのはムカつくな。

 冷静さを取り戻したので、大人しく剣を収めることにした。


「命拾いして良かったわね? もう二度と、こんな馬鹿な真似をするんじゃないわよ?」


 可哀想なくらいに震えた騎士は、こくこくと必死にうなずいた。


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